うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・8~ カルラの贈り物・女官

 

 昼の食事を終え、某(それがし)は一時のくつろぎに息を吐いていた。

 もっとも、姦(かしま)しい三人娘と同席では、溜息にしかならないが。

 アルルゥたちは短い時で、すっかりカリンと打ち溶けていた。

 それはもう、息の合った悪戯がもたらす迷惑の度合いならば、今までとは比べ物にならないほどに、だ。

 密やかに交わしている話の中で、どんな悪事を画策しているのやら。

「タイガ様。

 どうぞ、お茶です」

「これは、クイナ殿。

 ありがたく頂きます」

 そんな場で、小さな礼に返された笑みは、一服の清涼を与えてくれた。

 いつもデリホウライ皇の側に控えている女官の方である。

 その事実だけで、どれほど忍耐強いかは察せられるというものだ。

 実際に皇(オゥルォ)の側に付き、彼女の有能さはよく見知っている。

 政(まつりごと)から日常の雑務に至るまで、懸命に務めるその様は、どこか通じるものを感じていた。

 渡された茶も、また然(しか)り。

「ふぅ……

 見事なお手前で」

「そんな、粗茶で申し訳ございません」

「いえいえ。

 相手への気遣いを感じさせる一杯でした。

 日頃からの配慮が如実に表れております。

 デリホウライ皇はよい臣をお持ちだ。

 貴女のような方がおられるからこそ、

 この国は保たれているのでしょう」

「そんな、私なんて……

 恐縮です」

 謙遜する様も実に控えめ。

 クイナ殿は、小さな身をより縮め、畏(かしこ)まっていた。

 容姿も装束も決して目立つ人ではないが、だからこそ欠かせない存在であるように感じられる。

 ある意味、町に感じた印象は、デリホウライ皇よりも彼女の雰囲気に近い。

 国民の気質としてはクイナ殿の方が一般的で、だからこそ必要なのだろう。

 人を見定めんとするまなざしを、どのように勘違いしたのか。

 少女たちは、形容しがたい視線で某(それがし)を見ていた。

「あら、

 クイナにまで手を出そうとしてますの?」

「手をって……

 カリン。なぜお前はすぐそういうことを」

「でもダメだよトラちゃん。

 クイナさんはデリデリのお嫁さんなんだから」

「へ?」

 予想もしていなかった言葉に、一瞬思考が停止する。

 意識は数度の瞬きでようやく理解を果たし、頭を勢いよく下げていた。

「こ、皇后様であられましたかっ。

 そのような方に茶を運ばせるなど……

 し、失礼致しましたっ」

「あ、いえ、その、私は……」

「うーむ、人妻……

 トラ、自重する」

「なんだその言い草はっ。

 アルルゥ、お前、人の事を一体なんだと――」

「クイナ、

 クイナはいるか」

「は、はい。

 ここに」

 困惑と混乱に満ちた食事の間に、今や聞き慣れた威圧的な声が入ってきた。

 応じる言葉を聞きながら、デリホウライ皇は場に視線を巡らせる。

「午後からの予定はどうなって……

 なんだ、また貴様か」

「い、いえ。

 某(それがし)は食事を頂いただけで。

 決して、奥方によからぬことを

 していたなどというわけでは」

「奥方? 誰がだ」

 某(それがし)の言葉に、鋭いまなざしは疑問の目へと変わっていた。

 答えられないのではなく、言葉の意味を解していないようだ。

「誰って、

 クイナ様は、デリホウライ皇のお妃なのでは?」

「こいつはただの女官だ。

 なにを勘違いしている」

「あ……」

 答えは簡潔に二人の関係を示していた。

 クイナ殿の小さな落胆を、デリホウライ皇が気にするはずもない。

「皇后となろう者に

 名もなき女官を選ぶわけがないだろう。

 皇(オゥルォ)の血脈は国の財だ。

 相手にもそれ相応の身分というものを

 考えなければならん」

「なるほど。それは確かに道理――」

 得心ゆく話にうなずきかけ、かろうじて首を止める。

 横で、三人娘が目に怒りを燃やしていた。

「デリデリ。

 それ、本気で言ってる?」

「デリデ……?

 お前な、いい加減その呼び名は改めろ。

 いかにオンカミヤムカイの姫だとて――」

「まったく、

 成り上がりの皇(オゥルォ)にありそうな権威主義ですわね。

 器の底が知れるというものですわ」

「カリン?

 お前までなんだ、その言い草は。

 俺を馬鹿にしているのか?」

「当たり前ですわ。

 一人の女の幸せも考えられない男に、

 民の幸せが考えられるものですか」

「デリデリ、ダメダメ」

「く……

 お、女子供になにがわかるっ。

 政(まつりごと)とはそういうものだ。

 個の利害などに惑わされて皇(オゥルォ)が務まるかっ」

 相変わらずの我を貫くデリホウライ皇の意見は、当然少女たちの同意を得られるものではなく、怒りに油を注ぐばかり。

 想いは、現実の重みとなって圧し掛かった。

「うー、デリデリの、ばかー!」

「ごあ!?」

 それは、カミュの法術による落石であり、

「叔父さま……おばかさん、ですわっ」

「げべっ!」

 カリンの持ち上げた卓の一撃であり、

「おばかー」

『ヴォウ』

「ぐがぁ――っ」

 アルルゥに命じられたムックルの跳躍によるものであった。

 叩きつけられた三つの重さは、ギリヤギナの身をもってしても耐え切れはしなかったようで、

 床にメリこんだデリホウライ皇は、しばらくピクリともしなかった。

「もー、ホント信じらんない。

 いこ、クイナさん」

「え、で、でも……」

「あんな男は、

 しばらく潰れていればよいのですわ」

「ん。いく」

「あ、あの、あ……」

 クイナ殿をつれて去りゆく三人を、某(それがし)に止められるわけもなく。

 潰れた皇(オゥルォ)の姿を前に、それからしばらく立ち尽くすほかなかった。

 ……御側付の役目は、今だけ少し忘れておくとしよう。

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