うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
カルラゥアトゥレイの古き城は、執務の間で采を揮う若き皇(オゥルォ)の気を映し、ある意味でオンカミヤムカイ以上の緊張に包まれていた。
皇座に深く背をもたれ、足を崩した大仰な姿勢で、デリホウライ皇は新たな報告を受けている。
身を震わせる文官の、取り止めのない報告を。
「え、えー、続きまして、
来期の租税徴収に関してですが、
開墾作業の進捗が想定外の要因により
大幅に遅れている事もありまして、
つまりは農村部の人材不足と
不穏な情勢が理由なわけですが、その……」
「ええい、まだるっこしい!」
「ひっ?」
だらだらと続く言葉は、強烈な一喝に掻き消された。
聞くほどに苛立ちを高めたデリホウライ皇は、不満をそのまま文官にへと投げつけていく。
「報告は簡潔にしろと言っているだろうがっ。
結論だけを聞かせろ」
「は、はいっ。
つまり、その、来期の税を
引き下げて頂きたい、という嘆願が
数多く寄せられております。
期待されているだけの収穫は見込めぬと」
「何故そういう事になる。
税の制度も改め、新たな農地も広げているだろう」
「ですからそれは、例の魔薬騒ぎのせいでありまして。
毒は民の間に予想以上に広まっております。
ご存知のように、理性をなくした者たちは
暴徒と化して人々を襲いはじめ、
その命果てるまで、破壊を止めようとはいたしません。
斯様な状況では開墾の計画はおろか、
通常の農務すらままならないと……」
「なんのための軍だっ。
そのような輩(やから)から民を守るためであろうがっ。
その薬の元締めの調査はどうした!」
「も、もちろん力を尽くしております。
しかし、なにぶん我が国には
このような事態に関わった事のある者も少なく、
追跡しようにも薬の服用者は
一人として助かった者もおらず、
その……」
「ええい、貴様では埒(らち)があかん!
侍大将(オムツィケル)はどこだ!」
恐縮し平伏する文官をその場に置いたまま、デリホウライ皇は怒りを撒き散らし、床を踏み抜かんばかりの様相で執務の間を後にした。
傍若無人な振る舞いに対し、文句を言い出す者も居ない。
皇(オゥルォ)を相手には無理もない事か。
民を導く立場にあれば、ある意味正しい形ではある。
だが、エヴェンクルガである某(それがし)まで、口を閉ざしている訳にはいかない。
荒ぶる足取りを追いながら、怒れる背に言葉を掛けた。
「デリホウライ皇。
皇(オゥルォ)があまりに血気を逸(はや)らせては、
臣も落ち着きをなくします。
どうぞ気をお鎮めください」
「これが俺のやり方だ。
余計な口出しをするな。
だいたい、なぜ貴様が側付(そばづき)などやっている」
「ですから、先ほども申し上げた通り、
カトゥマウ殿に頼まれまして」
「それが余計だと言うのだ。
まったく、カリンの客分として通してやっただけで
満足していればよいものを……」
広間での会話の後、某(それがし)たちは客分として城に迎えられる事となった。
カミュは多少不満そうだったが、カリン嬢からの招待と言うことで納得したらしい。
今は皆、それぞれの力を必要とされる場で勤めている。
某(それがし)もまたデリホウライ皇の側に付き、護衛の任を果たしている次第。
「皇(オゥルォ)の末を案じての事でしょう。
某(それがし)たちも微力ながらお役立て頂ければと」
「カルラゥアトゥレイは我等が国だ。
余所者の手などいらん」
「ですが」
「この程度の事で……
こんな事では、いつまでたっても
ハクオロ皇を越えられん……」
振り返りもせぬデリホウライ皇からは、固執の想いが見て取れた。
それは、小さなつぶやきからも。
灰色熊(グルィボゥ)を叩き飛ばした一撃を目の当たりにしているにも関わらず、その背は奇妙なほどに頼りなく見え、
某(それがし)は余計と知りながらも、言葉を紡いでいた。
「恐れ多くもデリホウライ皇。
皇(オゥルォ)の器とは力ではなく、
智により示すものではありませぬか」
「なんだと?」
ようやく振り返ったデリホウライ皇が、まなざしに見せるのは獣じみた殺意。
その意は灰色熊(グルィボゥ)の前で発した以上であったが、ただそれだけだ。
身構える必要すら感じなかった。
「われらエヴェンクルガは旅につきます。
己の眼と技を鍛えるため、
主となるべき方を見出すために。
そのいずれもが強さを求めるものではなく、
心を求めての旅です。
高潔なる魂の下、その力となるために」
告げる言葉は偽らざる本心。
是非はともかく、本気である事は伝わったらしい。
込められた殺意はそのままだったが、デリホウライ皇のまなざしは冷静に戻っていた。
「俺にはその魂がない、と」
「……少なくとも、今は、まだ」
「ふん。
半人前にも満たぬ者が、よくぞそこまで吠える。
力になるだと?
守るべき皇(オゥルォ)よりも弱いクセにか」
「重々承知しております。
某(それがし)はいまだ主の側につける身にはありません。
ですが、楯となり、剣となる事はできます。
未熟なれど、覚悟だけは」
それは、力とは別の強さとして、某(それがし)の内に揺らぐことなく存在している。
短くはない旅で得た、確かな経験に培(つちか)われた信念だ。
意をこめて視線を交わした。
たとえ力では及ばずとも、この想いを退けるつもりはない。
流れた沈黙は束の間だけ。
殺意のまなざしは未練もなく、某(それがし)の視線を振りほどいた。
「……ふん、勝手にしろ。
だが、俺の邪魔はするな」
「はい」
再び歩きだした背は、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
後につく某(それがし)を気にする素振りも、もはやない。
デリホウライ皇の態度はこの後も変わることはなかったが、側に付く務めに対し、文句が口にされる事はなくなった。