うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・25~ トウカ参上・剣

 

 再びのオンカミヤムカイで、某(それがし)は忙しない日々を送っていた。

 まずは、トウカ姉が破壊して回った痕跡を一つ一つ丁寧に片付けて、ついでに、行き届かぬ場所の掃除や修繕も。

 食材が足りぬと聞けば買い出しに同行し、食器厨房の洗浄も率先して行った。

 伝令伝達はもちろんのこと、要請があれば各所の建設土木作業まで、ありとあらゆる職務に従事した。

 ――ただし、剣を使わぬことだけ、だ。

 愛刀は折れたまま鞘に納め、腰に佩(は)いたままでいる。

 幼い頃から馴染んだ重さを失うことは躊躇われた。

 亡き父から譲り受けた唯一の形見は、今やただの刀ではない。

 直面した危機から、幾度救われたことだろう。

 ふと重さを意識するたび、その一つ一つが脳裏をよぎり、心に黒い靄(もや)がかかる。

 気がつけば鞘を握り、願いを掛けていた。

 それで刃が繋がることなど無いと、もちろん分かってはいるのだが……。

「はん、情けない。

 貴様、それでも武士(もののふ)の端くれか」

 気づけば、テルテォが前に立っていた。

 いつもと変わらぬ居丈高な態度に、あからさまな挑発を見る。

 これでも皆の前では普段の通りに振舞っているのだ。

 わざわざ笑いに来ることもなかろうに。

 せっかくの憂鬱な気分が台無しだ。

「……放っておけ。

 お前につきあう気分じゃない」

 それでも、応じる気にはなれなかった。

 ここで拳を揮ったところで、なにも変わらぬことは分かりきっている。

「なんだその態度は。

 辛気臭いツラではしゃぎおって。

 鬱陶しくてかなわんと言っているんだ。

 ティティカ殿やアルルゥ殿はおろか、

 姉上にまで気を使わせるとは」

 早く呆れて立ち去ればいいものを、今日のテルテォはやけにしつこい。

「俺はっ……。

 これは、某(それがし)自身の問題だ。

 余人にとやかく言われる筋合はない」

 ……皆が心配してくれているのは、もちろん分かっていた。

 ただでさえ勘のいい連中が揃っているのだ。

 某(それがし)の下手な演技など通用するはずもない。

 それでも、他にどうしろというのだ。

 いっそこのまま消えてしまいたくなる。

 どうせ某(それがし)の末路など、この刀のように折れるだけだ……。

 不意に、襟首を掴まれ、体を持ち上げられた。

 テルテォが形相の憤怒を深める。

「くっ、なにを――」

「やかましいっ。

 貴様のような腐った奴を見ていると

 苛ついてくるだけだっ」

 殴るのかと思いきや、そのまま歩きだした。

 こちらの歩みを気にもせず、半ば引きずり運ぶように。

「お、おい。なにをする。

 どこに行く気だ」

「半死人は黙ってろ」

 投げつけられた言葉に、抵抗する気を失っていた。

 半分死んでいるとは、適切な表現だ。

 動いているのは体だけ。

 心が死んでいる某(それがし)は、なるほど、半死人と呼ばれるのが相応かも知れぬ。

 想いを巡らせている間にも、テルテォは進み続けていた。

 城を抜け、通りを行き、ついには上の街すら過ぎる。

 気がついたときには喧騒の中にいた。

 雑多多様な店並ぶ、オンカミヤムカイの下の町に。

 ようやく止まったと思った途端、店先に放り出された。

 まるでゴミでも投げるように、なんの遠慮も配慮もない。

「痛っ。

 お、お前な、

 いくらなんでも少しは考えて――」

「やかましい。

 さっさと新しい刀を見つくろえ」

 掛ける声も同様に、そっぽを向いての愛想ないもの。

 しかし、置かれた場の趣旨は、その意向を裏切っている。

 

 店先には、強靭鋭利な刀の数々が並んでいた。

 

「ここ、は……」

「見ての通り刀屋よ。

 頼まれれば打ちもするがな」

 あばら屋のような店の中から現れた老人が、機嫌よさそうにそう語る。

 老いてなお鋭い眼光が、只者ではないと感じさせた。

 刀を打つというのであれば、流れ着いた刀匠というところか。

 その腕の程はといえば……。

「これらはすべて、貴方が?」

「当然じゃろう。

 刀鍛冶が他人の作を並べてどうする」

 雑然と並べられた数本の刀は、一見しただけでそのどれもが逸品だと知れた。

 ゆるやかな反りは美しく、波打つ波紋は濡れたように鮮やか。

 射しこむ光すら斬り裂きそうな刃に、心の闇も束の間払われ、思わず息を飲んでいた。

「凄い……」

「わかるか。

 なかなか良い目をしているな。

 今は少しばかり翳(かげ)っているようじゃが。

 それで、どれを所望する?」

「え?」

 予想もしていなかった言葉に、思わず振り返る。

 これ程の名品、おいそれと手の出るものではない。

 少なくとも、某(それがし)ごときの懐でまかなえる額ではないはずだ。

 こちらの想いを受け流すように、老人は横へと言葉を向けた。

「お主はよいのか?

 新しい槍は。

 随分と苦労して金を工面しておったではないか」

「余計な気を回すな」

 テルテォは不機嫌を隠さない。

 いかにも苦そうな表情は、手製の簪(かんざし)を前にして浮かべていた表情だ。

 武士(もののふ)にとって武具は戦の道具でしかないが、同時に己の半身でもある。

 優れた品を手にするために、テルテォも苦心していたのだろう。

 誇りを削りながら簪(かんざし)造りに精を出していたのも、そのためか。

 ……その金で、某(それがし)の刀を?

「テルテォ、お前……」

「妙な勘繰(かんぐ)りはするなよ。

 貴様などどうなろうが俺の知ったことではない」

 それでも、語る言葉に気を使う気配はなく、

「だが、姉上と共に戦う者が腑抜けではたまらん。

 少しでも邪魔になりたくなければ、

 さっさと新しい刀を調達しろ」

 いつもと変わらぬその態度が、今は無性にありがたかった。

 こみあげる想いを、しかし、素直に語ることはできず、

「お前こそ、それでも武士(もののふ)の端くれか」

 返す言葉も同じように、遠慮を考えぬ悪辣なものになっていた。

 日頃の某(それがし)たちに相応しいやりとりに。

「な、なに?」

「これほどの逸品を前にして、

 その一つを簡単に選べるものか。

 自らの片割れとして

 武具の重要さぐらいわかるだろう。

 適当に見つくうような真似ができるか」

「や、やかましいっ。

 貴様ごとき半人前が人並みに語るな。

 その辺の木片でも

 出来る程度は変わらぬだろうに」

「なん、だと?

 貴様――」

「なんだ、やる気か。

 腑抜けの分際で」

「やらいでかっ。

 このデクノボウが!」

 拳を握り、殴りかかる。

 それでなにかが変わるわけではない。

 事態は良くも悪くもなりはせず、痛みばかりが残るだけ。

 だが、殴る痛みも、殴られる痛みも、決して不快なものではなかった。

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