うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
城の庭の一角を借り、『ティティカルオゥル』の一同は模擬戦に励(はげ)んでいた。
見なしている敵は、ただ一人。
「ハアアアアアアア!」
「フッ!」
無数の斬撃に渾身の一撃。
某(それがし)とカリンが放った刃の雨を、トウカ姉は真っ向から流す。
――顔色一つ変えず、剣戟の音すら響かせずに、だ。
某(それがし)が向けた刃はすべて、狙った軌道を逸らされていた。
なめらかな剣の動きに、打ち合うことすら許されない。
力が足りぬわけではないのだ。
カリンの剛剣ですら、同じように捌かれているのだから。
「クっ……」
「こんのっ!」
「剣筋が粗すぎる。
もっと虚実を考えろ」
手応えの欠片も感じられぬ先から、涼しげな指導が聞こえてくる。
これでも全力で剣線を定め、虚を交えているというのに……っ。
「上ばかりを見るな。
基本しか出来ぬ者は
基本だけを忠実に守ればよい」
受け流す剣からも焦りが伝わり知れるのか、トウカ姉の助言は実に的確だ。
「く、そっ!」
「お母さま並のバケモノですわね」
ぼやくカリンと共に一度退く。
珍しく同意見だ。
こちらは息も絶え絶えだというのに、トウカ姉の声はまるで乱れていないのだから。
などと、不条理を嘆いている暇などない。
隙を見せれば間髪いれず打ちこんでくるのだ。
早くも悲鳴を上げ始めている体に鞭を打ち、次の体勢に構えを正す。
踏み出そうとした瞬間、横からの気配に足を止めさせられた。
二人の騎兵が四刃の槍を回しながら、トウカ姉へ突っこんでいく。
「ムっ……」
さしものトウカ姉も表情を変えていた。
あの勢い、姉弟の攻撃には、まるで手加減が見られない。
灰色熊(グルィボゥ)の身すらのけぞらせた一撃だ。
人の身で受ければ肉片すら残るまい。
「トウカ姉――」
思わず上げかけた不安の声も、次の瞬間には意味を失う。
「ぬおお?」
「なっ……?」
なにをどうすれば斯様な結果に至るのか。
トウカ姉への突撃を果たしたニ騎は、同時に、宙へと撥ね飛ばされていた。
ウマ(ウォプタル)二頭が豪快に空を飛んでいく姿には、もはや呆れる他にすることがない。
「なにをどうすれば
ああいう風になりますの?」
「さあ……」
「うー、トウカ姉様、強すぎるよー。
どうしよう、法術でふっとばす?」
「いや、それはさすがに……」
「まかせる」
「アルルゥ?」
成す術をなくした某(それがし)たちの前に、希望の星が歩み出てきた。
ムックルにまたがったアルルゥが、悠然とトウカ姉と対してみせる。
迎える側も真剣そのもの。
「アルルゥ殿。
手加減はしませんよ」
「ん。アルルゥも」
日頃の甘やかす表情も、そこにはない。
うなるムックルを前にして、トウカ姉には一寸の気負いも見られなかった。
両者の間を走る緊張に高まる、かつてない勝負の予感。
思わず援護を忘れ、見入っていた。
流れる雲が日を隠し、薄い影が場を覆う。
短い静寂の中に響くのは、低い獣のうなりだけ。
再び日が射した瞬間、アルルゥが動いた。
同時に踏みこんでいたトウカ姉の眼前に、ゆるやかにガチャタラを投げつける。
「にゃ?」
『キュ?』
トウカ姉は放ちかけた剣を途中で止め、顔で衝撃を受け止めていた。
勢いはさほどのものではない。
むしろ、その柔らかさこそが最大の攻撃だったのだろう。
『キュキュキュ』
「は、はう?
はう、うあ――」
首の周りを這い回るガチャタラに対する悲鳴は、なんというか、溶けた氷菓子ような声。
『キュイイ』
「ううぅ、かわいいにゃ~」
頬をすり寄せるトウカ姉の姿は、先刻までの勇ましさからは想像もつかないもので、
某(それがし)たちは、先までとは別の意味で言葉を失った。
「……は?」
囲む視線にようやく気がついたのか。
視線を二度さまよわせた後、トウカ姉は一つ咳払いをし、無駄に偉そうな口調を取り戻した。
「きょ、今日のところは
この辺にしておこう」
……その手にガチャタラを抱えたまま。
まあ、異論が上がるはずもなく、
稽古はアルルゥの一人勝ちで幕を閉じたのであった。