うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・21~ 帰路・酒会

 

「なぜ俺が晩飯の調達などに

 手を貸さねばならんのだ。

 お前の仕事だろうが」

「元々当番制だ。

 自分も食うんだから少しは手伝え」

 道中の食料を節約するため、総出で森を探った帰り。

 当然の労働に対してまるで自覚のないテルテォの言葉に、自然と語気が荒くなる。

「まあまあ。

 仲良くしましょうよ」

「ソウソウ、そうですよお二方。

 皆で探せば色々なものが

 見つかるというものです、ハイ」

 そう言われて簡単に仲良くなれるのならば、世に争いなど起こらないだろう。

 ムティ殿とニコルコの取り成しもさほどの効果はなく、某(それがし)たちはヤスリをばらまいたような雰囲気の中を歩いていた。

「これだけやって

 獲れたのは鳥と草だけとはな」

「文句を言うな。

 お前は騒いでいただけではないか」

「ふん、

 猪でも出れば討ってやったものを」

「そういう事は捌く算段まで

 立ててからほざけ」

「そんなものは料理番が考えること。

 武士(もののふ)である俺には関係のない話だ」

「……それはなんだ、

 ケンカを売っているのか?」

「買う度胸があるのならば

 安く売ってやるぞ」

「ああもう、止めてくださいよぅ。

 ほら、もうつきましたから」

「オヤオヤ?

 みなさんもうはじめていらっしゃるようですよ、ハイ」

 戻ってきた夜営の陣。

 馬車の向こうで焚かれた火の回りからは、女性陣の楽しげな声が聞こえていた。

 こちらもこちらで夕飯まで我慢できなかったらしい。

 まったく、どいつもこいつも。

「アルルゥ、カミュ。

 待っていろと言っただろう。

 食事も時間を定めて摂らなければ

 規則正しい生活は――」

「なんだ、

 文句があるのか、タイガ」

「って、リネリォ殿?」

 反射的ないつもの文句に応えたのは、予想外の人物。

 リネリォ殿は手酌で酒を飲みながら、いつもとあまり変わらぬ表情でこちらを見据えていた。

 酔っているわけではないのだろうか?

 あまり正気とも言えなかったが。

「ええと、どう、なされたのですか?」

「別段どうということはない。

 お前たちが戻ってくるのが遅いので、

 少しばかり先に飲み始めているだけだ」

 ……ああ、ティティカ姉たちに唆(そそのか)されたのか。

 よく見れば後ろの方で、残りの面々が声を殺して笑っている。

 リネリォ殿を矢面に立たせれば、怒られないとでも考えたのだろう。

 確かにやりにくい相手ではある。

 珍しくだいぶ酔っているようだ。

「……ムティ。

 ちょっと来い」

「は、はい?

 なんでしょう……」

「手酌というのもあまり風情がないのでな」

「あ、は、はい。

 注がせていただきます」

「ムティ、わたしもねー」

「姫さまはダメですっ」

 絡み酒に巻きこまれ、ムティ殿はリネリォ殿の静かな語りに捕まってしまった。

 団の良心が早々に潰されてしまったことになる。

 どうしたものかと考えを巡らせようとして、もう一人居ないことに気がついた。

「ニコル――」

「サアサア、ティティカ様。

 ぐいっと一杯」

「おっと、ありがとさん。

 おや、ちょいと変わった酒だね」

「ハイ、秘蔵の花酒を少々」

「ニコルコさん。

 わたしも頂きたいですわ」

「えー、ええ。

 では、少しだけ。ハイ」

 さりげなくというか、ちゃっかりというか。

 ニコルコは早々に場の中心へ取り入っていた。

 ティティカ姉は、抱きかかえたカリンともども、すっかり上機嫌に酔い崩れている。

 あぁ、飲んでもいないのに頭が痛い。

「おい、テルテォ。

 どうす――」

 期待を込めずに隣を見て、思わず言葉を失う。

「ア、アアア、アルルゥ殿っ?」

「んー、ふー、むー」

 テルテォが、アルルゥに頬を摺(す)り寄られ、固まっていた。

「んむぅ、おとーさん」

「いいいいや、俺は、父上ではなく……」

「おとーさん、おっきい」

「はうあ?

 そ、それは……」

「あったかい……」

「ア、アルルゥ殿っ!」

「なにを、やってるんだっ、お前わあっ!」

「ごおっ?」

 思わず側頭を蹴り払っていた。

 我ながら会心の一撃に、テルテォの巨体が二回、三回と回転する。

 巨木の鳴らした重い音は、自分の荒い息のせいで聞こえなかった。

「だ、誰だ!

 アルルゥに飲ませたのはっ」

「あー、アタシたちー」

「みんなで飲んだほうが楽しいのですわー」

 悲鳴の問いに返ってきたのは、ニコルコの酌を受けている二人の声。

 愚問であった。

 そもそも誰が飲ませただのという事は、今さらなんの役にも立たない。

 しがみついてくる柔らかな感触に対しては尚更だ。

「ア、アルルゥ?」

「んー、おとーさん」

「違うっ。

 ああ、もう、正気に戻れ」

「……うー。イヤ?」

 振り払おうとして、途中で腕を止めてしまった。

 見上げてくるまなざしが濡れているのに気づく。

 それは、某(それがし)の鼓動を問答無用で跳ね上げ、一瞬、状況のすべてを忘れさせた。

「イ、イヤ、とか、

 そういうことではなくてだな……」

「アルルゥのこと、キライ?」

「き、嫌いって、そんなわけが……」

「……アルルゥのこと、スキ?」

 ゆっくりと顔が近づいてくる。

 囁きは吐息と共に。

 感じる温かさと甘い香り。

 潤んだ闇色の瞳はどこまでも澄み切り、底のない穴を思わせる。

 どこまでも堕ちていくような錯覚に、知らず、吸い寄せられた体は――

「そ、その、だから、アルルゥ、俺は……」

「なにをしているキサマっ!」

「はぐぁ!?」

 横からの衝撃に弾き飛ばされていた。

 回る世界は二度三度。

 頭から地に戻り、そのままさらに一度回って、ようやく止まる。

 歪みっぱなしの世界の中、テルテォらしい巨漢の人影に目を向けて、無理やり体勢を立て直した。

「な、なっ、なにすんだ、お前っ」

「こっちのセリフだ!

 このムッツリがっ」

「むっ?

 ふざけるな、このデクノボウ!

 デカイばかりの役立たずがっ」

「クソチビに言われる筋合はないっ。

 お前は大人しくメシでも作っていろっ」

「っ、こんの!」

「やるかっ」

 考えるより先に拳が伸びる。

 周囲から囃(はやし)したてられるがまま、止めることなど思いもしない。

 混濁した意識のまま、瞬間だけ横を垣間見る。

 アルルゥは地に丸まり、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

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