うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「さ、まずは無礼講でいこうじゃないか」
まずはもなにも、ティティカ姉が絡んで無礼講にならなかった酒会を某(それがし)は見たことがないのだが、とりあえずは黙しておいた。
わざわざ野暮を言って機嫌を損ねる必要もない。
借り受けた城の一室、整然と並べられた膳の前には、『ティティカルオゥル』の一同が座していた。
親睦を深めるためと、旅の労をねぎらうため。
そして、新たなる団員とトウカ姉の歓迎のために。
「さあさ、
トウカ殿も、まずは一献」
「かたじけない。
ありがたくいただきます」
「遠慮する必要はありませんわ。
わたしたちの歓迎の宴なのですから」
「それはまあそうなのだが……。
少しは遠慮することを覚えた方がよいぞ」
「エエ、エエ。
控え目に頂きます、ハイ」
「……お前はいつの間に入団していたんだ」
親睦もなにも、無礼講を地で行く連中ばかりだ。
この団にいると、時おり自分の方がおかしいのではないかと感じてしまう。
ウルトリィ様の護官に戻してもらえぬか、ムント殿に掛けあってみよう。
某(それがし)の思いとは無関係に、話は弾んでいるようだった。
「愚弟がご迷惑をおかけしております。
皆さんには感謝の言葉もございません」
「いやいや、タイガは役にたってるよ。
今のウチには欠かせない戦力さ」
「ティティカ姉……」
「タイガがいなかったら、
ウチの台所事情は壊滅的な状態に
なってるだろうからねぇ」
「ん。トラの料理、おいしい」
「ヲィ」
まったく面白くもない話であったが。
「うむ。
この子は昔から、剣術以外のことは
人並み以上にこなしていました。
子供の頃は、剣よりも包丁を握る方が
好きでしたからね」
酒が入っているせいか、あるいはいつものことか、トウカ姉は軽口にも神妙な顔で答えていく。
「ト、トウカ姉。
そんな昔の話は――」
「トウカ姉様。
トラちゃんどんな子供だったの?
なにか面白い話とかなぁい?」
「恥ずかしい話とかでもよろしいですわよ」
なにやら怪しげな流れの話に、カミュとカリンが食いついてきた。
「カ、カミュ、カリンっ。
お前らなに、うぉ?」
アルルゥまでもが、止めようとした某(それがし)の背を踏みつけてきた。
なぜに目を輝かせているのかっ。
「面白いかはわかりませんが、
里では嫁にしたい娘として
常に名を連ねていましたね」
期待のまなざしに応え、トウカ姉は語りだしていた。
よりにもよってその話かっ。
上げようとした抗議の声は、三人に押さえこまれて届かない。
「ためしに化粧をほどこして
祭に出してみたところ、
里中の娘にやっかまれておりました」
「トウカ姉!
こいつらにそんなことを言ったら――」
「そういえばあの時に求婚された相手は、
結局どうしたのだ?」
「だーかーらー!」
……
……
某(それがし)たちのドタバタも意に介さず、トウカ姉は平然とした顔で昔語りを終えていた。
こんな話でよろしかったでしょうか、などと恐縮していたが、三人にとっては十分すぎるほどの肴であったのだろう。
怪しげな目の光を見れば、嫌でも知れた。
「ふーん、ふーんっ。
そっかぁ、トラちゃんモテモテだったんだぁ。
言われてみれば女の子の格好も
似合いそうだよねー。
ぬっふっふ……」
「な、なんだそのイヤな笑みは……」
「べつにぃ。
ちょっとわたしたちも見てみたいなー、
なんて考えてもいませんわ」
「……そう言いながらなにを用意している。
なんだ、その化粧箱は。
や、やらんぞ、そんなこと……。
ア、アルルゥっ。いい加減にどけっ。
だ、だだっ、く、首を固めるな!」
「じっとしてる」
「や、やめ――」
「むっふっふ。
だいじょうぶだいじょうぶー」
「やさしくしてあげますわ」
「いたいのはさいしょだけ」
「みゃああああ!?」
暴れてみるが、カリンに押さえられては抗(あらが)えるはずもなく、宴席の只中で辱めに耐えるばかり。
そんな某(それがし)の情けない姿を、トウカ姉は懐かしそうに眺めていた。
「変わっていないな。
昔もそうやって皆で楽しそうに遊んでいた」
違う。
昔から言っているが、それは違うのです、トウカ姉。
心の叫びは心の中にしか響かないので、当然届くはずがない。
トウカ姉は周囲と共に笑いながら、取り分けもせずに鍋などつついていた。
普段なら無作法と自らを戒(いまし)めているはずだが、場の雰囲気に釣られたのだろう。
酔いのせいか手元も見ぬまま、取った肉を汁ではなく、カラシの中につけていた。
辛味の際立った特上の品である。
黄色い塊は躊躇もなく飲みこまれ、その風味を存分に発揮していた。
「もひっ?
ひ、もひいぃぃぃぃ!?」
トウカ姉が奇声をあげて飛び上がった。
赤い顔は見ているだけで辛い。
「おおっと、大丈夫かい。
ほれ」
「か、かひゃじけにゃひ……
げふぅ!?」
かと思えば、手渡された椀を一息に飲み干し、直後、盛大に噴き出してみせる。
元はティティカ姉の手にあったもの。
当然酒で、かなり強い。
酔いと辛味に驚いたトウカ姉は、派手に暴れだした。
膳を蹴り上げ、のた打ち回り、周囲にまで混乱を広げていく。
「うわわっ、
ト、トウカ様、落ち着いてください!」
「だっずあっちぃゃあい!
椀を蹴り飛ばすな!」
「ひいぃ、
な、鍋が、鍋が飛んできますっ、ハイィ!」
阿鼻叫喚と呼ぶに相応しい光景。
ここが本当にオンカミヤムカイであったか、心の片隅で思案していた。
変わらぬ笑い声を聞いていると、どうにも確信がもてなくなる。
「あはは、
にぎやかでいいねぇ」
「にぎやかというよりはやかましいぞ。
まったく、よく似た姉弟だな」
「はあ。トウカ姉も変わっていません……」
某(それがし)は、紅を塗られる感触に涙を流しながら、転がりまわるトウカ姉を、なんとなく見続けているよりなかった。