うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
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~第三幕・22~ 帰路・秘事
ある日、夕食の準備中、盃を舐めているティティカ姉の姿を見かけた。
まったく、食事の前には控えてくれとお願いしているのに。
注意を掛けようと近づきかけて、小さな違和感に気がついた。
あのティティカ姉が、眉間に皺(しわ)を寄せて酒を飲んでいる。
「珍しい。
ずいぶん不味そうに飲んでますね」
「ん? ああ、タイガか。
いやね、カルラウアトゥレイの地酒ってのを
貰ってきたんだけどさ。
寝かしすぎだねこりゃ。うぷ」
よほど強烈な風味だったのだろう。
咳きこむ姿はずいぶんと辛そうに見えた。
言いかけた文句も忘れ、思わず心配が先に立つほどに。
「大丈夫ですか?
水でも持ってきましょうか」
「悪いね。頼むよ」
返事と共に向けられた笑みすら弱々しい。
どこか不安を掻き立てられる表情に、慌てて水差しを取りに走っていた。
タイガの姿が消えた次の瞬間、ティティカは一際強く咽(むせ)た。
口元を隠した掌が離れるほど。
それ以上の音が響かぬように、続く咳を喉で抑える。
脂汗を流しながら、静かに発作を治えていく。
強い、強い意思の力で。
開いた掌の中、わずかに残る赤い跡に、ティティカは小さな笑みを浮かべた。
「……急がないといかんね、こりゃ」
いつもとあまり変わらぬ笑みを。
汗と血を拭(ぬぐ)い、平静を装うのと同時に、水差しを手にタイガが戻ってきた。
「ティティカ姉。どうぞ」
「ん、ありがとさん」
差し出された器を受け取りながら返したほほ笑みは、いつもの明るさを湛えていた。