うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・30~ トウカ参上・慰安

 

 ある日、下の町を歩いていると、身を寄せて話しこんでいるテルテォとニコルコの姿を見かけた。

 珍しい二人組である。

 同時に、妙にいかがわしい組み合わせだ。

「なにしてるんだ?」

「のわ?」

 掛けた声に対する反応が、ますます怪しい。

 テルテォは怯えにも似た驚きを見せた後、心の底から安堵していた。

「なんだ、お前か。

 驚かすな」

「なんだ、じゃないだろう。

 なにをコソコソとしている。

 なにかよからぬことでも

 企(たくら)んでいるのではないだろうな」

「貴様には関係のないことだ」

「なんだと?

 お前、一体なにを――」

「マアマア、お二方とも。

 往来で騒ぐのもなんですし」

「む……」

 ニコルコの柔らかな物腰に、テルテォはかろうじて荒げかけた声を抑えた。

 この周辺でも随分と騒ぎを起こしている。

 これ以上評判を悪くする気は、某(それがし)にもない。

 こちらが冷静になるのを見計らっていたのだろう。

 言葉を継ぐニコルコの間は的確だ。

「我々、なにも悪さを

 しているわけではありません。ハイ」

「どうだか。

 お前ら二人が一緒にいるんだぞ?

 怪しむなという方が無理だろう」

「貴様……」

「マアマア、テルテォ様。

 どうでしょう。

 ここは、タイガ様も交えて三人で、

 というのは」

「こやつとだと?

 冗談では――」

「イヤイヤ、タイガ様も、

 テルテォ様とはまた趣(おもむき)の異なる

 美丈夫ではありませんか。

 連れは多い方が集まりもよいというものですよ?」

「む」

「懐具合の方も頼りになりそうですし」

「ふむ……」

「おい、

 一体なんの話をしている?」

 どうにも会話がキナ臭い。

 いよいよ不審を募らせると、テルテォが振り返っていた。

 ざっくばらんに、気負いのない声をかけられる。

「まあいいだろう。

 タイガ、お前も付きあえ」

「付きあう?

 なんだ、酒か?

 某(それがし)はあまり得意ではないぞ」

「酒もまあそうですが、

 それはついでです、ハイ。

 本命はコレでして……」

「コレ、って、おま……っ」

 ニコルコが見せつけてきた左の手の内には、小指を立てた右手があった。

 意味する事に思い至り、自然と頬が熱を持つ。

「な、な、なにを考えてるんだ、

 お前らっ」

「なにって、

 男だけで飲んでも面白くあるまい」

「こ、ここはオンカミヤムカイだぞ。

 そんな、破廉恥な店が――」

「酌取りを置いている店ぐらい

 珍しくもなかろう」

「それは、そうだろうが……」

「まあ、探せばタイガ様が

 お望みの店もありますが、ハイ。

 そちらの方がご所望で?」

「だ、誰が望んでいる、誰がっ」

「ま、そういう流れも

 なくはないだろうがな」

 言いながら、テルテォは口の端を上げていた。

 美味い料理を食いにいく楽しみを示すように。

 なんというか、邪(よこしま)ながらも純粋な笑みだ。

 とても同意はできなかったが。

「そ、そういう不埒な真似は……」

「なんだ貴様、まだ女を知らんのか」

「そ……」

「色事も雇兵(アンクアム)の嗜(たしな)みだろうが。

 興味がないわけでもあるまい」

「……それは、まあ……」

「我等は明日も知れぬ身。

 楽しめる時には楽しまねばな」

「そういう考えもまあ、

 あるだろうが……」

「マアマア、それは置いておいても、

 たまには女人を交えて飲むのもよいではありませんか。

 団の皆さん相手では、

 なかなかゆっくり酔えませんでしょう?」

「う、うむ……」

 ニコルコのささやきに、日頃の宴が脳裏を過ぎる。

 うわばみじみたティティカ姉に、飲むほどに毒を吐くリネリォ殿。

 それはまだよい方だ。

 カミュの暴走は天然なだけに予想がつかず、カリンが知恵をつけてからは、ますます手がつけられなくなっている。

 アルルゥまで加わった日にはもう、目も当てられない。

 あの計算高さと野獣の暴力は……。

「……確かに、

 静かに飲みたくなる時もあるが」

「男の絆は酒を交わしてこそ

 培(つちか)われるともいいますし、

 どうでしょう、

 ここは、親睦(しんぼく)を深めるためにも、

 ということで」

「う、む。

 いや、しかし、

 うーむ……」

「酌も控え目な方についていただければ、

 タイガ様の気分を害することもないでしょうし。

 剣客たるもの、酒に雅(みやび)を感じる方も

 少なくはないとお聞きします。

 どうで――」

「おい、ニコルコ……」

「ハイ?

 ああ、これは……」

 いつしか語りかける声は離れ、某(それがし)は黙し、思案にふけっていた。

 心労は最近に限ったことではない。

 アルルゥと出会って以来、片時も油断の出来ぬ日々が続いている。

 武士(もののふ)にとって緊張は常につきまとうものではあるが、張りつめっぱなしというのもよくはないだろう。

 強靭な弓とて、用を成さぬ時は弦を休ませるものだ。

「……そうだな。

 あの連中の子守りに、だいぶ心も疲れているのは確かだ。

 たまには気分を変えるのもよいだろう」

「子守り?」

「ああ。

 アルルゥやカミュだけでも

 手に負えなかったというのに、

 カリンが加わってからはもう……」

「ふぅん。疲れてましたの」

「たまには休まねばな。

 あまり気は進まぬが、

 余人に酌を頼むというのも

 よいかもしれぬ。

 淑やかな大人の女性であれば

 心も癒されるであろう。

 線の細い、紬(つむぎ)の似合う清楚な美人で――」

「おっぱいおおきいひと」

「いや、それはあまりこだわらないが、

 まあ大きくて悪いことはない……な?」

 いつの間にかつぶやきが漏れていた。

 応じる声に気がついたのは、その少し後。

 テルテォ、ニコルコとは明らかに違う、若い娘の声に。

 確認するまでもなく、よく聞き知った三人のそれは、弾みながらも力があった。

 ゆっくりと振り返る。

 笑顔のカミュと、微笑むカリンと、平たい目をしたアルルゥが、そこにいた。

「な、あ、れ?

 テ、テルテォ?

 ニコルコ、は、どこに行った……」

「その二人なら、

 足早に向こうへ消えていきましたけど?」

「お、のれっ、逃げたな。

 奴ら――」

「おおっとぉ。

 どこへ行くつもりかなぁ、

 トラちゃぁん?」

 全力で場から走り去ろうとして、完全に失敗した。

 襟首を尋常ならざる強さで掴まれる。

 振り返って見たカミュの顔は、薄い影に隠れていた。

 爛々(らんらん)たる目の輝きだけを強調する様は、隣のカリンも同じ。

「い、や、違うんだ、

 その、今のはだな。

 二人の入れ知恵というか、

 悪巧みを聞かされただけで――」

「そっかぁ。

 トラちゃん、疲れてたんだぁ。

 カミュたちのせいで」

「気づきませんでしたわね。

 わたしたちったら」

「い、いや、

 そんなことはないぞ、全然」

「癒してあげないといけないよねぇ、

 カミュたちが」

「そうですわね。

 わたしたちで」

 腕を、肩を、頭を。

 順に掴まれ拘束される程に、嫌な汗が流れ落ちていく。

 なんというか、それは、トウカ姉と対じた時とは質の異なる冷たいもの。

「き、気づかいは無用だぞっ?

 その気持ちだけでもう十分に――」

「それじゃ、行こっか」

「ええ」

「な、んだ?

 どこに――」

「それはもう、

 トラちゃんを癒してあげに」

「そうですわ。

 誠心誠意、真心をこめて」

「ひ……

 ア、アルルゥ 助け――」

 思わず、まったく動かぬアルルゥに助けを求めていた。

 本当に動かない。

 両手を持ち上げたまま微動だにしないその表情は、

「……アルルゥ?」

「……おっぱい」

 自身の胸をさすりながら、影の相と光のまなざしを宿していた。

「き、気にするな!

 すぐに大きくなるさ、うん!」

「……アルルゥもいやす。

 ムックルとガチャタラも、

 力いっぱいやる」

「ま、まて、まてまてまて!

 それ、間違ってる!

 絶対に間違ってるから……!」

 響くわめきを気にも留めず、三人は歩きだしていた。

 某(それがし)に「癒し」をほどこすために。

 後はもう、語る必要もないだろう。

 

 往来での評判は、結局地にまで落ちることとなった。

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