うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・37~ トウカ参上・親

 

「おねーちゃん、あそぼー」

「ああ、いいよ。なにをして遊ぼうか」

「たかいたかーいして、ぐるーってまわるのっ」

「こうかな? そうれっ」

「わはー、たかーい」

「あー、いいなー」

「ずるーい。ぼくもー」

「はは、順番だよ、順番。少し待って、て?」

「ぼくがさきだよー」

「えー、わたしー」

「わたしだってばー」

「ちょ、みんな、少し、落ち着い、てえええ?」

 目を向けた先で、トウカ姉が子供たちに潰された。

 周りでは笑いが起こっていたが、某(それがし)はまったく笑えない。

 どうもエヴェンクルガは子供に敵わぬようだ。

『ティティカルオゥル』一同はウルトリィ様の護衛として、その来訪先である孤児院に赴(おもむ)いていた。

 物々しい雰囲気を伴いたくない、という意向に沿って選ばれたらしい。

 それは雇兵団(アンクァウラ)への評価としてどうなのかと思わなくもないが、まあ、ウルトリィ様に喜ばれているのであればよいだろう。

 大体、皆の行動を目の当たりにしては、不服の一つも出てこない。

「き、きみ、かわいいね。

 いっしょにあそぼ?」

「あら、うれしいお誘いですわね。

 でもわたし、大人な方のほうが好みですの」

「そ、そうなんだ」

「ふふ。教えてさしあげましょうか?

 大人の男と女の遊びを」

「カ、カリンさまっ。

 子供相手になにを言ってるんですかっ?」

「あらムティ。

 なあに? あなたも一緒に遊びたいの?」

「へ?

 だ、だれがそのような――」

「いいですわ。みんなで遊びましょ」

「「わー」」

「ちょ、ちがっ、ぼくはっ……?」

 右ではムティ殿が、男の子たちもろともカリンに翻弄されていた。

 注意を向けるべきところなのだろうが、自分の末路を見せられては、流石に足がすくんでしまう。

 左には女の子の輪が出来ていた。

 中心となったテルテォを、怯えと好奇のまなざしが囲んでいる。

「もー、テルテル。

 ダメだってば、そんな怖い顔してちゃ」

「も、元々がこういう顔だ。

 だいたい、なぜ俺が子守りなどしなければならん」

「これもお仕事だって、

 リネリォ姉様も言ってたじゃない。

 真面目にやらないと言いつけちゃうぞ」

「う、ぐ……」

「ほら、笑って笑って」

「こ、こう、か?」

 カミュにつられてテルテォが笑った。

 ニタリ、と。

 同時に起こる歓声と悲鳴。

 囲んでいた女の子たちが、どこか楽しそうに散っていく。

 残ったのは、カミュの押し殺した笑い声だけ。

「ごめんごめん、

 カミュが悪かったよ」

「く……ふんっ」

「えーん、おねえちゃーん。

 こわいよー」

「あー、こわかったよねー。

 ごめんねー」

 憮然とするテルテォをそのままに、カミュは泣きついてきた子供を抱き上げた。

 その胸と腕に優しい力をこめる。

「もう大丈夫だからねー」

「ぐす、う……うん。

 えへへ、おねえちゃんやわらかくてあったかい」

「ん? 気に入った?」

「うん……おかあさんみたい……」

 女の子の小さなつぶやきに、動きを止めたのも一瞬だけ。

 表情もなごやかなまま、カミュは子の頭を撫でる手に一際の慈愛をこめる。

「大丈夫だよ。

 カミュが、一緒にいてあげるからね」

「うん。

 ……おかあさん――」

 安らかに寝息を立てる幼子(おさなご)を、カミュは笑みのまま抱いていた。

 どこまでも優しく、愛おしく。

 なぜだろう。

 某(それがし)はその姿に、覚えのない母の面影を重ねていた。

 不思議な感情に目が細む。

 それを、どう勘違いしてくれたのか。

「……トラ、

 カミュちーのおっぱい見すぎ」

 隣に立つアルルゥが平たい目を向けてきた。

「は?

 な、なに言ってるんだ、お前はっ」

「すけべー」

「だからっ……

 おいこらアルルゥっ」

「いこ、ムックル」

『ヴォ、ヴォウゥ~』

 そのまま、嫌がるムックルを連れて遠ざかる。弁明の暇もない。

 まったく、あいつは某(それがし)のことをどのように見ているのだか。

 一度きっちり話し合わなければなるまい。

 にぎやかな広場の中、最後の一角へと目を向ける。

 自らを囲む子供たちと笑いあっているウルトリィ様を、少し離れたリネリォ殿が眺めていた。

 まぶしいものでも見るように目を細め、複雑な表情を浮かべていた。

 それが迷いだと、某(それがし)は気がついた。

 まなざしの色に覚えがある。

 そう、ラクシャインの語りを聞いた後、怒りと共に浮かんでいた色だ。

 険しい気を、子供たちも敏感に感じているのだろう。

 遠巻きな視線を向けながらも、リネリォ殿に近づこうとする子はいない。

 代わり、ウルトリィ様が問いかけていた。

「どうしました、リネリォ様?」

「え?

 あ、いや、別に」

「なにかお悩みごとですか?」

「む、うむ……」

 話を促すためだろう。

 ウルトリィ様は子供らに手を振ると、にこやかなまま遠ざけた。

 その様は母そのもので、親子の絆すら感じさせる。

「……ウルトリィ様は、

 ここの子らを愛しておられるのですな」

「はい」

「それが、見ず知らずの他人の子であっても?」

 冷静で鋭いリネリォ殿の問いにも、その絆は揺るがない。

「ええ、関係ありません。

 たとえ血のつながりはなくとも、

 この子たちは私(わたくし)の愛し子です」

 横に首を振りながら、ウルトリィ様の微笑みは揺らがない。

「それが実の子ならば尚更(なおさら)か……。

 伝統を重んじるオンカミヤリューの中には

 その考えに反する者も少なくはないのでは?」

 リネリォ殿の問いはさらに続いた。

 挑むような声はどこまでも鋭い。

「そう、ですね。残念ながら。

 皆に理解してもらえるよう

 努力は続けているのですが」

「その努力に意味がないとしたら――」

「え?」

「同族から疎(うと)まれ、蔑(さげす)まれても、

 その愛は変わらぬものなのでしょうか」

 冷たいまなざしに敵意はない。

 殺意も、怒気も、なにもかも。

 あるのはただ、純粋な疑問だけだった。

 迷い子が抱くような素直な問いに、誤魔化しの答えは通用しない。

 元より、そんな考えなどなかったのだろう。

 笑みを消し、自らの心を静かに探りながら、ウルトリィ様は慎重に言葉を紡ぐ。

「……そう、ですね……。

 ええ、たとえそれが過(あやま)ちだとしても、

 子を想う親の心は変わらないでしょう。

 少なくとも、私(わたくし)はそうでした。

 いえ、それは今も……」

 それは、聖女と呼ばれるにはほど遠い、清濁(せいだく)を併せ持つ生々しい答え。

「ウルトリィ、様?」

「世界を敵に回しても、

 この身が地獄(ディネボクシリ)に堕ちようとも、

 それでも守りたいと願う。

 それが、親子の愛というものです」

 心からの声はひどく穏やか。

 知識訓戒からだけでは決して得ることのできぬ、血の通った人間(ひと)の想い。

 ウルトリィ様のまとう気は、『怨(オン)』にも似た禍々しさと、清流のような清々しさを宿していた。

 不思議な感覚は笑みと共に。

「ですが、それは我侭(わがまま)に過ぎません」

「え?」

「愛とは与えるものではなく、

 互いの心で育ててゆくもの。

 真に子の幸せを願うのならば、

 自(おの)ずと迷いは晴れましょう。

 子もまた、親にそのような生き方は

 望まぬはずですから」

 心軽く語られる声に、張り詰めた緊張が消えていく。

 残されたのは穏やかな気配だけ。

 ウルトリィ様が本来宿す、もっとも自然な雰囲気に、子供たちにも笑顔が戻る。

 それは自然と、リネリォ殿にまで広がっていた。

「……貴女は、強い女性(ひと)だ」

「どうでしょうか?

 私(わたくし)には貴女の悩みはわかりませんが、

 どうかご自分を偽ることのないように」

「……ありがとう。

 ん?」

 再び戯(たわむ)れを始めた子供たちの中で、一人がリネリォ殿の足元から動かずにいた。

 目にわずかな怯えを残したまま、それでもじっと見つめている。

 裾を握って離さないその子に対し、リネリォ殿は膝を折り、目線を合わせた。

「どうした?」

「あの、ね、おねえちゃん。

 いっしょに、あそぼ?」

「い、いや、私は……」

「一緒に遊ぼうよ、リネリォ姉様」

「カミュ?」

 控え目な求めに戸惑うリネリォ殿を、横からの声が後押しする。

 カミュは子供たち同様、爛漫な笑顔を浮かべていた。

 先ではアルルゥが待っている。

 子供を貼りつけたムックルの上で、皆と一緒に手招きして。

 それは、とても楽しそうで。

「みんなで一緒に、ね?」

「……そうだな」

 差し伸べられたカミュの手を、リネリォ殿は静かに握り返していた。

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