うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・9~ カルラの贈り物・戦

 

 魔の薬に侵された者たちは、規模の小さな村や町のみならず、万全の守りを備えている皇都城下の周囲にまで現れていた。

 住まう者が増えるほど、その数に従うように。

 魔薬などと呼びはしているが、毒は過剰な薬に他ならない。

 白霊蓮(サラカジャ)の蜜も微量であれば、沈痛作用を持つ麻酔としての効果をもつ。

 もう少しだけ量を増せば、悲痛悲哀を忘却させる薬にも。

 その服用を重ねてしまう人の弱さは、責められるものではないのかもしれない。

 だが、堕ちた者にまで情けをかける事はできなかった。

 心を失った者たちに、生の営みを奪う権利はないのだから。

 理性をなくした狂者の群れ、もはや言葉の通じぬ者どもを前に、某(それがし)に与えられる救いは唯一つ。

 斬り、滅することだけだ。

 

 

 報せを聞き、駆けつけた末端の街区。

 牙を剥き、爪を伸ばして襲い掛かってくる民であった者たち。

 それを、今はただ斬るべき敵として捉え、

 瞬時に五つの剣閃を叩きこむ。

『ギオオオオオ!』

『グルゥゥゥ』

『ガアア!』

 閃きは、向かい来る三人の歩みを束の間止め、ただそれだけで終わった。

 胸を裂かれ、腕を飛ばされ、腿(もも)を深く抉(えぐ)られたにも関わらず、痛みに竦(すく)む素振りも見せない。

 狂った叫びを上げたまま、ただ前へと進み来るばかり。

 迫り来る亡者にも似た狂気にあてられ、思わず数歩を退いていた。

「くっ。

 相変わらず、手応えのないっ」

「まったく、

 斬りがいも殴りがいもない連中だっ」

 隣り合うテルテォが同じようなボヤきをこぼす。

 魔薬に侵された者たちの脅威は、何度切り結んでも慣れるという事がない。

 いや、脅威というよりは不気味さというべきか。

 力こそ強いが歩みは遅く、愚鈍な動きなど油断さえしなければ後れを取る事はない。

 恐るべきはその執念。

 あるいは妄執と呼ぶべきものだ。

 痛みを忘れた狂者は躊躇いや恐怖もなく、ただ生あるものを滅するためだけに動き続ける。

 腹を裂かれ、頭を割られ、心の臓を貫かれても、だ。

 その姿と数こそがもっとも恐ろしい。

 恐怖や驚愕による硬直は、油断以上の隙を生む。

 まるで手応えのない斬撃にも、動揺している暇などない。

「ボヤいている暇があるなら斬れ!」

「「応!」」

 気勢に背を押されるように、退いた倍の間を踏みこんだ。

 リネリォ殿の闘気は常と変わらず、ますます鋭さを増している。

 なにか当り散らしているようにも見えるが、成果が伴っているのならば問題はないだろう。

 旋風の刃は斬撃に合わせて衝撃を生み、群がる亡者を散らしていた。

 放たれる鋼の射と共に。

「援護が薄いっ。

 サボるなティティカっ」

「戦いとなると人づかいが荒いねぇ、

 相変わらず」

 片膝ついて息を荒げながらも、ティティカ姉は要望に応え、矢を番(つが)えた。

 山なりに、まっすぐに、鏃(やじり)は風を切って走り抜けていく。

 矢は鋼の重さをもって敵を貫き、壁に、地にへと縫いつけていった。

 カミュたちの法術や、ムックルの爪牙も、着実な成果を上げている。

 元々『ティティカルオゥル』の一行には、相手を想定した戦術というものがない。

 だからこそ、こんなワケのわからぬモノが相手でも、躊躇いなく対する事ができているのだろう。

 カルラゥアトゥレイの兵たちは苦戦していた。

 よく統率された軍隊ではあるのだが、いかんせん、個の実力と経験が伴っていない。

 迫る恐怖に竦(すく)む足では、日頃の訓練も存分には効果を発揮できないのだろう。

 それでもかろうじて形を維持しているのは、突出した戦力が率いているためか。

「怯えるな。

 恐れさえ払えば打ち勝てぬ敵ではないぞっ」

「躊躇は不要ですわ。

 叩き伏せなさい」

 手棍と剛剣の唸りの合間に聞こえてくる、鼓舞の声。

 デリホウライ皇とカリンは、ギリヤギナの名に恥じぬ猛威を揮っていた。

 自ら最前に立つ皇(オゥルォ)の姿は、それだけで士気を高めている。

 もっとも、語る内容に兵たちがついていけるかは別問題だ。

 一撃で敵の四肢を粉砕する己の膂力が規格外である事を、デリホウライ皇はきちんと理解しているのだろうか。

「足を潰せば随分おとなしくなりますわよ」

「そんな、簡単に言われても」

「一本ぐらいなら薪を割るようなものでしょう?」

 某(それがし)がカリンの軽口に即答できずにいると、デリホウライ皇が言葉を向けてきていた。

「その程度もできんのか?

 役に立たん奴だ」

「む……」

 それは、嘲(ののし)りを含んだ冷やかしの言葉。

 某(それがし)とてエヴェンクルガの端くれだ。

 戦の中で馬鹿にされ、黙ってはいられない。

 ただし、返答は行いによって。

 血に濡れた刃を腰に戻し、一拍ためて抜き放つ。

「ハッ!」

 踏みこみと共に疾(はし)らせた閃きは、大小あわせて十と八。

 重い斬撃は瞬きの間で、亡者の一つを数え切れぬ肉片に変えた。

 聞こえてくる、感心と憮然の声。

「なるほど。

 それでも動きは止まりますわね」

「ふん。

 まだまだ来るぞ。気を抜くなよ」

 息を切らせた某(それがし)にも、細切れにされた同胞(はらから)の末路にも気を止めず、亡者の群れはまだまだ押し寄せくる。

 気を抜く暇などありはしない。

 一つ大きく息を吐き、新たな力を腹に溜め、さらなる一歩を踏み出した。

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