うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
アルルゥと共に買い出しに来た町で、不穏な気配に足を向ける。
雑多な街並みを縫い進んだ先では、ニコルコが露店を開いていた。
情報を集めるためだと聞いてはいたので、何をしていても驚きも関与もする気はなかったのだが、今の状況では話が別だ。
カミュを相手に商売している様など見ては。
「カミュちー」
「お、アルちゃんトラちゃん」
「オヤオヤ、お二方。
そろって逢引ですか?」
「ただの買い出しだ。
お前の方は、またなにか怪しげなモノを
売りつけようとしているのではあるまいな」
「イエイエ、そのようなモノは。
今日は足のつかないものしか
おいておりません、ハイ」
……いつもはどんなものを置いているのか、知りたいような、知りたくないような。
並べられた品々の前で、カミュはいつものように元気であった。
「ニコちんはねー、
今日はお化粧品屋さんなんだよ。
白粉(おしろい)とか紅とか、色々あるんだねー。
カリリンにも一緒に来てもらえばよかったなー。
ね、こっちのはなーに?」
「ハ、ハイハイ。
そちらは素馨(そけい)から生成した香の水ですね。
花の香りが女性の魅力を
さらに引き立てますです、ハイ」
応じるニコルコが押されて見える。
いや、実際、妙な気兼ねが見えなくもない。
カミュを相手にはどこか一歩引いているような。
それは、畏れや敬いというよりは、むしろ――
「ねえねえ、トラちゃん。
どうかな、こんなの?」
思案を呼びかけに遮られる。
カミュが顔を寄せきていた。
その手に持った白粉(おしろい)や紅を、某(それがし)に評価しろというのか?
思わず想像してしまう。
肌をほんのり白く塗り、鮮やかな紅をさしたカミュの姿を。
なぜかティティカ姉のような着崩れた装いで、無駄に肌を露(あらわ)にした格好だった。
自然と背筋が凍りつく。
そんな姿が甘い声でささやきかけてきた日には、どんな無理難題を聞かされることか。
「い、いや。
カミュには必要ないんじゃないか、
そういうものは」
「えー、なんで?」
「その、なんだ……
カミュは、今のままでいるのが一番じゃないか」
答える声は、当たり前だが裏返っていた。
不満そうなカミュの態度に、言葉はますます混乱していく。
「うーん、そう?」
「そうだともっ。
こんな化粧になど頼らずとも、
カミュは十分に魅力的だと思うぞ」
「え? ホント?」
「無論だ。
エヴェンクルガに二言はない」
「やーん、
照れちゃうにゃー」
そんな支離滅裂がどう作用したものか、カミュは赤くなった顔を両手で押さえて悶えていた。
よくわからないが、助かったようだ。
だが、現実は、胸を撫で下ろす暇すら与えてくれない。
「イヤイヤ、
タイガ様もお上手ですね。ハイ」
「上手?」
「ハイ、ハイ。
正直なくどき文句だと思いますです、ハイ」
「くどっ?
ち、違っ、某(それがし)は、
そういうつもりで言ったわけでは――」
「わかってるよ、もう。
でもねー、そんな風に言われちゃうとねー」
含み笑うカミュの声はどこまでも楽しげで、こちらの顔をますます引きつらせる。
不意に、首筋に視線を感じた。
どこか『怨(オン)』めいた、悪寒を走らせる視線だ。
恐る恐る背後を振り返る。
アルルゥが、平たい目をして突っ立っていた。
「ア、アルルゥ?
どうした?」
「……どうもしない。
はやくゴハン買いにいく」
「ぐぎゃ?」
ぶっきらぼうな言葉と歩みは、某(それがし)の足を踏みながら。
知らぬ顔で進んでいくアルルゥの後を、片足跳びで追う。
「おいっ、足踏んだぞ」
「しってる」
「知ってるって、なんだそれはっ。
おい、アルルゥっ」
呼びかけに答えはない。
小さな背中は、足早に往来を先へと進んでいくだけ。
遠ざかる露店から聞こえてきたのは、呆れたようなつぶやきの声。
「やれやれ。
トラちゃん、もっと乙女心ってものを
勉強しないとダメだよー」
できるのなら教えて欲しい。
意味もわからぬまま足を踏まれぬ程度でよいから。
答える術も暇もなく、某(それがし)は片足でアルルゥを追いかけるのだった。