恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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6月31日。まだ6月。OK、OK。セーフセーフ。

1か月ぶりの更新なのに雅ちゃん出てきません。
25巻読みましたが、光宣君どうしよう(;・∀・)
この先の展開で原作とずれて救済する人もいるけど、展開を決めかねています。


感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。全て読ませていただいてますが、お返事中々できなくて申し訳ありません。励みになっていますので、これからもどうぞよろしくお願いします。


師族会議編5

その日、夕食の準備の時間帯に、掛かってきた連絡は深雪にとって意外な人物からのメッセージだった。

 

『ハーイ、ミユキ』

「まあ、リーナ!お久し振りね」

 

昨年の3学期に第一高校の交換留学生という形で来日していたリーナからのメッセージだった。

日本での時刻は18時だが、まだUSNAでは深夜2時という時間帯だ。

時差を考えてくれたということなら分からない時間でもないが、態々こうしていきなり電話を掛けてくることに深雪は若干の警戒を覚えていた。

リーナはただの高校生ではない。

達也と同じく軍属であり、USNAの最強の魔法師部隊であるSTARSの総隊長にして、戦略級魔法師アンジー・シリウスである。

画面越しではあるが、約一年ぶりとなる顔合わせではある。

急ぎの用事か、はたまた深雪と達也の立場が公表されたことからか、深雪は驚いた体をとりつつ好意的に応対した。

 

『それより、遅くなったけれど雅のお兄さんと婚約したそうね。おめでとう』

 

深雪が予想したとおり、リーナの元にも深雪と雅の兄、雅と達也の婚約のことは耳に入っていた。

まさか二人が四葉の人間で、しかも達也がその有力な後継者だということが彼女の驚きを加速させた。

勿論、達也の魔法戦闘能力は恐ろしいほどあったが、総合的な能力を見るとリーナ自身に比肩するほど優秀な深雪が後継者だと言われた方がまだ納得した。

 

「ありがとう」

 

ディスプレイ越しの深雪はリーナが知るより、ずっと綺麗に美しく笑った。

溢れんばかりの幸福がその笑み一つで分かるように、恋を知ったばかりの乙女のように清らかに微笑んでいた。

深雪があまりに美しく、そして綺麗に微笑むものだからリーナは肩の緊張がほぐれたような、なにか拍子抜けしたような気分になった。

もう去年のことかと思うほど充実した3か月ほどの短い留学期間ではあったが、その間に深雪の浮いた話は一切聞かなかった。

むしろ恋愛話と言えば、雅と達也に関する惚気話の方が圧倒的に多かったように記憶している。

 

自分の恋愛に興味がない振りをしながら、実は婚約者とも会っていたのだというのだから、案外、深雪も隅に置けないなあ、なんて友人ともライバルとも言えるような彼女の慶事を人並みに喜んだ。同じく報告を聞いたシルビィからは隊長は如何ですか、なんて流れ弾を浴びせられ未だ彼氏の影すら見えない自分の現実を突きつけられたことは、この際忘れることにする。

 

だが、そんな自分の甘い考えは、報告をしてきた上官の一言で不穏なものへと変わった。

曰く、随分と古典的かつ有効な封じ手であると。

 

結婚とは古今東西、権力者にとって無視できない事柄である。

嫁の実家の後ろ盾で成り上がった男もいれば、政敵に娘を嫁がせて夫を謀らせたり、傀儡にしたり、牽制したり、政治の裏舞台には女の姿があったといっても過言ではない。

日本の魔法師の中でも有数の実力を持つ『夜の女王』と呼ばれる四葉真夜をはじめとした四葉家(アンタッチャブル)と、悠久とも言えるような期間、神に捧げるためだけに魔法を研鑽したと称される神道系魔法師の大家の九重家。

それが互いに当主に近い娘を嫁がせる。

単なる本人たちの恋愛結婚で話が済むはずがない。

 

『深雪に負けず劣らずの美形というか、すごくお似合いね』

 

だから、深雪のこれほどまで幸せ溢れる様子に面食らってしまったのが、リーナとしては正直なところだった。

雅の兄であり、深雪の婚約者になった悠について写真で見ただけだが、これほどまで美しい男性がいるものなのかと感心せずにはいられないほど顔立ちの整った男性だった。

濡れた様に艶めく黒髪に、涼し気な目元にすらりとした細めの眉。

日本の伝統的な神官の衣装に身を包み、優美に口元に笑みを浮かべている写真は雅の生家である神社の公式サイトから情報部が探し出したものだったが、調査資料とは言えしばらくその写真は部隊でも話題になったほどだ。

加工か合成ではないかと疑われるくらい均整の取れた顔立ちは、アジア系に対してあまりいい感情を持たないと有名な者ですら、その容貌にケチを付けられないほどであった。

悪魔と取引したか、前世で徳を(うずたか)く積んだのか、いずれにせよこの世の者とは思えないほどの美貌を持つ深雪の隣に立って見劣りしない男性だと言えた。

 

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」

 

望まない結婚を強いられているのではないかとリーナが心配しているとは深雪は露とも思わず、自分の婚約話にやはりまだ照れくささを感じていた。

 

「リーナはもしかして、そのために態々電話をしてくれたのかしら?」

『あ、いや、ゴメン。それもあるけど、それだけじゃなくて……』

 

本題は何かと暗に問うと、リーナは歯切れが悪そうに謝罪した。

 

「大切なお話?お兄様もお呼びしたほうがいいかしら」

『そうね。タツヤもお願いするわ。もしかして雅もいる?』

 

婚約者である雅が平日の夜に訪れることはなんら不思議ではないが、居るとなるとリーナとしては余計な勘ぐりをしてしまう。

無論、婚約者であるならばそのまま泊まることがあるかもしれないが、同じベッドで寝ているのかとか、外では淡白な付き合いにみえて家の中だと激しいのだろうかと無駄な妄想を頭の隅へと追いやった。

 

「今日はいらっしゃらないわ。部活の方が忙しいみたい。どうしても、ということなら連絡を取ってみるけれど」

『そこまでしなくても大丈夫よ』

 

今日は、ということなので、やはり雅が訪れている日もあるということなのだろう。

リーナが一人気まずく思っているなどとは考えもせず、深雪は通話をサスペンド状態にして達也を呼びに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーナからもたらされた情報は、達也や深雪にとっても無視できない内容だった。

崑崙方院の生き残りが、日本でテロを計画しているという事らしい。

罠である可能性も考慮すべきなのだろうが、今のところリーナやUSNAがあえてテロ計画について情報提供する理由が分からない。

しかもテロとなれば、達也たちに知らせない方がテロそのものは成功する確率が高い。

演技でなければ、ディスプレイ越しのリーナは純粋に心配して連絡してきたように見えた。

仮に上層部がリーナを使って達也たちに情報工作を仕掛けている可能性も否定できないが、いずれにせよ裏が取れなければ動きようがない。

 

「叔母様にはお知らせするべきでしょうか」

 

深雪は心配そうに達也を見上げた。

日本でテロを計画しているとはいえ、標的は四葉である可能性が高いというだけで襲撃の日時や潜伏先までリーナは教えてくれたわけではない。それを掴んでいたかどうかさえあの少ない会話の中では分からなかった。

しかも師族会議を控えている今、四葉家で動かせる人間は多くない。

師族会議は主に次の十師族を二十八の家から選ぶ互選だが、表立っての選挙活動はない。

 

しかし、他家への根回しや粗探しは事欠かない。

四葉では今まで集めた情報を吟味し、会議を有利に進める方策の大詰めに来ているところだろう。

 

「そうだな。既に叔母上も掴んでいることかもしれないが、最低限確認は必要だろう」

 

四葉家はパラサイト事件の折りに、リーナの上司に当たる人物と交渉をして日本への手出しを止めさせていた。単に一回限りの介入である可能性もあるが、USNAの高官とのパイプは持っておきたいはずだ。

そうなれば、今回のテロ計画のことも既に耳にしている可能性は高い。

 

達也としての気がかりは、テロの首謀者の目的が単に四葉への復讐だけなら簡単な話だが、無差別に周りを巻き込む可能性があることだ。

どんな魔法を駆使するのか、支援者はいるのか、今のところ分かっているのは名前と性別と、崑崙方院に所属していたという事だけだ。

 

 

 

深雪と達也は普段着から真夜の前に出ても支障のない比較的フォーマルな服装に着替え、リビングから四葉家へと専用回線で連絡を取り付けた。

あちらも夕食の時間帯であろうが、思ったより早く真夜とコンタクトが取れた。

 

『達也さん、深雪さん。こんばんは』

「こんばんは、叔母様」

「夜分、失礼いたします」

『畏まるような時間じゃないわ』

 

画面の向こう側で真夜はにっこりと品よく微笑んだ。

 

『急ぎの報告という事だったけれど、一体何があったのかしら』

「既にご存知の事かもしれませんが、アンジェリーナ・クドウ・シールズから崑崙方院の生き残りが日本に入国し、テロを計画していると情報提供を受けました。四葉への怨恨の線もありますが、師族会議も近いですから、それを狙ったテロの可能性も考えられます」

『その可能性は理解しています。あまり人は割けませんでしたが、手筈は整えています』

 

達也からの報告にあまりにも真夜が落ち着いていることに、深雪も達也も少しばかり違和感を覚えた。

真夜の口ぶりからして既に人を動かしてあるようだが、昨日今日知ったというようには思えなかった。

達也はもう一つ、真夜の情報提供先に考え付いた。

 

「顔合わせのときですか」

『察しが良くて助かります』

 

よくできました、と褒めるように真夜は笑みを深めた。

両家顔合わせの名目で集まった日に、四葉当主と九重当主の非公式の会談が行われていたとしてもおかしな話ではない。

むしろ顔合わせの方が建前だった可能性もある。

 

『魔法協会からは、まだ正式に開催場所について知らされていません。協会にはテロ計画があることを匂わせているせいか、会場選びは難航しているようです』

 

師族会議は毎回、同じ場所で行われるわけではない。

参加する二十八家の当主ですら、大まかな地域だけ事前に告げられて、当日に案内される運びになっている。

国際会議場であったり、料亭であったり、ホテルの会議室を用いたりするが、共通点と言えばそれなりに格式の高いところが選ばれていると言うことくらいだろう。

 

「大々的に警備をすれば、会場の位置が把握されることを懸念しているのでしょう」

 

当日は魔法協会の職員と魔法師を配置できる警備会社との合同で会場運営が行われるが、ここに公安や軍などを控えさせれば物々しい警備に会場側の反発を招く可能性もあり、大掛かりな警備となると敵に位置を喧伝することになる。

 

『心配には及びません』

 

真夜は達也の心配が杞憂だと告げた。

 

『二十八家ともあろう家々の当主が不意を突かれたくらいで死ぬようなら、名折れも良いところです。問題は、自衛の手段を持たない一般人が巻き込まれることでしょうね』

 

真夜は自分達とは無関係の人間が傷つくという博愛的な意味合いでそう口にしたわけではない。

まして十師族当主となれば諸外国からみれば日本の戦力の一角と見なされているため、公の場では常に暗殺の危険が付きまとっている。

 

「人間主義団体の活動は今は下火になってきていますが、再燃するとお考えなのですか」

『魔法師の排斥活動はなにも日本だけに留まりません。仮に魔法師を標的としたテロで一般人が死傷するようなことになった場合、人間主義の活動の気運は高まる事でしょう』

「テロそのもので魔法師が致命傷を負うことより、それによって魔法師の立場そのものが悪くなることを懸念されているのですね」

 

魔法師側にいくら犠牲が出たとしても、それは本人の無能さを責められ、一般人が巻き込まれればマスコミ各社が騒ぎ立てることは必至だ。

それが四葉に故郷を奪われた魔法師が復讐に日本の魔法師を標的にしたテロを起こしたとなれば、四葉にも社会的なダメージがある。

今更取り繕うような悪名でもないが、達也としては深雪や雅が批判の目に晒される事に強い嫌悪感を抱くだろう。

 

『会場についてはいくつかニセ情報も流しています。相手がそれに騙されるような小物ならよいのですが、一応あの時の四葉の精鋭から逃げ延びただけの手腕はあるのでしょうから警戒はさせています』

 

真夜の口ぶりから、首謀者の人となりを彼女もまだ掴み切れていないのだろう。

四葉の情報網からすり抜け続けるとなると相手の情報戦の巧みさ、身の隠し方は周公瑾と同レベル以上と考えていいだろう。

対策がなされていると分かっただけで、達也にとってこの会話は有益だった。

 

「分かりました。こちらでも注意しておきます」

 

生き残りがどの程度、日本に協力者を潜伏させているか分からない以上、横浜のように多発的にテロを起こす可能性も否定できない。

師族会議の混乱に乗じて、大亜連合や新ソビエト連合の工作員のつけ入る隙にもなりかねない。

風間にも情報を回すべきか、達也は既に思案していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師族会議は、二月四日、二月五日の二日間の日程で行われる。師族会議は日本魔法界のサミットのようなものであり、十師族をリーダーと仰がない古式魔法師の界隈ですら影響は無視できない。

 

この会議の参加者は十名。

一条剛毅、

二木麻衣

三矢 元

四葉真夜

五輪勇海

六塚温子

七草弘一

八代雷蔵

九島真言

十文字克人

 

会議の冒頭、十文字家の当主である和樹が、自身が病によって魔法力を喪失したことを理由に、代表代理としていた克人を正式に当主に据えることにしたと本人から報告があった。

魔法力の喪失という病には、十師族の中にも動揺が走ったが、十文字家特有のものであることと、他家の事情に深く関与しすぎるのは良くないとして話は会議内に留められた。

この会議から克人が十文字家の代表として参加することになる。

 

家に冠する数字が一から十まで揃っているが、これは規則ではなく偶々である。十師族体制ができてからはこのように数字の重複がないのは、むしろ珍しい方だ。

各家の当主は日本を代表する魔法師であるとともに政財界も無視できない規模の企業を傘下に収めていたり、会社の実質的なオーナーとなっている。

 

会議の進行は、九島真言が務めており、これも定例となっている各地方の監視状況の報告から行われた。

一条家は北陸・山陰地方、二木家は阪神・中国地方、五輪家は四国地方、六塚家は東北地方、八代家は沖縄を除く九州地方、九島家は京都、奈良、滋賀、紀伊地方、七草家と十文字家で関東地方を監視しており、四葉家が他家の割り当てがない岐阜、長野、東海地方を監視している。

三矢家は監視地域の割り当てはなく、唯一今も稼働し、国防軍に技術供与をしている第三研究所の運用を担当している。

北海道と沖縄がないのは、北は新ソビエト連合、南は大亜連合と面と向かって対峙しており、その分国防軍の勢力が強いためであり、軋轢を避けるために割り当てられていない。

 

一条家、六塚家の割り当てには特に目立った国外勢力の動きはなく、二木家と八代家は長年続く煩わしい相手の牽制、監視を継続している状況であり、ここ数年で大きな変化は見られない。

関東、東海地方は人間主義の活動が目につくことと、人間主義団体の構成員と思われる人物の不審な動きがあるということで監視を強化するということで、定例報告は終わった。

 

「九島殿、少しお時間を頂いてもよろしいだろうか」

「七草殿、どうぞ」

 

定例の報告が終わると、七草弘一が発言を求めたことにより会議の雰囲気が先ほどより張りつめたものに変わる。

 

「では、失礼して、四葉殿。この度は姪子殿、甥子殿の両名が揃って婚約となりましたこと、お慶び申し上げます」

 

七草弘一が丁寧に社交的な笑みを浮かべ、真夜に祝辞と共に小さく頭を下げた。瞳は右目の義眼を分かりにくくするための色付きの眼鏡で読みにくいが、この二人が敵対的な、というより弘一が真夜に突っかかるような態度は昔からの事なので、六塚温子や八代雷蔵は口にしなくともまたかと呆れが隠すことなく浮かんでいる。

 

「ありがとうございます。ですが、月に叢雲(むらくも)、花に風と言いましょうか。私どもも困惑しているのです」

 

『月に叢雲、花に風』とは、本来邪魔なもののたとえ話だが、この場合、今更『月』が誰で、『花』が誰なのか説明をする必要はないだろう。

 

「それはこちらも、というものですよ。突然の発表に皆、驚いているところなのです」

「この会議で報告するべき事案でしょうか?私事ですので、お時間を取らせるようなことではないかと存じます」

 

心外だと言わんばかりに真夜は素知らぬ顔で問い返した。

 

「どちらかならばまだしも、兄妹揃って九重とはずいぶんと思い切ったことをされましたね」

「『婚姻とは両人の合意にのみ基づいて成立するものである』ということをお忘れということはありませんよね」

 

婚姻の規定を読み解けば、そこにはいかなる人種、宗教、政治も介入できないとされているが、現実問題そういうわけにはいかない。

 

四葉と九重は、互いに対してこれまでにないカードをその手の内に収めることになる。

七草弘一が危惧していることは、まさに十師族のバランスが崩れ、四葉の一強状態になりかねないことだ。弘一の一方的な難癖とも言えなくはない状況だが、この路線ならば他の家々も追従してくる可能性は十二分にある。

 

「十文字殿は、達也と雅さんのことはご存知よね」

 

弘一がなにかと四葉家、ひいては真夜を意識しているのは理解していながら、真夜は試しに今回初めて代表代理ではなく十文字家当主としてこの場に座る克人に話を振った。

 

「学年は違いましたが、親交はありました。自分の知る限り、仲睦まじく慎ましい交際に見えました」

 

克人としてはここで自分が話題に加わるとは思っていなかったが、真夜を除くと唯一この中で当人たちを直接知るのは克人なので、第三者の目としては確かに有効だろう。

彼が七草真由美や渡辺摩利から聞いていた話では、見せつけないだけでかなりお熱いらしい。克人自身、色恋に聡いとはいえないが、二人の間には確かに男女を越えた信頼関係があるように見えた。

 

克人の回答に真夜は浮かべていた笑みを深くした。

彼女の思惑に乗せられた形だが、言葉は選んだつもりであり、第一嘘をつくような場面ではない。十師族のバランスを取るという弘一の思惑も分からなくはないが、既に合意がなされている両家の婚約を覆すだけの材料を持っている家があるのなら話は変わってくるだろうが、倫理的にも法律的にも問題がない二人を単なる大人の都合で引き裂く道理がないことも克人は分かっている。

 

 

 

「申し訳ない。口を挟ませていただいてもよろしいか」

 

だが、そこに一条剛毅が割って入った。

 

「四葉殿、まだ当家は貴家からの回答は頂いていないのだが。先ほどの七草殿の発言とも関係があることだ。この場で回答いただけないだろうか」

「貴家の将輝殿と当家の深雪との婚約の申し込みについてですか」

 

真夜は不服を隠さず、冷ややかな声で他の者にも分かるように説明を加えた。

 

「非礼はお詫びする。しかし当家としては冗談半分や嫌がらせで申し上げているのではない。息子は真剣に深雪殿と結ばれることを願っている」

「真面目に?婚約が決まった娘を寄越せと言うことのどこが真面目にと言うのでしょうか?」

「もし、結婚をお許しいただけるのならば将輝は四葉家に差し上げるつもりだ」

 

この発言に、円卓がざわついた。

【クリムゾン・プリンス】と二つ名を持つ一条将輝は既に実戦経験済みの魔法師だ。

僅か十三歳にして佐渡に侵攻してきた敵を屠り、横浜事変でも活躍したことはここにいる者ならば知っている。

文句のつけようのない優秀な魔法師、しかも一条家としては次期当主として見据えていた息子を手放してまでも成立させたいとなれば、利益の天秤は四葉に大きく傾く。

しかも片方で達也と雅の婚約が継続されるならば、四葉の抱える力はより強大なものとなる。

四葉にとってはこれほど好条件な申し出はなく、真摯に相手を想っていると言う将輝の気持ちも伝わり、一条家の姿勢も本気のものだと伺わせる。

 

「そうですか。しかし、やはりお申し出を受けることはできません」

 

真夜は一分の迷いもなく、冷ややかな口調で断りを入れた。

 

「一条殿が親として子の思いを叶えたいとお考えなのは私にも分かります。ですが、私にも姪の気持ちを尊重したいという思いがあります。姪の深雪は九重悠殿を好いております。そして深雪を嫁に、と悠殿から直接申し入れがありました。想い合い、結婚を望む二人を割く道理がありますか」

「四葉家の達也殿と九重家の雅殿は、幼少の(みぎり)からその縁が結ばれていたと聞き及んでいます。本人の意思が定まらない内から関係を強要されていたのでは?」

「親同士が婚約の話を進めることは、皆様におかれましても珍しいことではないと存じます。最終的にその関係は両人に委ねられます」

 

一条剛毅を援護する形で、七草弘一が達也と雅の関係を問うが、真夜の発言は弘一にも痛いところだった。実際、五輪家長男と七草家長女の真由美との婚約話が出ていたが、この会議の直前で破談になっている。

真夜は既に、七草家が達也と真由美の婚約を目論んでいることは耳にしている。

確かに真由美は一般的に言えば優秀な魔法師ではある。

嫁入り相手として紹介されるなら一考に値する人物だ。

ただし、比較対象が雅であるのならば話にもならない。

 

「ですから、二木殿もあまり深雪の心を傷つけるようなことは控えていただきたいものです」

 

真夜の発言に、視線が二木麻衣に集まる。

 

「当家から九重家への申し出は、四葉殿から二人の存在が明かされる前のことだったと記憶しています。また、四葉殿におかれては事実、反対が多いことも耳にされているでしょう」

 

麻衣は人当たりのよさそうな柔和な表情を浮かべて答えた。

そして四葉との関係を持ちたい家もあれば、当然、古式魔法の大家であり、表の世界にも有数の歴史を持つ九重との縁を持ちたい家も存在する。

 

「私も親として子の気持ちを応援したいことはよくわかります。ですがいくら当人が望んでいても、結婚とは往々にして儘ならぬものと申しますよ。深雪殿のお住まいはずっと東京の方だと耳にしておりますし、知る者の少ない土地での生活は心細い事でしょう」

 

麻衣は、年長者らしい落ち着いた口ぶりで心配そうに真夜に尋ねた。

深雪と四葉家の関係が公になってから婚約を持ち掛けた一条家とは違い、二木家は九重家の悠に対して婚約の発表以前に申し出ている。

当然その申し出は断られてはいるが、チャンスがないわけではない。

 

四葉家と二木家。

どちらかの娘が九重家に入るのならば、二木家の方が反対は少ないだろう。

悪名の差であり、監視する土地柄であり、古式魔法師をはじめ地盤にしても二木家の方が優位だ。

 

「住まう土地への愛着というものは理解できますわ。ですが大なり小なり、住まう環境が変われば順応しなければならないことはありますもの。親の目贔屓もありますけれど、深雪にはそれ相応のことを教えてきたつもりです」

 

真夜も口調こそ丁寧で品もあるのだが、この場にいる十師族当主として言葉の裏を読み取る能力に長けた者たちにとっては、とても穏やかとは言えない舌戦が繰り広げられていることが分かる。

九島真言に次ぐ年長者である二木麻衣は、普段はストッパー役を担うことが多いが、今回ばかりは譲れない線のようで、空気をヒリつかせている。

 

「深雪殿と悠殿は少し年齢も離れていらっしゃるでしょう。それに実際に交際してみなければ男女の仲というものは分からないことではないですか」

「確かにそう思います。私も良縁と思って七草家のご長女と私どもの長男との婚約を申し出ましたが、性格的に合わなかったようで結局うまくいきませんでした」

 

二木麻衣の発言に続くように五輪勇海が、自身の家の事情を持ち出した。

 

「一条家は将輝殿を四葉家に婿に出しても良いと仰ってますし、お二人の結婚は日本魔法界の益々の発展をもたらすでしょう。四葉殿にとっても悪い話ではないと思いますが」

 

五輪勇海の支持表明は、七草弘一と一条剛毅、更に二木麻衣にとっても追い風となる。

一条家の申し出を受けて九重悠と深雪の婚約を取り消しても良いのではないかという雰囲気が漂い始めたが、真夜は迷うことなく断ち切った。

 

「五輪殿。当家は達也や深雪の結婚によって利益を得ようとは考えていません。それは九重家との縁をお持ちの九島殿も御理解のことでしょう」

 

真夜の発言によって五輪勇海は、自分の発言が目先の利益に結婚を利用していると告げられ、目を俯かせる。

誘導の仕方としても損得勘定で議論を進めようとしていたことにも気づかされた。

しかも議論に参加はしていないが、九島家は既に九重家から一度嫁を貰っている。それを利益目的の結婚と言ってしまったことに他ならない。

 

「時間は取ったが、婚約等の私事について師族会議で決定しうる問題ではないだろう」

 

要は当家同士で話し合って、これ以上火種を拡大させるなと言外に示されたことで、会議は一度休憩を挟むこととなった。

 

 

 

 

 

そして休憩の終了後、四葉真夜から特大のスキャンダルが投下された。

 




十師族会議副音声



舞衣
実際の発言「私も親として子の気持ちを応援したいことはよくわかります。ですがいくら当人が望んでいても、結婚とは往々にして儘ならぬものと申しますよ。深雪殿のお住まいはずっと東京の方だと耳にしておりますし、知る者の少ない土地での生活は心細い事でしょう」

副音声『何ふざけたこと言ってんだワレ( #゚Д゚)親族二人も九重とか、アホなことしよって!これ以上、勢力増やしてどうする!パっと出の田舎者が、地盤もないくせに京都引っ掻き回して何様や』




真夜
実際の発言「住まう土地への愛着というものは理解できますわ。ですが大なり小なり、住まう環境が変われば順応しなければならないことはありますもの。親の目贔屓もありますけれど、深雪にはそれ相応のことを教えてきたつもりですわ」

副音声『余所者嫌いは結構。深雪に敵う魔法力、美貌の揃った女子がいるとでも?自分の姪?ないわ( ・´-・`)』



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