うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・13~ カルラの贈り物・発動

 

 夜も白み始めた暁時。

 秘された戸を潜り、地下の水路を通り抜け、闇に紛れて街を出る。

 思わず溜息が漏れた。こんな事にばかり長けてきたような。

 ともあれ、『ティティカルオゥル』一同はニコルコの導きに従い、神代の森の奥へと踏み入っていた。

 初日、灰色熊(グルィボゥ)とやりあった場所よりも、さらに奥深くへと。

「この先に敵の首魁が潜んでいると?

 どこから仕入れてきたんだ、そんな情報」

「蛇の道は蛇と申しますか。

 商人には商人の情報網がありますゆえ、ハイ」

「なるほど。

 言われてみれば納得できますわね。

 森自体は灰色熊(グルィボゥ)を恐れて

 監視されていたはずですけれど、

 広大なその内にまでは

 調べが及ばなかったでしょうし」

 声を潜めたやりとりは、闇に閉ざされた森を可能な限りの速さで進みながら。

 灰色熊(グルィボゥ)の猛威を警戒しながら、この想いこそが目を眩(くら)ませていたのかと、苛立ちを覚える。

 考えてみれば、灰色熊(グルィボゥ)自身が白霊蓮(サラカジャ)の毒に侵されていたのだ。

 理由をもっと追及して然るべきであった。

 重みを増す空気と深まる緑を掻き分け進み、一つなだらかな岩山に辿りついた。

 潜めていた気配を更に押し殺す。

 大きく開いた洞穴の手前に二人、黒衣の外套(アペリュ)をまとった人の影を見て。

 昇りはじめた暁の光に照らされ、そこには赤い色も浮かんでいた。

「当たり、だね」

「あれは、もしかしたら

 灰色熊(グルィボゥ)の巣ではないかしら?

 天然の洞窟ならそれほどの深さもなさそうですわね」

「気づかれている気配もないな。

 さて、ここからどう攻めこむか」

 正面突破でも構わないのだが、万が一灰色熊(グルィボゥ)などが現われでもしたら、応戦している間に首魁を取り逃がすかもしれない。

 皇(オゥルォ)を蔑(ないがし)ろにしてまで出張ってきたのだ。

 襲撃の時間は少しでも短く、速やかに決着をつけたい。

 そこに、一つの提案が上がった。

「ん。アルルゥ、いいこと考えた」

 アルルゥはおもむろに、背負っていた荷の塊を解き広げた。

 

 

 

「ん?」

「止まれ」

 掛けられた制止の声に、某(それがし)は素直に足を止めた。

 内心では汗を流しながら、表面上は努めて冷静を装う。

 表情を気にする必要がないのは幸いだった。

 目深(まぶか)にかぶった頭巾が、顔をすっかり覆い隠してくれている。

 

 アルルゥが取りだした黒い外套(アペリュ)に身を包み、某(それがし)たちは堂々と二人の番兵の前に歩み出た。

 クイナ殿になにか頼みごとをしていたのは知っていたが、こんなものをこしらえていたとは。

 

 いや、苦言を考えるのは後回しだ。

 極力緊張を抑えながら、いつでも抜けるように外套(アペリュ)の下で剣を握り、ティティカ姉の交渉を見守る。

「見張りご苦労。

 任務の帰りだ」

「そうか……

 随分と大所帯だな」

「外部からの増援と合流してな。

 連絡を聞いていないのか?」

「? いや、そのような話は――」

「たるんでいるぞっ。

 そのような事でどうするっ」

 日頃のゆるみはどこへやら。

 低く張った声で叱責を飛ばす様は実に堂々としたもので、負い目引け目などまったく感じさせない。

 警戒から困惑に変わっていた相手の心に、恐縮を生むには十分な威圧であった。

「す、すまない」

「まあよい。

 報告もある。通してもらうぞ」

 躊躇いなく進む足取りは、あっさりと洞穴の内へと踏みこんでいた。

 とりあえず、ティティカ姉と某(それがし)に関しては。

「お、おい」

「なんだ?」

「なんだ、って、ウマ(ウォプタル)を連れて入る気か?」

 続くリネリォ殿とテルテォが、案の定止められていた。

 無理もない。

 当人たちは外套(アペリュ)をまとっていても、騎乗するウマ(ウォプタル)までをも隠せるわけはないのだから。

 だが、強い言葉を向けられても、リネリォ殿の返答は欠片も揺るがなかった。

「新たな策のために必要な装備だ。

 検分の必要もあるため連れてこいと命じられている」

「し、しかし、それなら外で――」

「命令に不服でもあるのか、貴様?」

「い、いや、そういうわけでは……」

 冷静かつ威圧的な声でそう言われては、問い直す事もできないだろう。

 言いよどんでいる番兵の前を、二人は平然と通り抜けた。

 さらにその後を追い、白黒の翼がふよふよと続く。

「お、おい?」

「なに?

 ……じゃないや。なんだ?」

「オンカミヤリューが入るとは聞いていないぞ。

 貴様、間者ではあるまいなっ?」

 カミュとムティ殿の翼に一際強く反応するのは、ウィツァルネミテアの教えに背くと、自ら自覚があるためだろう。

 剣に手をかけた番兵を前に、しかしカミュは余裕を崩さない。

 いや、余裕とは少し違うか。

「ふ、わかってないなぁ。

 カ……おれたちははぐれなのさ。

 色々と悪さもしたが、ここの連中に拾われてな」

「姫さま……

 なぜそんなに楽しそうなんですか……」

 まったく、ムティ殿のつぶやきはいつでも的確だ。

 頭巾がなければ、しとどに流れる涙を晒している事だろう。

 そして件(くだん)の姫君は、目を爛々(らんらん)と輝かせているに違いない。

「オンカミヤリューの法術の威力、

 知らないわけじゃないだろう?

 なんなら教えてやってもいいんだぜ」

「い、いや、いい。

 わかった」

 怯え退いた番兵の言葉に、なぜかカミュは残念そうに場を離れていった。

 続く者たちに出番を譲るように。

「おいっ?」

「なんですの?」

「なんですの、じゃないだろう。

 なぜ子供がまぎれているっ?

 貴様ら、やはり間者……」

「イエイエ、彼女は優秀な暗殺者なのですよ、ハイ」

 カリンへの疑いを晴らそうとするニコルコの饒舌ぶりは、いつも通りだった。

 いや、太鼓持ちに相応しい騒々しさと言うべきか。

「暗殺者?」

「ハイハイ。

 アナタも聞いた事ぐらいあるでしょう。

 子供の身形を利用して標的に近づき、

 懐をグサリと一突き。

 これにはどれほどの手練(てだれ)も

 イチコロなのですよ、ハイ」

 よくもまあ、こうも凶悪な事がポンポンと口から出てくるものだ。

 日頃から感じている胡散臭さは、やはり間違っていない気がする。

 いつの間にか番兵もうなずいていた。

「な、なるほど……」

「あまり機嫌をそこねるような事を仰(おっしゃ)っていると、

 知らぬ間にザックリ、なんて事に

 なるかもしれませんよ、ハイ」

「ひっ?」

 慌てて飛びのいた視線の先では、カリンが覆面越しに微笑んでいた。

「わ、わかった。行け」

「了解ですわ。行きましょ」

「ん」

『ヴォ』

「ちょっとまてい!」

 だがさすがに、黒い布を被せた巨獣まで気づかれずには済まなかったようだ。

「なに?」

『ヴォウ?』

「なに、じゃないだろうがっ。

 なんだソレは!」

 指と剣を向けられ、アルルゥは頭巾越しにもわかる憮然とした気配を放つ。

「ソレじゃない。ムックル」

「名などどうでもいいっ。

 そんな怪しげな獣、

 一体どんな用で連れこむ気だ!」

「むー、ムックル怪しくない」

 いや、怪しいだろう、どう見ても。

 むしろここまでよくもった。

 確認のために隣を見れば、ティティカ姉も首を縦に動かしていた。

 剣の握りに力をこめる。

「や、やはり怪しすぎるぞ、

 おまえら……ぁ?」

「敵襲だっ、守備隊――っ!?」

 上がりかけた叫びより一瞬だけ早く、某(それがし)は刀の峰で二人の首根を打ち払い、その意識を飛ばしていた。

「惜しかったですわね」

「なにが悪かったんだろう。

 色合いかな?」

「うー」

「いや、そういう問題では……」

 本気で進めるつもりだったのだろうか?

 某(それがし)は、接近するための口実だと考えていたのだが……。

 まあいい。後でいくらでも悩んでもらおう。

 今は先に片付ける問題がある。

「ここからは、どうします」

「どうもこうも、

 一つしかないだろうね」

 洞穴の奥から聞こえてくる無数の足音に対し、皆覚悟はできているようだ。

 黒い外套(アペリュ)はすでに脱ぎ捨てている。

 構え、後は合図を待つばかり。

 無論、某(それがし)も同様に。

「ようし、突撃ぃ!」

「「「応!」」」

 団長の命に応じる声は、迫り来る叫びよりも高らかに。

 戦いの火蓋は、二人の騎兵の刃によって切り落とされた。

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