うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・7~ カルラの贈り物・団子

 

 客分という身分に対する礼でもないが、ひとつ甘味でも献上しようと思い立ち、厨房を借りることにした。

 思い立ち、といっても、提案はティティカ姉からだったが。

 個人的にはこんなもの、皇(オゥルォ)への土産と呼ぶには貧相に過ぎると思うのだが、あのリネリォ殿からも同意を得られたのだから、と自分をごまかした。

 いつものようにモロロの粉を蜜で練りあげ、今回は細かくした果実の蜂蜜漬け(カリンカ)を混ぜこんでみた。

 確かな甘味とほのかな酸味、独特の確かな食感は、今までとはまた違った味わいを生むだろう。

「さて、そうなると共に出す茶は

 少し苦味の強い方が――」

「あら、いい匂いですわね」

 作業に没頭していると、後ろから声を掛けられた。

 足取りも軽やかに、カリン嬢の表情は期待に輝いて見える。

「後ほどデリホウライ皇に献上致しますので、

 もう少々お待ち下さい。

 つまみ食いはいけませんよ」

「失礼ですわね。

 わたし、こう見えても一国の姫ですのよ」

「はは。申し訳ございません。

 近頃、皇族という方々にしては

 極端な例を目にし続けているもので」

 陽気な声に答えも軽くなる。

 和やかな雰囲気に気を抜いていたのは確かだ。

 不覚にも、後ろに立たれるまで不穏を察する事はできず、

「つまみ食いなんて、

 そんなせせこましい真似はいたしませんわ」

「は、へぇ!?」

 後ろに引き倒された瞬間も、なにが起きたのかは理解できなかった。

 辛うじて身を転じ、床に両手をつき、落ちる体を途中で止める。

 伸ばした腕の中、倒れかけた某(それがし)の下では、カリン嬢が変わらぬ笑みを浮かべていた。

「い、いきなり、なにを」

「さすが、よい反応ですわ」

「だから、なあ!?」

 そして伸ばされた小さな手に、首をがっちりと掴まれる。

 反射的にのけぞるが、振りほどく事はできなかった。

 少女の身を案じて、ではない。

 単純に、力が及ばなかったからだ。

「ちょ、カリン、嬢?」

「カリンでよろしいですわ、

 タイガ様」

「な、なにを……」

「「あーーーーー!!」」

 某(それがし)の困惑は、重なった叫び声に掻き消された。

 新たに現れた二人の娘が、わざとらしい挙動で大仰な歓声を響かせる。

「アルルゥ、カミュ。

 お前ら、ずいぶんと都合よく――」

「トラちゃん、カリリンにまで手を出したのねっ」

「な、なあ!?

 いきなりなにを――」

 反論しようとして、今さら気づく。

 カリン嬢に被(かぶ)さるようなこの体勢。

 傍からは、某(それがし)が押し倒しているように見えなくもないだろう。

「ち、違う、これはだな――」

「トラ、自重する」

「なにをだっ。

 変な言い方をするなっ」

「やかましいぞ。

 なにを騒いで……」

 悲鳴を聞きつけでもしたのだろう。

 デリホウライ皇が怪訝な顔で入ってきた。

 厨房の現状を見た途端、額に青筋が浮き上がる。

 次第に殺気の高まっていくまなざしを、当然のように某(それがし)に向けて。

「ち、違うんです、デリホウライ皇。

 これは、その、事故でして……」

「タイガ様、強引ですわ」

「な、なにおっ?」

「もー、トラちゃんってば、

 相変わらず女の子には手が早いんだから」

「カミュ?

 お前、なにを」

「まさになんでもアリ」

「アルルゥ!

 わけのわからん事をっ」

「……ほぉぅ。

 姉上から預かった大事な娘に、貴様……」

 低い押し殺した声は、地獄(ディネボクシリ)の底から響いてくるようで、

 一瞬過ぎる、本気の危機。

「デ、デリホウライ、皇?

 どうか、その、冷静――」

「……キィィサァァマァァァ!」

「にぃぃ!?」

 それは、獣じみた俊敏さで襲いかかってきていた。

 爪が、拳が、肘足が、触れるすべてを爆ぜ砕く。

 厨房が原型を失くすまでに、瞬き一つの間があったかどうか。

 辛うじて身を躱(かわ)す。

 息を飲みながら見たデリホウライ皇の背後で、三人の少女に抱えられた団子の山が、部屋から抜け出そうとしていた。

「おいこら!」

「がんばってねー」

「こちらはありがたく頂いておきますわ」

「うまうま」

「ま――」

「どこへ、行く気だ。

 話は、これからだろうがっ!」

「話し合いなら、拳はやめっ――!?」

 思えばこのような状況で、某(それがし)の言葉が聞き入れられたことがあっただろうか?

 ――もちろん、ない。

 結局、厨房一つを完膚なきまでに破壊しつくすまで、デリホウライ皇の怒りは収まらなかった。

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