うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
洗い終えた食器を一つずつ乾布で拭い、重ねまとめて荷をこしらえる。
剣の腕は上がらないのに、こんな雑務だけは手際がよくなった。
悩みとするにはあまりに意味のないことだが。
「よし、っと。さて、行くか……?」
荷を担ぎ上げたところで、アルルゥたちがいないことに気がついた。
右にも、左にも、上にも、下にも、どこを見渡しても尾すら見えない。
「あいつは、また勝手に……」
一つ溜息をついてから、気配を探して歩き出す。
とりあえずは川下の方から行ってみるか。
今までの道中でも、こういったことは度々(たびたび)あった。
何度注意しても聞き入れやしない。
戻ってくるとその手には、果物やら卵やら奇怪な石やらの有象無象が握られていた。
得意満面な笑顔をみせられると、怒る気も失せてしまう。
まったく、ナリは某(それがし)とさほど変わらぬというのに、中身はまるっきり子供か獣だ。
姉上殿とやらもさぞ苦労したに違いない。
そんな事を考えているうちに、求める気配をようやく見つけた。
曲がりゆく川の先、大きな岩の向こうから、楽しげな声が聞こえてくる。
『キュイー』
「ん、ガチャタラいいこ。
ムックルもちゃんと体洗う」
『ヴオウン』
中身は子供そのもののクセに、二匹の獣に対してはしっかり者の母親らしく振る舞うのだ。
思わず苦笑しながら、声を遮る岩を登る。
「おい、アルルゥ。
勝手にいなくなるなとあれほど――」
「お?」
声を掛けようとして、頭の中が真っ白になった。
そこに、振り向いたアルルゥの姿が鮮烈に焼き付けられる。
流れる水と戯れる彼女は、一糸まとわぬ生まれたままのものだった。
クセのある黒髪は水に濡れ、首筋や肌に張りついている。
大きな耳を垂らした表情、軽い驚きを浮かべた頬を、髪からの水が伝い落ちていった。
伸びる腕はしなやかで、張りのある足はみずみずしく、濡れた長い尾は艶やか。
華奢な体は起伏に恵まれてはいなかったが、歳相応の女らしさを具えはじめていた。
……などと、冷静に観察している場合ではない。
「うー。
トラ、すけべー」
腕で体を隠すアルルゥの非難の声に、ようやく我に返った。
「だ、ち、違っ!?」
瞬間、岩から転がり落ちる。
飛び散る荷物も、打ち付けた痛みも、気に留めている余裕はない。
「み、水浴びしてるとは知らなくてだな、
事故、そう、事故なんだ、これはっ」
「のぞき。へんたいー」
「のっ、覗き?
馬鹿な、エヴェンクルガである某(それがし)が、
そんな破廉恥なマネをするか!」
「アルルゥのはだか、のぞいた。
ちかんー」
「だ、誰が好きこのんでお前の裸なんか見るかっ」
低く不機嫌に聞こえるアルルゥの声に反発するがまま、考えもなしに言葉が飛び出していく。
その意味すら考えず、もたらす結果も鑑みずに。
「……むー?」
「そんな洗濯板みたいな胸やら寸胴な腰なんて
見たがる奴がいるわけなかろうっ。
面白くもなんともない。
そういう心配はもう少し育ってからすればいいんだ。
まったく、ナリも中身も子どものクセに、
言いがかりとズル賢さばかり上手い――」
「……ムックル」
言葉を途中で遮った、アルルゥの短いつぶやきの後、
『ヴオオン』
「ぐがっ!?」
某(それがし)は、上から降ってきたムックルの腕に潰されていた。
「ガチャタラ」
『キュイー』
「ど、ばっばばっばばっばばばばっ?」
続けて、脳を揺さぶるガチャタラの声に。
「むー、もっとやる」
『ヴオウ』
『キュ』
「どぅあーーーーーー!!?」
攪拌された意識が蘇ったとき、日はすでに落ちた後で。
その日、アルルゥに生まれた静かな怒りは、三品増やした夕食を終えるまで静まらなかった。