恋ぞ積もりて 淵となりぬる   作:鯛の御頭

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あんなに更新遅くなったのに感想くれる人がいる(ノД`)・゜・。
今回はちょこっといつもより短めですが、早めに更新できるよう頑張りました。
感想・評価くださる皆さま、励みになります。ありがとうございます。





師族会議編6

2月5日 月曜日

 

達也、深雪、雅、水波の四人は同じキャビネットで登校していた。

 

「そういえば、二人とも師族会議の経過は聞いている?」

「いや、まだだ」

 

まだ達也たちでさえ知らない師族会議の内容を雅がなぜ既に知っているのか、という疑問は今更のことだ。

会議は非公開であり、録音や撮影も禁止。会議の内容と次の四年間の十師族については魔法協会から正式に報告が行われる。達也たちも真夜からはまだなにも報告は受けていない。

 

キャビネット内は第三者に聞かれることのない閉鎖空間であり、密談には向いている環境である。達也の眼で見ても、こちらを監視している機械や術は見当たらないため、雅に話の続きを促した。

 

「私も大筋でしか話は聞いていないから、細かなところはまた真夜様に伺ってもらうことになると思うけれど、大きな動きは二つあったそうよ。一つ目は、真夜様が周公瑾と七草家の共謀関係を暴露したということ。横浜事変後の魔法師排斥運動にも加担していたとして、七草家は十師族として相応しくないと糾弾する意見が多数を占めたのだけれど、老師が九島家も周公瑾の手を借りたことを告白して、十師族の席から退いた形で責任を取って、七草家の席を残したわ」

「会議は当主の九島真言が参加していたのではないのか?」

「会議自体は当主が参加していたけれど、老師も会場にはいたそうよ。七草家の窮地と十師族体制の維持のために身を切った格好を取ったとみているわ」

「確かに七草家が十師族から外れるとなると、関東が手薄になる以上の影響があるな」

 

日本において、最も力を持つ魔法師の集団とは、国防軍の魔法師部隊を意味するのではない。

現状、四葉家と七草家が日本の魔法界の双璧に君臨していると言っても過言ではない。

家としての力は所属する魔法師の数や能力、また傘下の企業の財力、政財界とのパイプ、情報網など多角的に見る必要があるが、傘下、協力関係にある魔法師の数で言えば七草家は十師族の中でも抜き出ている。十師族体制を頂点とした日本の魔法界の秩序のためにも七草家が抜ける穴は大きく、替えになる家は存在しない。

 

「お姉様、九島家の抜けたところは今日の会議で決められるのですか?」

「いえ、真夜様の推薦で七宝家が選ばれたそうよ。これが大きな動き二つ目ね。一日限りの補充かもしれないし、選挙になるかは今日の会議次第ね」

 

補充されたのが七宝家と聞いて達也も深雪も複雑そうな表情だ。

七宝君は十師族というより七草家に対して思い入れがあるようで、十師族という地位に固執しているようだった。

 

「テロの方はどうだ?」

「そちらも一日目に動きはなかったそうよ。仕掛けてくるなら二十八家が揃っている二日目の今日でしょうね」

 

崑崙方院の生き残りが師族会議を狙ってテロを計画している、と事前情報を掴んだ四葉家では秘密裏にテロリストの潜伏先を捜索していた。

テロの首謀者である顧傑(グ・ジー)は元々四葉が崑崙方院を襲撃する前に権利を剥奪されて国外退去させられた人物なので、生き残りと言うと語弊があるが、祖国を奪われたという点では生き残りと呼んでも差し支えないだろう。

名前と容貌、身体的な特徴、さらに沼津から伊豆の方面に海上を移動した可能性が高いことまで分かってはいるものの、今日にいたるまで発見はできていない。

伊達に30年以上亡命生活を続けてきただけの手腕はあり、公安や軍を巻き込まないにしても魔法協会にも四葉家から情報提供が行われているため、テロ対策は取られているはずだが、どの程度人員が割かれているのかまで把握はできていない。

 

「他家に情報は?」

「昨日、真夜様が不審な貨物船をUSNA大使館所有のクルーザーが監視していて、監視対象になっているのは人間主義の団体ではないかと伝えたそうだけれど、七草家と十文字家が昨日の今日でどこまで調査しているか分からないわ」

 

会議の最中であるため、指示だけは出していても本格的な調査にまでには至らないだろう。

 

「魔法協会の警備に決行を諦めてくれればいいけれど」

 

 

 

 

 

 

私の希望観測が外れたのは、その日の授業が始まってすぐのことだった。

師族会議が行われていた箱根の料亭が襲撃されたと、被災通知メールが入ったため、達也、深雪、水波ちゃんは授業を中断して、現地に向かうことになったらしい。

会議に当主である父親が出席している香澄ちゃんと泉美ちゃん、それに七宝君も一緒だったそうだ。

 

昨日、今日と師族会議が行われていることは魔法師全体に知られていることであり、被災通知メールの受信に一般の生徒たちにも動揺が広がっていた。

ここ数日は現地の天候は安定しており、地震速報もなかったことから天災という可能性は低い。

会議の出席者に直接接点がなくても、魔法師が標的もしくは大きく巻き込まれたテロ等の特殊災害の被災と考えるのは自然だった。

 

昼頃になるとニュース番組でも速報で取り上げられており、どうやら会議に参加していた魔法師には死傷者は出ていないが、警備をしていた民間人や魔法協会の職員が数名巻き込まれて重軽傷を負ったらしい。幸いにして今のところ、実行犯以外の死者の報告は上がっていない。

 

被災メールとは被災した当事者の被災当初の「無事」「危険」「死亡」の状況を知らせるものであり、継続発信に設定がされていなければその後の状況は分からない。

達也たちが駆け付けたのはそういう理由もあっての事であり、無事を確認してから六人は午後の授業前には戻ってきていた。

 

今日くらい早退しても咎められないと思うが、当たり前の日常生活を送ることもテロに対する姿勢としては必要なことだ、と七宝君が真面目な表情で高らかに宣言していた。

 

 

 

 

 

 

 

2月6日 夜。

 

放課後の部活を終え、司波家で夕食をごちそうになった後、私と達也は地下の実験場にいた。地下二階分もある広々としたこの空間に来ることは久しぶりのことだった。

 

「師族会議の決定で、首謀者の無力化が決まった」

 

今日の昼、テロの実行犯からマスコミ向けに犯行声明が出された。今回のテロは魔法という悪魔の力を使う魔法師をこの地から一掃する聖戦であり、魔法師を名乗るミュータントから人類を解放するという過激な内容の人間主義の主張だった。

マスコミもテロは悪としながらも、魔法師は無傷で一般人に重軽傷者が出ているのは魔法師が救助を怠ったからだという論調が多数を占めていた。

十師族は、今回の首謀者の捜索について十文字家当主になった十文字克人さんが全体の統括を取り、実際のところは七草家の長男が現場を取り仕切るらしい。

達也もテロリストの捜査に加わるらしく、しばらく授業が終わり次第、魔法大学近くで七草家、十文字家と情報交換をするそうだ。

 

「首謀者は大漢の亡霊だったわよね?確か横浜事変で大亜連合の工作員を手引きし、九島のパラサイドール開発に道士を送り込んだ周公瑾の背後にいた黒幕だとか」

「ああ。潜伏先は調査中だ。それで今朝、師匠のところに鬼門遁甲の破り方を聞きに行ったんだ」

「教えてもらえたの?」

 

達也は八雲(伯父)の教えを受けてはいるが、門人ではないため、術を教わることはない。

古式の多くは未だ限られた門人や血縁だけに教えられる秘術の類であり、忍びとしての八雲からしてみれば部外者である達也はその資格を持たない。

体術修行の一環で達也を招いているだけであり、仮に私の婚約者という立場だとしてもそれは俗世との縁だと切り捨てられるだろう。

 

「術そのものについて教えてもらったわけではないが、元となったと思われる術については掛けられたな」

 

達也は苦笑い気味に今朝の出来事を語った。

鬼門遁甲の源流と言える術となれば、方位、方角どころか上下の区別もつかなくなるような術だっただろう。

八雲(伯父)のことだから、会話のついでくらいにいきなり術を掛けたに違いない。仕掛ける方も仕掛ける方だが、初見の術をどう破ったのかも気になるとこだ。

 

「感覚はつかめた。師匠は武術の中の秘儀秘術の多くは事象そのものを書き換えるのではなく、『意気』によって『波』と『流れ』を制し、断ち切り壊すものだ、と言っていたな。『意気』は想子、『波』は想子波、『流れ』は想子経路と考えて良いだろう」

 

ここまで言えば、達也が何をしたいか私も分かってきた。

 

「私、あまり幻術の類は得意じゃないって知っているわよね」

「知っている。雅にも秘匿しないといけないこともあるだろう。掛けられる範囲でかまわない」

「その前に少し術そのものについて話してもいいかしら」

 

古式の魔法も現代魔法も事象を改変するという点は相違ない。

 

「達也は『意気』『波』『流れ』を読むことは長けているし、『意気』の操作に関しては想子徹甲弾で随分と掴んでいるわよね」

 

対パラサイト用の術式として達也が編み出した想子徹甲弾は、情報体の次元に直接攻撃を仕掛ける手段だ。

達也には精霊の眼もあるからか、古式の基本の『意気』ついては十年修行を積んだ術師と遜色ないほど感じ取れているとは思う。

 

「手を貸して」

 

右手の掌を達也に向けて立てて差し出すと、達也は同じように掌を差し出して重ねた。

 

「想子はこの世界を構成する全てに存在するけれど、それぞれに波長が異なる。想子は古式の流派によってはオーラや呼吸とも言うわね」

 

この辺りに関しては達也も知っているだろうが、確認の意味も含めて説明する。

 

「そして想子に特定の波長は合っても定型はない」

 

特に魔法師の想子は個人で特定の波長があり、それをもとに追跡をする技術がUSNAでは既に実践投入されていると聞いている。

しかし、普通の魔法師が感覚で個人の波長を難なく読み取るのは、千里眼や美月のように偶々特別な目をもつ者だけである。

 

「分かる?」

「一瞬、少し離れてまたもとに戻った」

 

掌を動かさないまま。

だけれど、『意気』だけを遠ざけてみた。

どの程度、達也の『意気』に対する感覚が鋭いのか知る意味合いもあったのだが、私の予想した以上にわずかな変化を感じ取っていた。

 

「正解。まず、この流れを知ることが古式魔法の入り口ね」

 

本来ならば座禅や呼吸、勤行などを通して幼少期から時間を掛けて身に着けていく感覚だ。

精霊の眼という情報の次元を視認できる達也だから、古式の術の基礎を修めていなくても感覚的に想子の流れには鋭敏なのだろう。

 

「想子は血液や呼吸と同じく、常に動いてはいるけれど、心拍や呼吸のタイミングがある。これが『波』」

 

先ほどと同じく掌は触れ合ったまま、動かしていない。

それなのに、反発するような、どこか棘のあるように感じるよう意図して想子の波をぶつける。波の立つタイミングで、同じく波をぶつければ、相手が息を吸うタイミングで口と鼻を塞ぐようなものだ。

計器でも観測できるかどうかわからない微妙な変化だが、達也はやや不快そうに一瞬だけ眉を寄せた様に見えた。

 

「気分が悪くなる前に離してね」

「いや、大丈夫だ」

 

達也は平気そうにしているが、魔法師としては気分のいいものとは言えない感覚だ。今回は短時間なので支障はないが、長時間続けた場合、自分の波長が崩れていると錯覚し、術がうまく使えなくなる場合もある。

 

「自分の流れと相手の流れの違いを理解し、流れと波をどう利用するか『術』に記載されているわ」

 

説明をしながらのため、ゆっくりと術を練り上げる。

詠唱や歩法など補助術式なしのため、頭の中の刻印と術による結果を明確にイメージする。

素早く手首を返し、練り上げた術と共に達也の手首を掴み地面に向かって引くが、達也はその術を破ると僅かに体勢を崩しただけで、腕力で私の動きを止めてしまった。

ただ両手を使って私の右手を掴んでいるので、一瞬とはいえ隙ができてしまっただろう。

 

「やはり体術にも応用ができるのか」

 

達也は焦りや驚きというより、興味深いと言ったような口ぶりだった。

私としては一度叔父に手ほどきを受けていたとしても、私自身兄や両親ほど幻術に長けてはいないものの、初見で易々と破られたことに驚く。

両手を使って達也が押さえにかかったのは、実際に掛けられた以上の力が働いたという術によって錯覚したからだ。

 

「相手の想子そのものは変えようがないけれど、流れと波を使うという感覚は大丈夫そうね」

「ああ」

 

鬼門遁甲は陣を使った方位を狂わせる術式であるため、先ほどの幻術とは勝手が違うが、流れと波を制すると言う古式の術の基本はどの術式も変わらない。

 

「もう少し違うパターンでもやってみようか」

「頼む」

 

最近は幻術の訓練もあまりできていなかったから良い機会だと、その日は遅くまで鍛錬に明け暮れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2月10日 日曜日

 

「1か月ぶりかな」

「お久しぶりです、悠お兄様」

 

深雪がそう挨拶したあと、あっ、と小さく声を上げた深雪はこれまた小さな声で恥ずかしそうに『悠さま』と言い直した。

流石に婚約者という間柄、今までのように兄妹のような呼び方は宜しくないと思ったのか、最近深雪は悠の呼び方を改めていた。とはいっても、中々言い慣れないようでまだ昔のように悠お兄様と呼んでしまうようだ。

 

「それで、悠さん。ご用件は何でしょうか」

 

悠は来月東京で行われる九重神楽の打ち合わせのために上京することは事前に知ってはいたが、来て早々、妹との小恥ずかしいやり取りを見せられると達也としては複雑であり、挨拶もそこそこに本題を切り出した。

 

今回の騒動を受けてこちらにも顔を出したと言う体だが、達也の経験則として悠が来る時と言えば大抵大きな情報提供か、大きな事件が起きる時だ。今回はおそらく師族会議を狙ったテロについてだと推測していた。

 

「達也は、昨日は朝から出かけていたんだろう。そう焦らなくても、あまり遅くならない内にお(いとま)するよ」

 

どうやら悠は達也が昨日未明、鎌倉にある顧傑(グ・ジー)が潜伏しているとみられた場所を襲撃していたことを知っていたようだ。

残念ながら顧傑(グ・ジー)は既に逃走しており、隠れ家ではジェネレーターが達也たちを迎え撃った。

雅はおろか、風間にもまだ報告していない四葉内部の情報だが、千里眼を目の前に情報の隠匿は無意味だと判断した達也は、ただの様子見で悠が来ているわけではないと手持ちの情報を公開した。

 

「相手は僵尸術(きょうしじゅつ)を使っていました」

「横浜の一件でも使われていた術だね。趣味の悪い人形遣いは大陸の作法だとこの頃思えてきたよ。しかも今回の敵は随分と手癖が悪いようだ」

 

悠は淡々とした口調ながらも、どこか語気には静かに業火を滾らせた怒りと、それとは反対の寒々とした印象を受ける。

達也が対峙した強化魔法師は、世界大戦を間近に控えた国際情勢が緊迫していた時期に行われたUSNAとの共同研究の被検体であり、厳重に管理されている軍の忌むべき負の遺産である。敵はそれを盗み出したのか、はたまた脱走したところを利用されたのかわからないが、表には出てこないはずのものを使っていることまで悠は知っていた。

 

普段は柔和な笑みを浮かべている彼がこうも無表情に近い状態であると、整いすぎた造形と闇を溶かしたような黒い瞳も相俟って、同席していた深雪は小さく身震いするほどだった。

 

「今回は風間さんのところは動かないのかい?」

「十師族に肩入れしているとみられるような行動は自粛しているようです。今回は公安と神奈川県警の方が指揮を執っています」

「間接的には動きがあるようだから、手柄は警察と公安に譲って借りを作るつもりかな」

「特尉として任務は命じられていません」

 

今回のテロは犯行声明に基づけば、十師族を標的としていた。被害を受けた十師族が率先して捜査に協力し、事件を解決してみせることで世論の鎮静化を図る狙いもある。

風間が指揮する国防軍の独立魔装大隊は情報収集や分析に関して協力している部分はあっても、表立ってテロリストの捕縛に参加することは予定されていない。

 

「横浜の一件では猟犬が随分と上手に狩りをしてくれたようだから、今回もその伝手だと思うよ」

 

横浜で動いていた警察となると達也にはエリカの長兄が思い浮かぶが、藤林が事前に警察の方へ情報を流していたと聞いている。情報交換の材料くらいにはなるだろうと達也は胸の隅に留めた。

 

「今回、達也の所にはUSNAからの留学生がテロの情報提供をしてくれたんだろう」

「ええ。非公式に、ですが」

「どんな大国も世論は恐ろしいようだ」

 

今回のテロで使われたのはUSNAで廃棄予定の携行ミサイルだった。

携行ミサイルを抱えていたのは、顧傑(グ・ジー)が雇ったとみられる民間人であり、なにかしら洗脳を受けていたと考えられている。そのミサイルも兵器ブローカーや軍の廃棄担当を洗脳して手に入れた物と諜報を担う黒羽家は考えており、達也もその意見に反論はなかった。

 

しかし、どうやら悠の話によると、事態は思っていたより複雑なようだ。携行ミサイルは廃棄予定のものを軍関係者とコネクションのある大統領補佐官を含むグループが便宜を図り、秘密裏に譲渡された物らしい。

日本で師族会議を狙ったテロを起こさせ、民間人が犠牲になることで、USNAの人間主義の団体の攻撃の矛先を日本の魔法師に向ける目的のため、顧傑(グ・ジー)を利用しているという。

 

「亡霊は十師族でも四葉でも、日本の魔法師でも結局彼にとってはやり場のない恨みをぶつける先が欲しい。言論の自由を謳うUSNAは人間主義者の団体によって国家が分断されるのを恐れた。奇しくも両者の利害関係が一致してしまったというわけだね」

「そのようなことのために、あのような事件を起こしたのですか」

 

深雪は怒りからか、魔法力のコントロールが乱れ、部屋の温度が下がりそうな勢いだった。

 

「テロ実行犯も、騙された善良な市民だ。洗脳されていたとなれば、彼らに罪はなくても反魔法主義団体の活動に火に油を注ぐだけで、公表はされないだろう」

 

悠の言葉に、深雪は手を強く握りしめた。途端に深雪を中心に冷気が広がり、テーブルの上の紅茶には薄い氷が張っている。

達也はそれを術式解体で情報の改変を阻止すると、机の上の霜や紅茶の氷は解けていた。

 

「お兄様、すみません」

「気にするな。それにお前が心を痛めることはない」

 

達也には、心優しい深雪とは違って見ず知らずの民間人が犠牲になったところで痛むような心はない。

残念だとは思うが、哀悼を示すことはできても、それ以上の感傷も感情も湧かない。USNAのやり口は国家としての政略だと理解できても、標的に自分たちが含まれるのであれば憤りを覚える。

 

悠にしても、犠牲者を悼む心はあっても、怒りの焦点は国を荒らされたことに対するものだろう。そういう意味で、悠もどことなく人でありながら、人でなしと言えるかもしれない。

 

この日は優秀なメイドとして控えていた水波は既に新しい紅茶を用意しており、冷え切ったものとすぐに取り換えた。

 

 

「さて、この情報はUSNAではどこまで伝わっていると思う?」

 

悠は紅茶を傾けながら、達也に問いかけた。

 

「叔母上の話であれば、沼津港にいた不審な貨物船をUSNA所属のクルーザーが監視していたという報告があったそうです。大使館は少なくともテロリストの存在を把握し、軍からテロリストにミサイルを譲渡したという事実の隠蔽のため、あちらの魔法師部隊が顧傑(グ・ジー)を追っているといる可能性が高いということですか」

 

ここでいう隠蔽とはUSNAが顧傑(グ・ジー)の逃走を幇助し、秘密裏にUSNAへ出国させる、もしくは暗殺という手段を用いて口を封じるということだ。

政治家の方は保身のため、テロリストに加担したことに口を割ることは無いだろう。顧傑(グ・ジー)さえ手にしてしまえば、国際的に非難されかねないスキャンダルは闇に葬られる。

仮にそんな陰謀説を唱えようにも証拠らしい証拠と証人がいなければ、出鱈目な政権批判と言われて終わるだけだ。

 

 

「そういうことだね。顧傑(グ・ジー)に対してはUSNAの邪魔が入るとみていいだろう。国内で暗殺すると問題が大きいから、公海上ないし日本領空圏外だろうね」

 

パラサイトの一件でUSNAの魔法師に対する日本の監視は厳しくなっており、行動は制限されている。逆に任務として公海上の船舶で待機し、逃げてきたところを海の藻屑にしてしまえば、捜索は難航し、USNA政府とテロリストの繋がりをたどるのは困難だ。

 

「昨年のように、スターズを投入しているということですか」

 

深雪はまさか情報提供してくれたリーナが極秘来日しているのかと心配だった。彼女は十三使徒に数えられるほど魔法力は強大であるが、捜査、追跡、潜入といった任務には向いていないタイプだった。

 

「いや、リーナを国外に出すにはリスクが大きすぎる。監視が厳しくなっている今、バックアップの人数も暗殺の実行者も少数精鋭だろう」

 

深雪の質問に答えたのは達也だった。

リーナが使う仮装行列は確かに暗殺や潜入には向いた魔法技能だが、本人の性格が長期間誰かを欺くことに向いていない。国外での暗殺任務を成功させるだけの実力のある魔法師が選ばれていることは確実だろう。

仮に妨害があった場合、戦闘は避けられないが、国内であれば相手もそれなりの理由を用意してくるか、互いに活動を明かせないため、見て見ぬふりをすることになりかねない。

 

「どこまで公表するのか、達也が決めていい」

 

この情報の公開先として挙げるとするならば、達也に顧傑(グ・ジー)の無力化を命令した真夜、四葉家の諜報役で顧傑(グ・ジー)の捜索の主力である黒羽家、十師族として今回の捜査に協力体制にある十文字家と七草家、任務として命令はないが独立魔装大隊のあたりだろう。

 

達也は悠を見据えた。

悠は深雪に向けていた視線を達也に戻す。

この中でどこまで情報を与えるのか、逆にどこに対して情報を絞るのか、その手腕を試されていると感じた。

果たして今後も四葉家という括りの中で、達也が与えられた情報に対してどのように動くのか見ているのだろう。

 

「分かりました」

「期待しているよ」

 

こんな時でも優雅に微笑んでみせる悠は、文字通り魔性のようだった。

 

 

 





次回 クリプリ来る

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