うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
板張りの稽古場にてトウカ姉の指導を受けていると、小さな客が訪れきた。
「やってますわね」
「これは、カリン殿。
貴女も稽古に?」
「ギリヤギナはそういったことはいたしませんの」
「はは。
お母上も同じような事を申していましたな」
素振りをくり返す某(それがし)を眺めながら、二人はそんな言葉を交わしていた。
並び立つ様はどこかチグハグで、それにしては妙にしっくりくる。
複雑な感覚はトウカ姉も同じなのか、なごやかに話を進めながら、口からは時おり苦々しげな想いをこぼしていた。
「トウカさまは、
お母さまとは懇意の仲だと
うかがっておりますわ」
「ええ、それは、まあ、確かに……。
友人としてあまり褒められた人物では
ありませんでしたが」
「あら。
お母さまったら、一体どんな悪行を?」
「はい……
酒代の代わりに某(それがし)を
雇兵(アンクアム)として売り飛ばすのは序の口。
暇だという理由で
嫁に出されかけたこともありましたね……」
聞こえてくる話の内容に、思わず剣が抜けかかる。
昔から騙されやすい性格ではあったが、そこまで極端な逸話を持つに至っていたとは。
恨み節はまだまだ尽きない。
「逆に、男を演じさせられて
無数の女人に追い回されたり、
刀一本で坑道を開通させられたり……。
刀と言えば、知らぬ間に
売り飛ばされていたこともありました。
あの時はとり戻すために
どれほど苦労したことか……」
「お母さまらしいですわね」
コロコロと笑うカリンの声に思わず頬を歪めた直後、不穏な視線を向けられているのに気がついた。
語るうち、なにかに耐えきれなくなったらしいトウカ姉のまなざしに。
同時に、過去を思いだす。
幼い頃、トウカ姉が誰かに騙されるたび、その苛立ちを発散するように行われた特訓の数々を。
トウカ姉は、殺気を漂わせながら剣を抜き、ゆっくりと近づいてきた。
伏せた顔は影に隠れ、しかし、目だけは爛々(らんらん)と輝いている。
それはいつぞや聞いた、街道の禍日神(ヌグィソムカミ)を彷彿とさせる禍々しさ。
「ト、トウカ姉……?」
「……乱取り稽古だ。
構えろ、タイガ」
「イヤイヤイヤ、違う!
トウカ姉、それただの逆恨みだから!
ほら、剣にも『怨(オン)』がこもってるし!」
「そういう輩(やから)も世には多かろう」
「そんな、武士(もののふ)として、
心乱したまま剣を握るなど――」
「ええい、ごちゃごちゃとやかましいっ。
いくぞっ!」
「そん、なっ、なあああああ!?」
揺らめく刃はゆっくりと、しかし鋭い剣閃を描き、
一瞬で某(それがし)の意識を狩りとっていった。