うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・9~ アルルゥといっしょ・傾き者

 

 数日を要したあわただしい道程も終わりを迎え、ようやくムルオイの町に辿りついた。

 新興の町に相応しく、居並ぶ家々も真新しい。

 某(それがし)たちのような旅人も多いのだろう。

 行き交う人々の表情もまた、どこか生気に満ちて見える。

 ウペキエの国最初の町は、乱世の時代には珍しい、なごやかな賑わいに溢れていた。

 それを驚きで乱すのはなんとも心苦しい。

 いや、決して某(それがし)に非があるわけではないのだが。

「……なあアルルゥ。

 今までもその調子で町を行き来していたのか?」

「んむう?」

 問いに返された不思議そうな表情は「そうだ」と答えたようなもの。

 アルルゥは某(それがし)の隣で、悠々と歩みを進めていく。

 ムックルの背に乗ったまま、だ。

「アルルゥ、いつもムックルといっしょ。

 ヘンなの近づいてこないし、みんな親切になる」

 それはまあ、そうだろう。

 ヒトを一口で飲みこみそうな巨獣を前に、萎縮しない方がどうかしている。

 そういえば某(それがし)も以前、町に現れる白い虎と不思議な少女の噂を耳にしたことがあった。

 まさかと本気にしたことはなかったのだが、実物を前にしては納得せざるをえない。

 自然と集まる好奇の視線は、武士(もののふ)として耐え難い。

 しかし、だからと文句を聞き入れるようなアルルゥでないことは、ここ数日で嫌というほど思い知らされている。

 町中で踏み潰されるような不名誉よりはマシだと、通りを進む足を早めた。

 途中、通り過ぎる店先で動かなくなるアルルゥ(が乗ったムックル)を何度も何度も説得し、ようやく目的に叶う場所へと辿りついた。

 他に比べても大きな、造りのしっかりした宿だ。

 一人旅の女子供を預けても安心だろう。

 まったく無駄な心配だとは自覚しているが。

「ここなら食事も上等なものがでてくるだろう。

 路銀は十分にあるな」

「ん。もらったの、ある」

 アルルゥは懐から袋を取り出した。

 出会った日に動かなくなった賊どもの懐から回収した、血に黒ずんだ重たげな袋である。

 なにか言おうと思ったが、やめた。

 これ以上関わらない方が我が身のためだと、本能が警告していたからだ。

 ……まぁ、それでも。

「んむ?」

 なぜか、ほんの少しだけ、この騒ぎの元凶との別れが惜しいと思ってしまった。

 気の迷いだろう。

「それじゃあ、な。

 あまり非常識なことは――」

 するんじゃないぞ、と言葉を締めようとして、宿内の喧騒に気がついた。

 ムックルが原因ではない。

 何事かと訝(いぶか)しみながら戸を開けた途端、期待のまなざしに迎えられた。

「お客様!」

「な、なんだ?」

「その腰の剣、お客様は、お侍様ではありませぬか?」

「そう、だが……」

「「おお」」

 某(それがし)の答えに、周囲の客たちが声を上げた。

 着ているものから察するに、近隣の村人かなにかだろう。

 内の一人が、涙を潤ませた顔を近づけてきた。

 妙齢の女性ならともかく、頭の禿げ上がった男に迫られても、心臓に悪い。

「お侍様、お願いします。

 我らが村の危機を、どうかお救いください」

「お、落ち着け。一体どういうことだ?

 まずは話を聞かせろ。そしてすがりつくな」

 迫りくる一行をなんとかなだめ、ようやく話を聞きだすことができた。

 そう珍しい話ではない。

 山からあふれた山猿(キママゥ)が、農村の田畑を荒らしているというものだ。

 最近では知恵をつけ、町へと運ぶ最中の荷を狙ってくるらしい。

「戦乱の中でようやく実った作物を」と訴える声は切実かつ悲壮なもので、なるほど、涙を浮かべるのも無理はない。

「……かわいそう」

 なにか思うところでもあるのか、後ろから聞こえてきたアルルゥのつぶやきには

、重い実感がこもっていた。

 村人たちと交わす視線には、某(それがし)には理解の出来ぬ連帯感のようなものがある。

 だが。

「相手がキママゥ風情ではな……」

 正直なところ食指が動かない。

 獣の相手は狩人の役目。

 武士(もののふ)が対するべきは、もっと誉れの高きものだ。

「それはわかっております。

 しかし、近年のキママゥは凶暴さを増しておりまして、

 村の狩人ではとても手に負えないのです。

 他のお侍様がたも、まるで話を聞いてくださらず……」

「当然だろう。獣など斬っては刀が穢れる。

 武士(もののふ)の刀は自らの歴史を重ねていく己の一部。

 不浄な血で汚したがる者などいるわけがない」

 それは某(それがし)とて同じ。

 言葉にも、自然と不満がこもっていた。

 村人の間に動揺と落胆が広がったが、こればかりはしかたがない。

 名のある主に仕え、誉れを受け授かることこそが、武士(もののふ)の本懐なのだから。

 村人たちは気落ちしながらも、諦めの表情で応じていた。

 ただ一人、いつの間にか某(それがし)と向かいあっていたアルルゥを除いて。

「トラ、助けてあげないの?」

「聞いていただろう。

 武士(もののふ)の務めではない」

「そんなこと関係ない」

 頬を膨らまし睨みくる表情には、それまでに見せたことのない強い怒りが含まれていた。

「みんなで一生懸命つくった。

 それを横取りするキママゥ、わるい。

 わるいの、放っておくの、ダメ」

 語る言葉もまた強い。

 そういえばアルルゥも村里の出、彼らの立場を自らに重ねているのか。

 それにしても、勢いが普通ではなかった。

 同じような経験があるのかもしれない。

 だが、つまりはそれだけ当たり前の出来事なのだ。

 イチイチ同情していては、体がいくつあっても足りない。

「悪いのはわかるけどな、しょせんは獣だ。

 斬っても名誉にはならないし、むしろ名に傷がつく」

「……おとーさんなら、そんなこと言わない」

「あのな。

 お前の父上がどのような人物だったか知らないが、

 某(それがし)は武士(もののふ)なのだ。

 ふさわしい戦いでなければ刀を抜くことはできん」

 戦の最中に限らず、自らを律してこその侍だ。

 戦う力を揮う者として、だからこそ守らねばならぬ誇りがある。

 それが、アルルゥには理解できないのだろう。

「んむぅ、やぁ……トラのばかぁ」

「バ、バカとはなんだ。

 お、おい、アルルゥ……」

 子供のわがままめいた言い分は、ついに涙となってアルルゥの頬を流れ落ちた。

 突然の事に思わず動揺してしまう。

「おやおや。なにをモメてんだい?」

 そこに、横から軽い調子が割りこんできた。

 艶のある声の主は、やはり艶のある女性だ。

 乱れた髪に派手な簪(かんざし)を刺し、華やかな着物を肩も露(あらわ)に着崩している。

 豊かな胸を強調するようないでたちだが、どういうわけか不快さを感じないのは、その笑みが奇妙なほどに爽やかであるからだろう。

 それでも、見られて楽しい光景ではない。

「な、なんでもない。

 放っておいてくれ」

「あ~らら。

 お侍様が女の子を泣かしちゃダメじゃないか」

「某(それがし)に非があるわけではない。

 これは、アルルゥのわがままであってだな」

「んむーう」

 呼ばれた名に反応してか、アルルゥが不機嫌そうな声をあげた。

 いつの間にか涙は止まり、目は先までと異なる非難を宿している。

 なんともわかりやすい豹変振りだ。

 女は笑みを変えぬまま、背の布袋を前に持ち直した。

 わずかに湾曲した長い棒状のそれは、弓か。

 傾き者、という奴だ。

「キママゥ退治だそうだけど、

 アンタらもやるのかい?」

「いや、某(それがし)は――」

「トラはやんない。

 ヘタっぴだから」

 某(それがし)の否定を、アルルゥが鋭く遮った。

 こちらと目を合わせもせず、投げ捨てるように。

「な、なんだと?」

「キママゥこわいから、やんないって」

「おい!?」

「おや、そうなのかい」

「そう」

「違う!

 だ、誰が怖がってる、誰が」

「ん」

 アルルゥは半眼と伸ばした指を、まっすぐ某(それがし)に向けていた。

 迷いの欠片もありはしない。

「お、お前なぁあっ」

「そんな風には見えないけど。

 キママゥぐらい、どうってことないよねぇ?」

「当たり前だ! あんな下衆な獣ごとき、

 エヴェンクルガの敵ではない!」

 どこまでも軽い女の言い分に、思わず声を張り上げていた。

 後はなにをわめいたのか、よく覚えていない。

「へえ、エヴェンクルガか……

 だったら楽勝だね」

「もちろんだっ。

 サルが何匹群れようが敵ではないっ」

「えー」

「……なんだ、アルルゥ。

 その顔は」

「ムリしないほうがいい。

 怖いこと怖いっていうの、

 はずかしくない」

「こん、の……

 やる、やってやる!

 案内しろっ。サルはどこだ、サルはあ!」

「お、お引き受けいただけますか?

 ありがとうございます。

 今、囮の荷を用意しておるところですので……

 あ、お、お待ちください、お侍様っ。

 そちらではありません……!」

 熱くなった頭の中は、茹ったように赤く染まっていた。

 喜ぶ村人の声どころか、周囲の音も聞こえない。

 なにを考えることもなく、ただ侮辱を晴らすことだけ思い、足の向くままに進むだけ。

 頭の熱が自然と冷めるまで、某(それがし)は延々と町を歩きつくした。

 

 

「……むふー」

 若きエヴェンクルガの反応がよほどお気に召したのか。

 タイガが立ち去った後の宿で、アルルゥは満足げな笑みを浮かべていた。

 不意にその肩が叩かれる。

「ん?」

「なかなかやるね、お嬢ちゃん」

 手の主は、事の経緯に貢献してくれた女性だった。

 爽やかな笑顔には、共犯者の親しみが込められている。

 それが心からの笑みだと知れて、少女は一つ警戒を解いた。

「アルルゥ」

「ん?」

「お嬢ちゃんじゃない。アルルゥ。

 こっちはムックルで、この子はガチャタラ」

 唐突な自己と家族の紹介も、女性は一瞬驚いただけで素直に受け入れていた。

 握り拳に親指を立てる仕草も、笑顔に相応しく潔い。

「アタシはティティカだ。

 よろしく、アルルゥ」

「ん」

 アルルゥもまた、力強く親指を立て返した。

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