うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・36~ トウカ参上・父

 

「ワーベ様っ」

「ぐべっ」

 追いついた老体の腕を取り、速やかにひねりあげる。

 動きだけを封じつつ、力の流れには注意を払いながら。

「つまみ食いはお止め下さい」

「わ、わかったから、放せ」

 法術にさえ気をつければ、元の賢大僧正(オルヤンクル)とて対処できぬ相手ではない。

 いつでも押さえこめる位置を保ちながら、わめく老体を開放した。

 意図は伝わったのだろう。

 団子の入ったカゴを床に置くワーベ老は、やけに素直だ。

「むぅ。

 先の賢大僧正(オルヤンクル)に対して

 容赦なくなりおって」

「ウルトリィ様に厳しく言われましたので。

 これもワーベ様のため、

 ひいてはカミュのためだと」

「カミュのため、か……」

「そうですよ。

 先代の賢大僧正(オルヤンクル)が

 こうも羽目を外していては

 カミュとて落ち着きをなくしましょう。

 子に模範を示すためにもワーベ様には……

 ワーベ様?」

 トクトクと語る某(それがし)の言葉を、ワーベ老はまるで聞いていない。

 まなざしは、どこか遠くを見つめていた。

 今ではない、遠い過去を。

 憂いを浮かべた表情に、今さらながら思い出す。

 この方も、先の大戦において数々の修羅場を抜けてきたのだ。

 語る声には、そんな重さが感じられた。

「カミュは、辛い宿命を背負ってきた子だ。

 始祖様の力を受け継ぎ、

 周囲の特別な感情に苛(さいな)まれ、

 それでも優しさを失わなずに育ってくれた」

「……そう、ですね」

 青い光と戯(たわむ)れていたカミュの姿を思い出す。

 楽しそうな、しかし、どこか哀しそうな笑みも。

 いかなる想いが込められていたのか、某(それがし)は未(いま)だ解せていない。

 ただ、彼女の優しさだけは、心の底から信じられた。

「ウルトリィとて、

 宿命の重さは同じこと。

 オンカミヤリューの長(おさ)という重責、

 継ぐには相応の覚悟が必要となる。

 自らの夢を断ち、周囲の期待に応え、

 妹の苦を共に負う難を、あの子は進んで引き受けたのだ」

「はい。強い女性(ひと)です」

 信じる想いは姉君に対しても同様。

 いかなる辛酸労苦でも、ウルトリィ様はあの笑顔で受け止めてしまう。

 それが眩(まぶ)しく、少しだけ口惜しい。

 感慨は、語るワーベ老も同じなのだろう。

「もはやワシにしてやれる事はなにもない。

 情けないことよ」

「そのようなことは――」

「これからの時代は、若い者たちに任せねばな。

 お主のような次代の者たちに」

「ワーベ様……」

 浮かぶ笑みは寂しげで、しかし、満足げでもある。

「あの子たちを守ってやってくれ」

「……はい。

 エヴェンクルガの名に賭けて」

 某(それがし)の答えに一つ頷(うなず)き、ワーベ老は去っていった。

 歳経た白翼を小さく揺らし、少し丸めた背を見せて。

 長き時、賢大僧正(オルヤンクル)という重責を支えてきた後姿に、敬意を払わずにはいられない。

「ワーベ様……

 ん?」

 思わず深々と一礼し、気づいた。

 ここに今立っている理由と、その原因が見当たらないことに。

「……えーっと、

 こしらえた団子は、どこに――」

 答えを求めて周囲を見回し、前に目を向け、答えを得る。

 もはや遠いワーベ老が、団子を美味そうに頬張っていた。

「あ、んのっ。

 ジジイ、待てぇ!」

「ひょっひょっひょ。

 まだまだ青いのう」

 思わず駆け出した某(それがし)に気づき、ワーベ老も走りだした。

 老人とは思えぬ健脚を捉えられるのは、いつになることやら。

 直前のしんみりとした雰囲気など、もはや完全に吹き飛んでいた。

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