うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・33~ トウカ参上・因縁弐

 

「失礼します。茶をお持ちしました。

 おや」

「あら、ありがとうございます」

「おじゃましていますわ」

 茶を届けに来たウルトリィ様の私室には、珍しい来訪者が座っていた。

 賢大僧正(オルヤンクル)を前にして、すっかりくつろいでいるその少女は、

「カリン。

 お前、ウルトリィ様に

 失礼をしていないだろうな」

「あなたの方が失礼ですわ。

 わたし、これでも一国の姫ですのよ」

 そういえばそうだったか。

 日頃の態度と恨みのため、すっかり忘れていた。

「お話を聞きに参りましたの。

 ウルトリィさまとお母さまは、

 殺しあうほどの親密な仲だと

 うかがっておりましたから」

「あらあら、カルラったら」

 若干の不穏を感じさせる会話に、ウルトリィ様は少し赤らんだ頬を片手で押さえた。

 照れているようだが、照れるところか、今のは?

 カリンの声によどみはない。

「ウルトリィさまのことは、

 お母さまからたびたび聞かされましたわ。

 オンカミヤムカイの姫でありながら

 おごったところがなく、

 気を許せる数少ない友であったと」

「まあ」

「純白の翼は清らかさを表し、

 金の髪は日の光のように

 皆に温もりを与える。

 鈴のような声は慕う人々のみならず、

 反目する者たちもほだされると」

 語る内容は正にその通り。

 ウルトリィ様がもつ、非の打ち所のない人となりを、的確に示していた。

 柔らかな口調には、それを聞かせた者の親愛まで込められている。

「うむ。

 カリンの母上は

 高い見識の持ち主なのだな」

「タイガ様まで、そんな。

 私(わたくし)は、そこまで褒められるような者では――」

「その美貌と美声、

 そして美乳で陥落してきた男は数知れず。

 本人の自覚とは無関係に

 惹きつけるだけにタチが悪いと」

 次がれた内容に、思わず語り手を仰ぎ見る。

 言葉の調子はそのまま、カリンの話はどこか別の方向に向き始めていた。

「そもそも外面(そとづら)が良すぎますわ。

 ああいうのに限って

 腹の中では黒いことを考えているもの。

 あの柔らかな物腰で

 結局あるじさまも攻め落としていましたし。

 それももう後数年ですわね。

 オンカミヤリューであの胸では、

 垂れてくるのも時間の問題でしょうし」

 途中からは、聞かせた者の言葉そのものになっていたような。

 代弁を終えたカリンは、満足げな表情を浮かべていた。

「――と、

 そんな風に言っていましたわ。

 お母さまは」

「ふ、ふふ、

 ふふフフフフフフフフフ……」

 唐突に聞こえきた笑い声に、思わず身を引き、横を見る。

 ウルトリィ様は笑みを浮かべたまま、変わらぬ朗(ほが)らかな声を響かせていた。

 ……いや、変わっていないことはないか。

 物腰も口調も笑みも同じだが、間違いなくなにかが違う。

 そうでなければ、こんなに背筋が凍ることなどないはずだ。

「カルラったら、

 そんなことを……」

「ええ。楽しそうに」

「そう……

 今は、旅に出ているのでしたかしら?」

「そうなんですの。

 どこにいるとも知れませんわ。

 まあ、生きてはいると思いますけど」

「そうですね。

 あのカルラですものね……」

 恐れを抱く某(それがし)を余所に、二人の会話は続いていた。

 なごやかに、殺伐と。

 特にウルトリィ様の様子たるや。

 いつもとなにも変わっていないはずなのに、恐ろしくて目が見れない。

 不意に、その姿が立ち上がった。

 そのままスタスタと、澱みなく歩いていく。

「ウ、ウルトリィ様?

 あの、どちらへ……?」

「ええ。ちょっと人を集めに」

 外へと向かって、にこやかに。

「カリン様」

「はい?」

「カルラのことは私(わたくし)にお任せ下さい。

 必ずや見つけだしてみせますから。

 ええ、必ず。

 ふふ、うふふふふふふ……」

 本当ににこやかだった。

 知らぬ者が見たのなら、心が洗われるような笑顔であったろう。

 だのに、なぜ某(それがし)は目をそらしてしまうのか。

 ウルトリィ様の足音が遠ざかり、遂には聞こえなくなっても、その答えはでなかった。

「……なあカリン。

 お前の母上、殺されるのではないか?」

「お母さまなら大丈夫でしょう。

 頑丈なのが取得(とりえ)な人ですから。

 それに」

 そして、事の元凶は本当に変わらない。

「これで見つかれば

 探す手間が省(はぶ)けるというものですわ」

 カリンの見せる陽気な笑みは、本当に無邪気そのもので。

 某(それがし)は、女人の不可解をまた一つ思い知らされたのであった。

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