うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・15~ カルラの贈り物・決着

 

『ゴアアアアアアアアアア!!』

 響く怒りの咆哮と共に、振り下ろされた双腕が地を砕く。

 飛散する石片を、皆はかろうじて避け躱(かわ)した。

 だが、終わらぬ猛攻に対して効果的な対応であるとは、とても言えない。

 洞の口に陣取り、疲れを見せぬ灰色熊(グルィボゥ)の威を前に、『ティティカルオゥル』は混乱から脱しきれずにいた。

「どうなってんだい。

 敵の頭ってのは、

 あのゴツいのだったのかい?」

「いや、首魁はどうやら

 そこに転がっている奴で、

 内部での抗争が原因だったらしく――」

「なんだこの煙は、気分が悪いっ」

「吸うな馬鹿っ。

 白霊蓮(サラカジャ)の香だぞ」

「内部ってなに? 抗争って?」

「だから、連中の目的は地獄(ディネボクシリ)の開放で、

 それに反する連中が……」

「地獄(ディネボクシリ)?

 なんだいそりゃ」

「だから!」

 終始も定まらぬ会話を交わしながらでは、混乱するのも無理もない。

 策を練る余裕もなく、ただ右往左往するばかり。

 唐突に灰色熊(グルィボゥ)へ向かったラクシャインの動きにも、即座には対応できなかった。

「なっ」

「待て……」

 某(それがし)たちの制止は元より、振り下ろされる爪をも問題とせず、隻眼の武士は灰色熊(グルィボゥ)の懐に潜りこむ。

 直後、浮き上がった獣の巨躯が、音もなく投げ飛ばされた。

「う?」

「うおわっ」

『グロアア!』

 それは、小さな苦悶を吐いて某(それがし)の前に落ちた。

 代わり、洞の口にはラクシャインが立っている。

 見知った、悠然たる構えをもって。

「後は好きにするがいい」

「ふ、ふざけるなっ。

 待て!」

 そのまま去りゆく後姿に、リネリォ殿の叫びは届かない。

 立ち上がった灰色熊(グルィボゥ)が、再び進路を遮っていたからだ。

 狂ったままの赤い瞳には、対象を定めぬ憎悪が燃えている。

 何人たりとて、このまなざしを欺(あざむ)いて先に進む事はできまい。

「リネリォっ」

「……クっ」

 それを解する程度の理性は残っていたらしい。

 いや、今までのリネリォ殿なら、無謀にも突破しようとしていただろう。

 やはり、先のやりとりは、少なからぬ影響を与えているようだ。

 などと、冷静に考えている余裕はない。

 まずはこの状況をなんとかしなければ。

 先陣を切ったのは、下から聞こえてきた幼い声だった。

「好都合ですわ。

 決着をつけてあげましょう」

 気負いも恐怖もない自然体のまま、カリンは自身の剛剣を揮う。

 腕と剣、爪と刃。

 互いの一撃が交錯し、釣鐘にも似た重い音を響かせた。

 宙に散るのは火花ではなく、刻まれた衝撃の痕跡そのもの。

 強すぎる力は大気を割り、小さな歪みを残していた。

 だが、森での攻防とは異なり、この場には遮蔽物がない。

 一撃の威力が五分だとしても、双腕と一刀では手数の面で圧倒的に不利だ。

 体格の差も如実に現れている。

 終始余裕を見せていたカリンが、ついに苦しげな表情を浮かべ始めた。

「カリリン!

 はやく助けなきゃ」

「し、しかし、

 アレが某(それがし)たちの手に負えるのか……」

「負えなくても、なんとかするっ!」

 裂帛の気合と共に、宙を一条の閃きが奔(はし)る。

 鉄の矢は唸りを上げ、交戦するカリンの頭上を掠めるほどの精密で、一直線に灰色熊(グルィボゥ)へ向かった。

 そのまま鋼の獣毛を貫き、左の肩口に突き刺さる。

『ガアアアアアアア!!』

 痛みとも怒りともつかぬ叫びの間に、カリンは灰色熊(グルィボゥ)から離れた。

 顔には驚愕が浮かんでいる。

 当然だ。

 森の主(ムティカパ)の守りを貫く射撃など聞いたことすらない。

 思わずその射手を見る。

「この程度を始末できないようじゃ、

 アタシたちのこれからが思いやられるってもんだよ」

 荒い息を吐きながらも、ティティカ姉は不敵な笑みを崩さなかった。

 そう、確かにその通りだ。

 同じ場所にいたのでは、先に進むことはできない。

 まずは、一歩を踏みださなければ。

 団長の音頭に皆の意識が集束する。

 ただ一つの目的、灰色熊(グルィボゥ)を討つことに。

 最初に動いたのはアルルゥだった。

「ムックル!」

『ヴオオオオオオオオゥ!』

 カリンへの追撃を遮るように、放したムックルを嗾(けしか)ける。

『グロオオオオオオ!』

『ヴウゥゥゥ!』

 ぶつかり、互いに牙を突き立てあう二頭の巨獣。

 咬みあう衝撃は足場を砕き、岩の壁をも崩していく。

 大地を転がるだけで破壊を撒き散らすその様は、どこか悪夢めいていた。

 今さら悪夢の一つや二つ、増えた所でどうという事はないが。

『グヴゥル!』

『ギオオオオ!』

 喉首へと喰らいついたムックルを、灰色熊(グルィボゥ)が振り払う。

「ムティ、

 『火の陣(ヒム・トゥスカイ)』!」

「は、はいっ」

 同時にカミュが動いた。

 ムティ殿と呪を合わせ、火神(ヒムカミ)の力を集束させる。

 それは蠢(うごめ)く闇から生まれ、すべての存在を焼く炎。

 鬼火めいた燐光は、次第に数を増していく。

 集った光は業火と化し、灰色熊(グルィボゥ)の貌を包みこんだ。

『ゴオアアア!?』

 闇を払った閃光の内から、響く苦痛の叫び声。

「おおおおお!」

「らあああああ!!」

 その源へと向けて、槍を構えた騎兵の姉弟が突撃する。

 双刃の旋風を見事に重ね、ウマ(ウォプタル)の加速をも威力に乗せて。

 炎を散らす熊の腕の、その下に叩きこまれた一撃は、釣鐘を割るような轟音を響かせた。

『ガ、フ……!』

 のけぞる灰色熊(グルィボゥ)の身に生じる、必死必殺のわずかな隙。

 瞬間、某(それがし)は踏みこんだ。

 一足をもって距離を詰め、同時に刀を抜き放つ。

 落ちてくる巨木のような腕は、やたらと遅い。

 鋭い爪を頬に掠めさせながら、近づく首にへと斬りつけた。

 

 閃く軌跡。

 宙を斬る音。

 時が再び動き出す前に、刃を鞘に滑らせ、戻す。

 

 刹那の出来事に我が手を疑う。

 本当に、今の動きを自分がこなしたのか?

 だが、感覚は残っていた。

 肉を斬り骨を断つ、疑いようのない確かな感触が。

『ガ……ァ……』

 咆哮はもう聞こえてこない。

 これから先、二度と響く事もない。

 ゆっくりと納めた刃の最後、小さな鍔鳴りの音と共に、灰色熊(グルィボゥ)の貌が落ちてきた。

 それは一度地で跳ねた後、転がり、赤い輪を描き、某(それがし)を見つめて、ようやく止まる。

 残された、立ち尽くす巨躯の首からは、血の雨が噴き出し続けていた。

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