どれだけ喚いても、嘆いても、憤っても、変えられない、変わらないことがあります。
後悔はいつだって、後から苛まれるもので、時間は戻らないけれど、これから自分をどうするかは自分で作り出せると信じています。
努力は実らないかもしれないし、結果が全てだと言う人もいるかもしれません。
諦めなければ叶うとも言わないけれど、奇跡も実績もそれを叶えるだけの夢と努力がなければ、生み出せません。
奇跡は努力の先にあるものだと、私は言いたい。
頑張れ、受験生。
文字通り、一週間の部活動勧誘期間はお祭り騒ぎだった。
各部の小競り合いだけならいいが、わざと達也に向かって飛ばされる魔法が騒ぎを拡大させていた。祈子さん曰く、例年以上に血気盛んな騒動が多いらしい。
一度私の方にも流れ弾が飛んできたこともあり、怪我はなかったが達也は顔を不機嫌そうに顰めていた。
周りの霊子も彼に当てられたように活性化していて、不謹慎だが私のために怒ってくれる彼が嬉しかった。
そんな乱闘騒ぎも終わったが、まだ気が抜けない。
二科生の風紀委員。
魔法を使わずに並み居る魔法競技部のレギュラーを打ち倒す謎の一年生。
学校内でそんな噂が立っているのだ。
達也の実力が評価されることは喜ばしいことではあるが、達也としては不本意に目立ってしまったのだろう。
加えて、青、白、赤のトリコロールカラーのリストバンドをしている学生が目に付いた。
国際犯罪組織ブランシュの下部組織エガリテのマークだ。
メンバーは精霊を介し、すでに把握している。犯罪組織が魔法師の雛鳥である魔法科高校にも蔓延しているとなると、この学校の状況に不安を覚えた。
もしかしたら、家の方から“依頼”が来る可能性もある。それ以上に平穏な学生生活が脅かされる危険性がある。
家を気にせず普通の学生として楽しみなさいと言ってくれた父にも申し訳が立たない。
大事にならなければいいが、伯父の耳にも入れておいた方がいいだろう。
無論、あの人の場合は知っている可能性も高く、一応世俗とは身を切っているが、こちらにはない情報が入る可能性がある。
祭の騒ぎは終わり、CADの携帯は通常通り、部活動の時間や特定の役員以外禁止となる。
これで少しは騒ぎが収まることを期待したい。
「それで、魔導書の件はどうなったんだ」
深雪を生徒会室に送り届けた後、達也と一緒に図書館に向かっていた。
深雪は待たせて申し訳ないと言っていたが、私もこれから部活があるし、達也もようやく調べ物ができるので苦ではなかった。
「それが…渡してみたら、奥の方から原書を取り出してきて解読の課題にされたわ」
「原書?」
「図書部で保管していたそうよ。分担して解析することになったの」
図書・古典部は研究発表のインパクトが強かったようで今年は私を除き15人とかなり新入生が多い。
そのうち残るのは半分もいればいいだろうと祈子さんは見立てていた。
夏目先輩は文芸部門に新年度早々4人も入ってくれて感激していた。
文芸部門の彼女たちは純粋に興味があってきたので、残る可能性が高いだろう。
図書・古典部の先日の研究発表は確かに目を見張るものではあったが、そこに至るまでの過程は辛く厳しい。それに耐えられるのか、諦めるのか、それは本人たち次第だろう。
話を戻すが、達也が原書という言葉に純粋に驚いていた。
「一部活動が魔導書の原書を保持しているのか?」
「活動内容が一部活の範疇を越えているから、かなり資料は揃っているみたいよ。
部室も図書室の一角を借りているし、図書館でしか使えない情報端末も部室にあるわ。
大学側とも協力して解析を行っているから、古書の解析においては大学並の研究費が入ってくるそうよ。」
借りた原書は難解であり、早速皆で頭を悩ませていた。
なにせ私以外はほぼ、一からのスタートだ。
先輩方からアドバイスをもらえたとしても基本は自分たちの努力次第だ。
私も委員会がないときは部活に顔を出すつもりだ。
廊下の突き当りで、二科生の先輩がいらっしゃった。
「司波くん」
「確か、壬生先輩でしたね」
どうやら剣道部と剣術部の一件で揉めた先輩だそうだ。
「ええ。ちょっとお話をいいかしら」
もしかしたら達也の勧誘かもしれない。
部活の入部は必須ではないが、達也は今回の騒動に掛かりっきりで部活動決めをする時間は十分になかったと言える。
達也の身のこなしと連日の噂からぜひ入部させたいのだろう。
達也は視線だけを私に動かした。
女子の先輩ということで、一応は気を使ってくれているようだ。
仕方ないと心を押しとどめながら、小さくうなずき同意を示す。
胸の奥底で静かに燻るものは苦い痛みを伴っていた。
そして翌日、聞いたのはあまり喜ばしくない噂話だった。
生徒会室でお昼を食べている時だった。
最初は自動配膳機の食事であった先輩方もお弁当を持参することが定番となっており、今ではおかずを交換することも多い。
今日は深雪のリクエストで私が主体でお弁当を作った。それに七草先輩と渡辺先輩がおかず交換を申し出たので、差し上げると食べた後に美味しいとは言いつつどこか苦い顔をされた。
味付けを間違えたかと心配になったが、深雪曰く、和食は未だにお姉様に敵わないとため息交じりに言われた。
私自身、実家の厨房に立つこともあるが、主婦歴の長い母や祖母の味には追いつけない。
出汁の取り方一つをとっても、味の違いを感じさせられる。
ひとまず、口に合わないわけではないらしいので安心した。
「そう言えば達也君、剣道部の壬生を言葉攻めにしたと言うのは本当かい」
和やかなお昼の雰囲気に渡辺先輩が爆弾を投下した。
達也は一瞬、身体を強張らせた。
単に意外性のある言葉に驚いているのではなく、どうやら自覚があるらしい。
「そんな事実はありませんよ」
「そうかい?壬生が顔を真っ赤にさせて恥らっている様子を目撃した者がいるのだが」
冷静に否定する達也に、にんまりと渡辺先輩は問いかけた。随分言い方に含みがある。
茶化されてはいるが、これではまるで私の前で浮気を糾弾しているようなものだ。
中条先輩は心配そうに私を見ていた。この人が生徒会の良心だろう。
「お兄様」
だが、心中穏やかではないのは私だけではない。
「お姉様と言う人がありながらどういうことですか」
生徒会室に冷気が吹き荒れた。春の暖かさから極寒の冬に逆戻りするかのように、深雪を中心として霜が降りはじめた。感情の揺らめきにサイオンコントロールが暴走してしまっている。
「落ち着け、深雪。ちゃんと説明する」
「深雪」
私は冷たくなっている深雪の手を握った。はっとした様子で、深雪は魔法を停止させた。
「申し訳ありません」
深雪は小さくうなだれ、謝罪の言葉を述べた。
深雪の魔法力は素晴らしいが、現在の課題は強すぎる力のコントロールだろう。
そのコントロールが上手くいかない理由は分かってはいるが、それでも今のように感情が大きくぶれるたびに魔法が発動してしまうのは良くない。
深雪も分かっている様で、若干の後悔に苛まれていた。
最も、その感情を揺らす原因となったのは達也と渡辺先輩のせいである。
「深雪さんって本当に事象の干渉力が強いのね」
テーブルにあったお弁当やお茶は凍りついている。
CADなしでも魔法師は魔法を使える者が多い。BS魔法師は例外だが、CADを使用した魔法とは違い事象の改変に時間がかかったり、工程が少ないもの、効果が小さいことが一般的だ。
しかし、深雪はCADもなしに季節を逆転するような魔法を無意識で使っているのだ。
これはよほど魔法力、特に事象の改変力が強くなければできないことでもある。
幸い、生徒会室には配膳機の機能で再加熱もできるので、凍ったご飯を食べなければならなことはないだろう。
「それにしても、雅は動揺しないんだな?」
ここのいる先輩方は私と達也の関係を知っている。
ある程度は根拠があるようだが、くだらない噂話と知っていて、この場で持ち出してきたのだから達也に対する嗜虐心も含まれているのだろう。
「渡辺先輩は私たちが慌てふためくのを楽しみにしていらしたのですね」
「まるで私が後輩をからかって遊ぶのが趣味みたいな言い方じゃないか?」
「そう思われたのでしたら失礼しました」
思った以上に自分でも言葉が淡々としていて、感情が籠っていなかった。
「嫉妬心とか君には縁のない言葉だったかい?」
嫉妬心?そんなこと、聞かれるまでもない。
「そうですね………強いて言うならば、達也さん。私に夕顔を手折らせないでくださいね」
達也にそう笑いかけた。
彼は少しばかり目を見開いたので、私の意図する言葉の裏を読み取っているだろう。
言葉遊びも込めた、少々の意地悪だ。
先輩たちは首をかしげているが、深雪も意味が分かったようで、「まあ」と小さく笑った。
「お兄様、いくらお姉様が寛容でいらしても、それに甘えてはいけませんよ」
「分かっているよ」
深雪の言葉も相まって、苦笑いを浮かべた。
私だって、分かっている。
本当は嫉妬だなんて、無意味な感情だ。彼に対して、私がそう思う事すら空回りしている。
この醜い感情を表に出したくない、精いっぱいの強がりなのだ。
気を取り直し、食後の一服を付きながら話の続きとなった。
どうやら壬生先輩たちを含め、二科生の中には風紀委員を良く見ていない者も多いらしい。
学校権力を傘にしているだとか、二科生ばかり取り締まりを受けているだとか、根も葉もない悪評が出回っている。
それを裏で先導するのは誰か。おそらく、反魔法団体だろう。
彼らは学生を使って、意識を先導している。魔法が全てではないことを刷り込ませている。
魔法師が社会的に優遇されていると、格差を生み出す象徴であると声高々に触れ回っているのだ。
そして、それで得をするのは誰か。国力を削がれたこの国を狙う禿鷹だ。
そうなれば、達也も、私も、黙ってはいられない。
特に、一高に干渉を強めてくるのならば十師族も黙ってはいない。
そうなれば深雪の楽しみにしていた普通の生活も崩されてしまう。
高校は小さな箱庭だ。
今も戦時中にもかかわらず、基本的には安寧な生活が過ごせるのは抑止力のお陰もある。
しかし、ひとたび戦争になれば魔法師の雛鳥とはいえ戦場に駆り出される可能性だってある。
あくまで可能性だ。
しかし、悪意の芽をのさばらせるほど、私は寛容ではない。近いうちに私にも指令が下るだろう。達也の言葉に耳を傾けながら、机の下で手を握りしめた
今日のお昼は実習が長引いているため、先に食べてくれと達也から連絡が入った。
深雪は残念そうだったが、ほのか達と一緒になだめ、カフェテリアに向かった。
実習棟近くのカフェテリアは、お昼時とあって人は多いが、テイクアウトもできるようで、店内には4人が座れる席もあった。
メニューを見ると、以前祈子さんに御馳走になったお昼もここでテイクアウトしたようだ。
そこで昼食をすませると、達也たち4人分の軽食を買って実習棟に入った。
まだエリカと西城くんは実技の途中だったが、達也に発破を掛けられ規定タイムはクリアできたようだ。
「お待たせ」
「雫もほのかも悪いな」
「いいえ、そんなことないです」
達也たちに買ってきた昼食の入った紙袋を渡した。
情報端末のあるエリアはダメだが、それ以外の場所での飲食は禁止されていないそうだ。
昼休みもそう長くはないし、軽食で十分だろうと達也から連絡を貰っていたのだ。
「ねえ、雅」
「なにかしら?」
「ちょっと歩いてもらえない?」
エリカにそう言われ怪訝に思いながらも、10歩歩いて、10歩で戻ってきた。
7人分の視線を受けながら、歩くのはなんだか妙な気分だった。
「やっぱりそうだ」
エリカは私を見て、ひとり納得したように頷いた。
「どうしたの?」
「雅、やっぱり忍者なんだね。歩く時、一切足音してないよ」
エリカは凄いわねと付け加えるが、感付いたことも凄い。
達也と深雪以外はエリカに言われ、気が付いたようだった。
「確かに。なんで?」
「言われてみれば、確かにそうでしたね。どうやって歩いているんですか?」
「忍びの性ってやつか?」
雫、ほのか、西城君の順に質問を投げかけられた。
「忍びは関係ないわね。神楽を舞うときに不用意に足音を立てないためよ」
「神楽?」
馴染みのない言葉に首をかしげる人が多かった。
「実家は神社なの。結構特殊な神楽だから、演者は一切足音も衣がなびく音も立ててはいけない。神様はそこにいらっしゃるが姿も見えなければ音も立てない。
だから、神様を演じる時は人間らしい物音を立ててはいけないの。そのために普段から無駄な音を排除して生活するように言われてきたから、癖になってしまっているのよね」
優雅な所作は物音を立てないと言われているが、私の生活は人並み外れていたと思う。
なにせ幼少のころから鈴を両手足に付け、生活をしていたのだ。音が鳴るたびに、厳しい注意があり、鈴の量が日に日に増やされていった。意識して鳴らさないように気を付けても、鈴は鳴ってしまうし、かといって動かない訳にもいかない。掃除、洗濯、炊事、寝るとき以外の家での私生活全てにそれは行われていた。普段は優しい両親もこればかりは厳しく、躾けられていた。
それが習慣化してしまえば、足音も物音も一切立てずに生活するのが常だ。
足音や、無駄な人らしい物音を立てることは私にとって、逆に演技になってしまう。
司波家では後ろから深雪に話しかけると驚かれることが多いのはそのせいだろう。
「雅さん、神楽をなさるんですか?」
「お姉様の神楽は素晴らしいわよ。本当に神様がいらっしゃるようですもの」
美月の問いかけに深雪が嬉しそうに答えた。
「神様?」
「ええ。神々しいや幻想的だなんて陳腐な言葉で語りきれない、高貴で優雅で荘厳で、神秘的な舞台よ。その場を目に出来たことすら烏滸がましいほど、隔絶された世界だわ」
「大げさね」
いくらなんでも神格化しすぎていないだろうか。
私程度の若輩にそこまで言われれば、兄たちの舞はいっそ桃源郷とでも言うべきなのだろう。
確かに幼いころの私も、あの神楽は神様と語らうのではなく、神様がいらっしゃると思い込んでいた節があるので深雪の言葉を完全には否定できない。
「そこまで言われると見たくなるわね」
「機会があれば招待するわ。余程の事がない限り、一般の観覧は難しいと言われているから」
京都九重大神宮。その系譜にのみ許された神楽がある。
今では廃れた古式の技術の集大成ともいえる神楽だ。精霊と意思を交わし、神への祈りを捧げるために舞い、楽を奏でる。私もその担い手として神事に参加させてもらっている。
「深雪が見たことがあるってことは勿論達也君も?」
「ああ」
「お兄様ったら酷いんですよ。私にも内緒で何度か観に行っていらしたんですよ」
「あら、お熱いですこと」
エリカはあえてわざとらしく手で顔を仰いだ。彼女もまた、嗜虐趣味のある人のようだ。
「ねえ、深雪たちの授業ってどんな感じ?」
「ほとんどやっていることは変わらないわ」
「教諭が補足説明や発展的な知識を提供してくれることは有難いわね」
一科生と二科生の違いは教員による魔法実技の指導の有無だ。優秀な魔法師は今でも実践的な軍事面や研究部門に多く在籍しており、絶対的な教員数は不足している。
そのための二科制度なのだが、その意味をはき違えている生徒も多くいるのもまた実情だ。エリカ曰く、できもしないのに指導だけ強請るのはお門違いだそうだ。それは一科生、二科生、双方に言えることだろう。
「お手本みせてくれない?」
エリカは先ほどまで使用していた教育用CADを指差した。
「お手本でしたらお姉様が適任ですわ。お姉さまは入試の際に起動式と魔法式の構築スピードは学年1位の成績でしたから」
「へー、そうなんだ」
「速さだけよ。あまり参考にならないと思うけれど」
「それは見てから決めるからさー、その1位のスピードを見せてよー」
エリカだけではなく、西城君や実際に見たことのある雫たちでさえ期待してみているので、これは応えないわけにはいかないだろう。
待機モードになっていたCADを起動し直し、手を置く。
このテストは起動式を呼び出し、魔法式を構築するスピードを測定するものだ。
いかに早く魔法式を発動し、事象を改変できるのかという魔法力の一つを測るものでもある。
起動式を呼び出し、魔法式が展開された。表示されたタイムは思った程度のものだった。
「二〇三mm秒?!」
「マジかよ」
「凄いです」
見慣れているはずの達也や雫たちですら、多少驚いていた。
タイムはそれなりの結果であったが、起動式の精度とハード面が改良してもらわないと雑音が酷い。いっそ弄ってしまいたい衝動に駆られる。
「人間の反射って目で見て動くまで0.2秒程度だよな。ほぼ反射で魔法を使っているってことか」
「すごいわね。どうやったらそんなスピードが出るの?」
「コツとかないのか?」
「コツ、と言われても感覚的なことだから伝えにくいわ」
スピード面に難航していたエリカと西城君に質問されるが、言葉にして説明するのが難しかった。
兄に言わせてみれば、会話するのに一々呼吸のタイミングを意識するのかと言われる程度なので、この程度で天狗になっていたら鼻で笑われるだろう。
「でも、雅って凄くこのCADは使いにくそうだよね」
ほのかは『光井』の名の通り、光のエレメントの血を引いている。
そのため、光への感受性が強く、魔法を発動する際のサイオン波の余剰ノイズに対しても鋭敏な感覚を持っている。ほのか曰く、入試で見た達也の魔法は一点のぶれもなく魔法力全てを事象改変に使い切る綺麗な魔法らしい。
「CADのノイズが酷いのか」
「ノイズですか?」
「深雪や雅のように感受性が強いと、調整の粗いCADはノイズが多く感じるんだ」
言うなれば、片言の言語を受けている感覚に近い。理解できなくはないが、いつもの精錬された起動式を使用しているとどうしても見劣りしてしまう。
「お兄様のCADでなければ深雪もお姉様も全力が尽くせません」
「そうだな。会長にでも提言してみるか」
おそらく感受性の高いであろう会長も不満を零していただろうし、案外実現するかもしれない。
甘える妹に優しく笑いかける達也。相変わらず深雪には甘いことだ。
割と皆もその様子に見慣れてきた様で呆れ半分に見ている。
しかしながら一人、深雪に背を向け雫が小声で聞いてきた
「ねえ、雅は気にならないの。あれだけ仲がいいともしかしたらって」
雫が言わんとしていることが分からないわけではない。
確かに、過剰な兄妹愛は兄と妹という枠組みを超えて見えてしまうのだろう。
深雪の美しさも相まって、それはどこか芳しい禁断の園を覗いているようだと称されたこともある。
「全く。兄妹が仲睦まじいことは喜ばしいことよ」
「雅って独占欲とか嫉妬心とか縁がないの?」
「そう言うわけではないのよ」
「そうは見えないけど」
雫はあまり表情が変わらないと言われるものの、周囲の霊子や精霊の様子を見ていたら感情の機微は簡単に読み取れる。空気を読むという言葉があるが、文字通り空気に漂う霊子を読み取れる程度のことはできてしまう。ポーカーフェイスを気取っていても、嘘も真意も読み取れる。
勿論、普段から使うようなことはないが、単に怖いだけかもしれない。
達也の本心を知ってしまったら、それがどのようなものであれ私はきっと泣いてしまう。
そのようなことを雫に伝えるわけにもいかず、私はそれらしい理由を持ち出すことにした。
「………事象の干渉能力ってあるでしょう。深雪みたいに無意識化で魔法を使って事象を改変してしまう事。私も昔、それでひどく苦労したから抑え込む事には慣れてしまったの」
「意外…」
雫が目を見開いた。流石に彼女も予想外の答えだったらしい。
「私、深雪以上に怒ると怖いのよ。地雷踏んだら文字通りドカンよ」
「もし踏んだら?」
「少なくとも学校中の電子機器が使えなくなることは覚悟しておいた方がいいわね」
そう言うと雫は目を瞬かせた。
私は、一度とんでもない電波、電磁障害を引き起こしたことがあり、制御は徹底している。
深雪のように周囲を凍りつかせるだけならまだいいが、私の場合は電子機器の発達した現代において厄介者でしかない。
だから感情が溢れないように、どれだけのことがあろうと干渉しないように徹底して訓練してきた。
その反動か、嫉妬の一つもしないだなんて可愛くないと言われてしまうのだ。
悟らせないだけだ。そんな醜いもの、見せられはしないと空虚な仮面の下に隠しているのだ。
入学から2週間ほど経ち、浮き足立っていた新入生も学校生活にも慣れてきた様で、達也に対する喧騒も下火となっている。
仲の良いグループもでき始めており、A組ではほのか、雫、深雪、私の4人で行動することが多い。実験や実技のペアを組んだり、課題を話し合ったりと充実した学校生活となっている。
ほのかは光波振動系や魔法の細かい制御を得意としており、雫は振動系魔法や大がかりな魔法を得意としていた。二人とも実技、理論共に流石は一科生と言わしめる実力者だった。
部活はSSボート・バイアスロン部に所属していて、部活は大変そうだが、とても楽しいらしい。
私も新歓の喧騒が終わったことで少しずつながら、課題図書の解析を進めている。
魔女が使っていたとされるテーベ文字には不慣れだが、今後西洋の古典文献には欠かせないから慣れるしかないだろう。
最初に解析できたところによると、どうやら恋愛小説風の書き口だった。
研究者にとって自身の手がけた研究や資料は宝であり、万が一の流出を恐れて暗号化・秘文化されているものが多い。それを解析し、日陰だった魔法に再び光を当てるのがこの古書の解析でもある。欲を言えば、現代魔法への体系化や新術式の発見が出来れば万々歳だと祈子さんは語っていた。
今回の課題の難易度は彼女からすれば1か月もあれば完璧に読んでしまえる程度らしいので、無理難題を吹っかけられているわけではなさそうだ。
今日は部活の集まりもなく、課題も授業中に終わらせてしまっている。
学校の地下書庫も気になるし、解析に関する資料を集めでもしようかと考えていた。
しかし、その予定は完全に崩れ去った。
二科生に対する差別を撤廃する有志同盟と名乗る、二科生を中心とした学校の待遇に不満を持つ生徒たちが放送室を占拠した。
それに対しすぐさま風紀委員の招集がかかり、放送室前へと向かった。
野次馬も続々と集まっている様で、風紀委員と先生方が冷静になるようにと促していた。
先に来ていた渡辺先輩の話を聞くと、電源はカットしこれ以上の放送はないとのことだ。
しかし、マスターキーが奪われており外からは開けることができない。いくら身内の犯行とは言え、マスターキーが奪われるとは警備システムはどうなっているのだろうかと不安を覚えた。
十文字会頭は交渉に応じても良いが、首謀者を取り逃がすつもりはないらしい。
また、学校の備品を壊してでも確保すると言う強硬な策も取りたくないそうだ。
ひとまずはこの扉を開けないことには始まらないだろう。放送室は今時珍しいアナログ式の鍵だ。電子キーならばハッキングで簡単に開錠できるが、わざわざアナログ式ならピッキングも早々にはできないのだろう。
達也は中にいる壬生先輩に連絡を取った。呆気にとられる周りを余所目に生徒会、部活連とも交渉に応じることを伝え、日時決めをするとの理由から中から扉を開けさせるようだ。
そしてそのまま、首謀者たちを拘束する算段だ。
「俺は壬生先輩の身の安全は保障しましたが、他の人の分までは保障していませんよ」
「あら、いけない人」
私がそう言うと、達也は苦笑いを浮かべた。詭弁だが、交渉事にはそれは付き物だ。達也は風紀委員を代表していると言ったわけではないし、生徒会と部活連の意向を伝えただけだ。
無血開城となればそれに越したことはない。
「それよりお兄様。わざわざ壬生先輩のプライベートナンバーを登録されていたことについて、あとでじっくりお話をお聞かせ願えますか」
しかし、一人深雪はアルカイックスマイルの後ろに絶対零度の般若を携えていた。
会話の中に出てきた【夕顔】は源氏物語第四帖の事です。
雅 = 六条御息所
壬生先輩 = 夕顔
源氏の君 = 達也 に置き換えています。
夕顔を手折らせるなとは、嫉妬で呪い殺させるなと暗に告げているのです。
誰か、分かった方はいらっしゃったでしょうか?