うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・10~ アルルゥといっしょ・キママゥ討伐

 

『ギシャアアア!』

「フッ!」

 飛びかかってきた奇声、頭上に落ちくる鋭い爪を、一歩だけ退いてやり過ごす。

 交錯に奔らせるのは渾身の一閃。

 刃は狙いに違いなく、醜いサルの歪んだ貌を横一文字に断ち割った。

 地に沈んだキママゥは、もう動かない。

 断末魔すら残すことなく、その身は転がり骸と化した。

 だが、気を緩めている暇はない。

 見回す必要すらなく、新たなキママゥはすぐそこにまで迫っているのだから。

『ガアアア!』

『グシャア!』

 一つだけ息を吸い、飛び来る新たな殺意に構えを直した。

 

 

 怒りのまま、流されるまま、けっきょく某(それがし)はキママゥ退治などという安い仕事を引き受けてしまっていた。

 一時の感情を制することもできずに、なんとも浅はかな選択を下したものだ。

 いや、己を省みるのは後にしよう。

 一度約定を交わした以上、それは守られなければならない。

 エヴェンクルガの名にかけて。

 

 

 村へと続く道の上、囮に用意された荷馬車を狙い、キママゥどもはやってきた。

 血走った目に牙を剥きだし、怯える様子の欠片もなく、だ。

 本来は狡賢くも臆病な獣であるはずなのだが、凶暴化しているという話は真であったらしい。

 その力、素早さはヒトを遥かに上回り、なるほど、村の狩人では返り討ちにされるのがオチだろう。

 だが、武士(もののふ)には遠く及ばない。

 向けられる爪や牙を、捌き、躱し、

 流れる動きのまま剣を振る。

 円を描いた刃の軌跡は獣の腹と背を斬り裂き、

 宙に真っ赤な華を咲かせ、散らした。

 ――よし――

 我ながら会心の剣に心の内で快哉を叫ぶ。

 と同時に、慌てて周囲を見渡しアルルゥを探した。

 彼女も某(それがし)と共に、この退治行に加わっているのだ。

 いかに森の母(ヤーナマゥナ)とはいえ少女の身、戦う力は持ち合わせてはいないはず……

 荒ぶる息を整えながら、気配を追ったその先には、

 

 血肉の海が生まれていた。

 

「な……」

 中心にいるのはムックルだ。

 四方から襲いくるキママゥの群れを、振り薙ぐ爪と剥きだしの牙をもち、瞬きの間で血溜まりに沈めている。

 白い体に鮮血をまとった巨大な獣の荒ぶる様は、見ているこちらの肌を粟立たせた。

 それは、日頃アルルゥに叱られて身を縮めている姿とはかけ離れた、森の主(ムティカパ)と呼ぶに相応しい雄々しさ。

 自然と出会いの恐怖を思い出す。

 戦慄に心がギシリと軋む。

 だが、真に息を飲んだのは、

 

 森の主(ムティカパ)にまたがり、血に濡れながら、

 それでも覚悟を崩さない森の母(ヤーナマゥナ)の姿にこそ、だった。 

 

 気を取られたのはほんの一瞬。

 だが、戦の場ではそれが致命に至る。

 背後に、キママゥが迫っていた。

『キイイイイ!』

「!?

 しまっ――」

 敵はすでに眼前、伸ばされる爪に、かろうじて刃を重ねる。

 だが、一瞬だけこちらが遅い。

 思う間もなく、肉を貫く鈍い音が響く。

「ぐっ

 ……う?」

『ギ、ギゲェ……』

 覚悟した熱い痛みは、しかし伝わってはこない。

 代わり、迫っていたキママゥが、横に落ち断末魔の残りを吐いていた。

 

 太い矢に貫かれ、大地に深く縫いつけられて。

 

「これ、は……」

 キママゥの突撃、対する某(それがし)の剣振る動きまで、読みきった横からの一射は、寒気がするほどの正確さで敵を屠っていた。

「余所見してんじゃないよ、

 エヴェンクルガのお侍さま」

 遠くからの声は晴れやかで、確と耳に届いた。

 弓を備えた傾き女だ。

 確か名は――

「ティティカ殿」

「ほらほら、まだいっぱいくるよ。

 いいトコ全部もってかれてもいいのかい?」

 礼を返すべきなのだと、思いつきすらしなかった。

 軽い言葉の向けられた先、深い森の奥からは、さらに無数の眼光が近づきつつある。

『ヴォウ』

 迎え討たんと、ムックルが一歩を前に出た。

 手足を真っ赤に染めながら、気力体力ともに、まるで衰えていない。

 アルルゥを背に佇む姿の、なんと堂々としていることか。

 ……なぜか、無性に悔しさがこみ上げてきた。

「まだまだ。某(それがし)はこれからだっ」

「ムリしなくていい。

 トラ、ヘタっぴなんだから」

「無理じゃない!」

 失礼極まるアルルゥの言葉を斬るように刃を振り、ムックルよりさらに前へ出る。

 森からは、一斉にキママゥどもが飛び出してきた。

「いいねぇ。

 熱い子は嫌いじゃないよ、アタシ」

 楽しげな声と共に放たれた新たな二矢が、それぞれに二匹のキママゥを貫いた。

 気に留める様子もなく、群れはさらに迫りくる。

 ええい、待つのも面倒だ。

「オオオオオ!」

 燃える心を叫びに変え、敵の只中へと飛び込み、迫りくるモノを端から刻む。

 浴びる血も、鈍る刃も、漂う鉄の匂いも忘れ、ただ一振りの刃と化す。

 遠慮も配慮も必要としない獣じみた戦いの中では、時の流れも曖昧となり、

 

 ――それから、果たして何匹を屠っただろう。

 

 日が暮れ始める頃には、凶暴なサルの群れも、すべて討ち果たしていた。

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