うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・7~ アルルゥといっしょ・団子

 

 今日の昼食は、いつにも増して完璧だった。

 採れたモロロは質がよく、蒸し上げただけでほっくりと崩れた。

 多めに釣れた魚は燻製にした。

 保存も効き数日は楽ができるが、出来立てはまた別の味わいが楽しめる。

 野生のキュウルは冷水で冷やして塩だけで。

 漬物も悪くはないが、新鮮な野菜のみずみずしさもよいものだ。

 汁物も作った。

 炙った小魚で出汁をとり、根菜を煮て味噌で味付けて。

 久しぶりに香る熟成された温かい匂いは、食の場を和みの空間に変える。

 ……それも、時と場合によるが。

 表情の険しさを自覚しながら、某(それがし)は黙々と箸を進めた。

 無数の蜂に刺された痛みを無視して。

「んむー……」

 膳を挟んで前に座るアルルゥは、いつもに比べて箸の進みが鈍い。

 表情からは判りにくいが、少しは気にしているのだろう。

「トラー」

「トラ言うな」

「怒ってる?」

「別に」

「むー、怒ってる」

「怒ってない。

 あの程度、捌けない某(それがし)が未熟なだけだ」

 返した言葉に偽りはないが、心中の苛立ちは隠しきれなかったようだ。

「うー」

 アルルゥは不満げに唸りながら昼食を進めていく。

 そんな母に、ムックルとガチャタラは心配げなまなざしを向けていた。

 時おり、こちらを殺意交じりの視線で威嚇しながら。

 なんだと言うのだ。

 某(それがし)はまったく悪くないではないか。

 むしろ完全な被害者だ。

 引け目を感じる必要など微塵もなく、アルルゥが反省するのはむしろ当然のことだろう。

 ……だろう、が。

 食事を用意した者として、沈んだ顔で食べられるのは不本意でもあった。

「さっきの壷」

「んむ?」

「蜂の巣だろ。貸してみろ」

「……うー」

 唸りのまま上目遣いを見せながらも、アルルゥはしぶしぶと傍らの壷を渡してきた。

 蓋をとり、中を見る。

 子供の頭ほどもあるその中には、美しく輝く黄金色の蜜に、割れた蜂の巣が漬かっていた。

 想像していたよりもずいぶんと大きい。

 腫れた痕が小さく痛んだが、気にしないことにする。

 某(それがし)は自分の荷の奥から袋を取り出し、別の器に掻きだした。

 小さく山となる薄灰色の粉に、アルルゥの表情が不思議と好奇の相に変わる。

「それ、なに?」

「モロロを乾燥させて粉にしたものだ。

 これに、水と蜂蜜を混ぜてよくこねる」

 汲んでおいた水を一掬いと、蜂蜜を同じぐらい注ぐ。

 最初は素早く、次第に力をこめて混ぜていくと、それは徐々に弾力をもつ生地へと変化していった。

 餅のように柔らかでありながら、手に張りつくこともない。

 まとまった生地をそのまましばし置いておく間に、平鍋に菜種の油を厚めに張る。

 強めの火にかけたそれは、やがてパチパチと音を立て始めた。

 頃合だろう。

「で、生地を団子状にして、

 多目の油で揚げる」

 待つこと、しばし。

 アルルゥの期待を込めたまなざしに見守られる中、それは大きく膨らみながら、きれいな狐色に変わっていった。

「少し冷ませば完成だ。

 モロロの練り団子揚げ、とでも言えばいいか」

「おおー、トラ焼き」

「妙な名前をつけるな。

 ほら。蜂蜜つけても美味いぞ」

「ん!」

 揚げ団子を差し出してやると、アルルゥは嬉しそうに手でとった。

 割って立ち上る湯気と匂いに相好を崩し、頬張りますます機嫌を上げる。

「はふはふ……ほいひい」

 頬をいっぱいに膨らませた表情は、幼い子供そのもので、自然と笑みを誘われた。

 揚げ進める手も自然と早む。

「蜂の巣が欲しいんだったらちゃんと言え。

 心の準備ができていれば

 あの程度の蜂の群れはだな――」

「んふー。ムックルにもあげる。ガチャタラも」

 機嫌をよくしたアルルゥは、某(それがし)の言葉などまるで聞いてはいなかった。

 幸せをわけるように、二頭の子らに割った団子を分け与える。

 少しはその気遣いをこちらにも向けてほしいものだが……

 まあ、いいか。

 苦笑と共に溜息をつく。

 目を開けると、アルルゥが手を差し出していた。

 握っているのは、蜜にまみれた白い塊。

「ん」

「え?」

「アルルゥも、トラにあげる」

「いや、だからトラは……

 まあいい、が……」

 注意も一瞬忘れてしまう。

 差し出されたのは、壷から取り出した蜂の巣の欠片だった。

 よく見れば金色の蜜の中、白い何かが蠢いている。

 蜂の子である幼虫が、うぞむぞと、のたうつように。

「食える、のか? これ……」

 食欲を促すものではない。

 いや、正直に言えば気色が悪かった。

 食事の席で出されていたら、膳をひっくり返していたかもしれない。

 だが。

 キラキラと輝くアルルゥの目を見ると、無碍(むげ)に拒否するのも気がひけてしまう。

 悪ふざけや冗談ではなく、本当の誠意だと知れたから。

「ん」

「む……ぅ……」

 蜂の巣、アルルゥ、蜂の巣、アルルゥ……

 しばし視線を彷徨わせた後、覚悟を決めた。

「む、ぐっ」

 目を閉ざし、受け取った巣の欠片を口に放りこんだ。

 そのまま勢いよく咀嚼する。

 

 もきゅ、もきゅ、もきゅ、もきゅ……

 

 口の中に甘さが満ち、プチっとした歯ごたえと共に、別の甘味とほのかな苦味が混ざる。

 それはまったくの異質ながら、奇妙な統一感を持った風味と味わいを口の中に広げた。

 柔らかな巣の歯ごたえに合わせ、噛めば噛むほど深まるその味は、

「……うまい、な。

 うん。これは、いける」

 正直な感想に、アルルゥは一際嬉しそうにほほ笑んだ。

「んふー。もういっこ、あげる」

「ああ、ありがとう」

 今までにない和やかな雰囲気を感じながら、差し出された蜂の巣に手を伸ばした。

 途端、

『ヴォ』

「ぎゅむ!?」

 唸るムックルに踏み潰された。

「こ、この、なにすんだ!」

「こら、ムックル。めっ」

『ヴォヴォウ』

「ぐああ!?

 や、やめ、乗るな、このバカ!」

 某(それがし)の言うことはもちろん、アルルゥの言葉すら聞きいれず。

 ムックルはしばしの間、そのまま足踏みを続けていた。

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