うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「……よし、と」
広間に整然と並べられた膳の列。
配置した椀や皿の内容に、一人納得し頷(うなず)いてみる。
前菜代わりには揚げた小魚の甘酢掛け。
川海老と水菜のトロロ和えを中につなぎ、吸い物は茸と山菜を。
箸休めに小蛇の姿焼きを置き、主菜は地鶏のツミレ鍋。
軽く煮立つその中では、他にも茸や根菜の類が揺れている。
最後に刻んだギネを振り掛ければ完成だ。
限られた材料の中で、我ながらよくやった。
少しぐらいは自分を褒めてもよいだろう。
栗を炊きこんだ飯を盛り並べていると、招待された方々がやってきた。
城に勤める武官文官諸氏だ。
「お、おお?」
「これは……」
「いかなる宴ですかな?」
「やあやあようこそようこそ。
まぁ座ってくださいな」
「説明はあとあと。
おいしいご飯においしいお酒を楽しもうよ」
驚く人々を、ティティカ姉とカミュが引いていく。
これが団の長かと思うと泣けてくるので、もう考えないようにした。
困惑しながらも、美女の誘いと料理の魅力には逆らえないらしい。
皆口々に疑問を並べながらも、順よく席を埋めていく。
広間が人で埋まるまで、それほどの時はかからなかった。
「あー、えー、おっほん」
上げられたわざとらしい声に注目が集まる。
場の前には少し気圧されたようなカミュと、平然と立つアルルゥがいた。
「そ、それでは、
宴の主催であるアルちゃんから一言」
「ん」
前へと押し出され、アルルゥは小さく胸を張る。
並んだ料理の数々に惹かれながらも、懸命に自分の役目を思いだして。
だが、決めるはずだった次の言葉は、
「んと――」
「一体なんだ、この騒ぎはっ。
誰がこんな事を許可した!」
飛びこんできた怒声に掻き消された。
怒りの佇まいも露(あらわ)に、デリホウライ皇が周囲を揺らめかせる。
広間の入り口で全員の視線を一身に浴びながら、皇(オゥルォ)は睨みで場を見渡した。
血走った目は凶器のような険悪さで、すべての音を瞬時に殺す。
ただ一人、その血族の娘だけが平然と応えた。
「わたしですわ、叔父さま」
「カリン?」
小さなギリヤギナは堂々と、禍々しい視線を受け止めた。
棘の鋭さを多少は和らげつつ、それでもデリホウライ皇の怒りは収まらない。
周囲に戦場の緊張を巡らせながら、カリンへと一歩一歩近づいていく。
「お前、一体どういうつもりで――」
「詳しくはアルルゥからお聞きになってくださいませ。
わたしは彼女の心意気に賛同しただけですわ」
新たな標的を示されたデリホウライ皇が、向きを変える。
アルルゥは平然とそのまなざしに応じた。
「どういう事だ。
内容によってはお前でも――」
「デリデリ、おとーさんのことわすれてる」
独特の簡潔な言い草で、言葉に込められた怒りを解きほぐして。
「ハクオロ皇を?
そんなことはない。
俺は、あの方を理想として――」
「おとーさんだったら、
自分のワガママでみんなのこと忘れたりしない」
「忘、れ?」
「おとーさん、いっつもみんなといっしょ。
守りたいと思うから、いっしょ」
「ぬ……」
語られるのは子供のように単純な言葉。
だが、単純だからこそ、それは心を直接震わせる。
押し黙ったデリホウライ皇に、アルルゥは笑みを向けた。
「お城でいっしょなのに、みんなバラバラ。
だから、いっしょにゴハンたべる。
みんななかよし」
自信に満ちた確かな笑みを。
語られた内容は簡潔すぎて、どれほどの意味を持っているのか、某(それがし)に量りきる事はできなかったが、
「簡単にいうな。
そんなことで人がまとまるものか」
「それはデリデリががんばる。
アルルゥたちはさいしょだけ」
「む、ぅ……」
淡々としたアルルゥの語りに、なにか感じ入るものがあったのだろう。
デリホウライ皇のまとう気からは、徐々に禍々しさが消えていった。
変わり、小さな笑みが浮かぶ。
「……いいだろう、認めてやる。
せっかく用意された膳を無駄にする事もあるまい。
俺の席はどこだ」
「ん。こっち」
アルルゥに引かれ席へと向かう皇(オゥルォ)の様に、場にも宴の和やかさが戻った。
乾杯の音頭は高らかに、膳の箸も心地よく進む。
美味い酒に美味い飯を前にして、心が踊らぬ者はあまりいないだろう。
それまで抑制されていれば尚更だ。
いつしか広間には楽(がく)が鳴り、歌が響いていた。
舞台では舞が披露され、踊り手には喝采が送られている。
笑い声が絶えることはなかった。
この国に来て以来、初めて味わう賑やかさだ。
今さらながら思い至った。
『ティティカルオゥル』にあってはこの雰囲気が、常にまとっているものなのだと。
皆も思い思いに楽しんでいた。
アルルゥは武官に囲まれて、ちゃっかりその膳を奪っていたし、カミュは飛び回ってムティ殿に追われていた。
テルテォはリネリォ殿の酒に絡まれていた。
これはこれで楽しそうだからよいのだろう。
デリホウライ皇もまた、クイナ殿の酌に舌鼓を打っていた。
宴の場を眺めながら、いままでにない穏やかな表情を浮かべている。
懐かしむようなまなざしは、今ではない光景を見ての事かもしれない。
――などと勝手な感慨に浸っていると、別の場から微妙に不穏な会話が聞こえてきた。
いつの間にやらすっかり馴染んだニコルコが、相変わらずの胡散臭い笑みで酌に回っている。
「さあさあティティカ様、もう一献」
「おっと、ありがとさん。
さすがにそつなくこなすねぇ」
「ハイイ。これで食いつないでおりますので」
「あらおいしそう。
わたしにも一杯いただきたいですわ」
「えー、イエイエ。
カリン様は、さすがに……」
「大丈夫ですわ。
カルラゥアトゥレイでは五歳から
飲酒が認められていますから」
「おや、そうでしたか?」
「そうでなくても、飲めるモノぐらい
扱っているのではなくて?」
「はあ、イエ、それは、その」
「残念ですわ。
いろいろと便宜を図ってあげることもできますのに。
商人としては皇族との繋がりなんて、
なかなか魅力的な話なのではなくて?」
「そ、それはもう。
イヤイヤ、そういう事でしたらワタクシも色々と――」
「色々と、なにを差しだすつもりだ、貴様は」
「あひょ?」
嬉々として荷を探るニコルコの背を、思わず蹴り飛ばしていた。
二回三回と転がって、そのまま別の座にヌルりと入りこむ。
堪えた様子はまるでない。
「まったく、油断も隙もない。
あの胡散臭い男はなんとかなりませんか」
「まあまあ、面白い奴じゃないか」
「ティティカ姉がそのような事だから……
カリンも、妙なことを言って炊きつけるんじゃない」
「別にわたしはなにもしていませんわ。
ただちょっと、面白そうなものがないかと訊ねただけで」
「それを止めろと言ってるんだ」
面白いことといっても、どうせ某(それがし)あたりが面白くされるのだろう。
芸人めいた扱いはもう十分だ。
叱責の意をこめたまなざしに、カリンは渋々と果実の汁を舐める。
「はあ。
器の小さな男たちばかりですわね」
「まあそういうない。
少しはゆっくりと楽しみな」
「きゃ?」
そして唐突にカリンを抱きしめるティティカ姉。
「んー、ちっこいねぇ」
頬擦りつぶやく様は、紛(まご)うことなき酔っ払い。
これもまたいつもの事だ。
「ティ、ティティカ姉様?
や、やめてください。
わたし、子供ではないんですから……」
「なに言ってんだい。
心も体もまだ子供だろ、アンタは」
「え、あ……」
囁く声は温かく、聞く者の心にゆっくりと沁みこんでいく。
生来のさばけた性格が成せる業か、広がっていく温もりはどこまでも快(ここちよ)い。
「たまには大人に甘えてみな。
慌てなくたって勝手にデカくなるんだからさ」
「ティティカ、姉様……」
カリンにとっても同様だったのだろう。
いつの間にか、少女は抱擁を受け入れていた。
「……なんだか、お母様に抱かれてるみたいですわ」
「へえ、似てるのかい?」
「そうですわね、どことなく。
胸の大きさとか、包容力とか」
「それは光栄だね」
「ふふ。ティティカ姉様、
本当は子供の一人か二人いるのではなくて?」
「あはは。そいつは面白いねぇ」
「ふ、ふふ、
い、痛いですわ、ティティカ姉様……」
ミシミシと聞こえてくる骨の軋みも愛情表現なのだろう。
……多分。
己の身の安全のためにも、邪魔はしない方がよさそうだ。
追加の酒と肴を用意するためと心の中で言い訳をし、そっとその場を後にした。