うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
修練のために赴(おもむ)いた早朝の川辺にて、某(それがし)は伏せた地の面から、テルテォの鍛錬を眺めていた。
己の身丈を遥(はる)かに越える大岩を抱え上げては、降ろす様を。
まったく、朝から暑苦しいことこの上ない。
「貴方、なかなかやりますわね」
「いや、ギリヤギナには及ばぬがな」
その隣では、カリンが剣の素振りを行っていた。
いや、身の丈の三倍もある剛剣を我が腕のように振り回すのは、もはや素振りとは言わないのではなかろうか。
そもそも、ギリヤギナには定まった剣の型すらないという。
あるのはただ、武器を己の一部として扱う意識のみだと。
力に重きをおいている点で、二人には通じるものがあるのかもしれない。
武の道において、力は技ほど重視されるものではないが、技量が肉薄していれば、力で勝る方が強いのは当然だ。
命を削りあう戦場においては、特に。
力は単純であるだけに万能である。
それがわかっているからこそ、某(それがし)も二人に付き合ってみたのだが……。
「それで、
トラはいつまでそこで寝ているつもりですの」
「好きで転がってるわけじゃない。
できればこの乗っかってる岩塊を
どけて欲しいんだが」
真似して、岩を背負っての鍛錬などするのではなかった。
今では亀の気持ちがよくわかる。
動けないという点においては、より状況が悪い。
「その程度、
自分で撥(は)ね除ければよいだろう」
出来るならとっくにやっている、と言い返すのは躊躇われた。
テルテォの見下すまなざしが忌々しい。
代わり、四肢に力をこめた。
「ぬ、ぐぅぅぅぅ!」
上腕を膨らませ、少しずつ身を持ち上げる。
「おおおおおおお!」
早さはナメクジが這う程度でしかなかったが、地との隙間は少しずつ広がっていった。
吐き出す気合を増すほどに、その勢いは確かに強まり――
……すぐ力尽きた。
「ぐべ」
「あらあら」
「ふん、情けない奴め」
「く……」
言い返す言葉も出てこない。
おのれ、このような筋肉馬鹿に愚弄されるとは……。
「ほら、もう少しですわ。
がんばりなさいな」
「し、しかし、
もう力が入らぬのでは……」
「はやく抜けださないと、
大変なことになりますわよ?」
「……まてカリン。
お前、後ろでなにを……!
ぬわははははは!?」
草鞋(ぞうり)を脱がされたと理解した直後、足の裏からのこそばゆい感覚に、悲鳴じみた笑いを吐き出させられていた。
逃れようと足をバタつかせるが、強力(ごうりき)に抑えられてビクともしない。
「カ、カリン?
やめ、わひひひひ!」
「ほらほらほら。
はやく脱け出してみなさい」
「む、むひゃをいうにゃ!」
笑いを聞きつけて別の声まで近づいてくる。
「トラちゃーん。
朝ごはんまだー?」
「おなかすいた……
を?」
地獄(ディネボクシリ)からの使者の声に、思わず頬が引きつっていた。
「アルル……
カミュ……?」
「をー?」
「カリリン、
なんか楽しそうなことしてるー」
「お二人もやります?」
「や、やめ……」
「「おー」」
「ろーーー!!」
それから三人が飽きるまでの惨劇は、万言を費やしても語りきれるものではなく、
二度とこいつらの鍛錬になど付き合うものかと、薄れる意識の中で決意した……。