うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

136 / 235
~第三幕・39~ トウカ参上・不穏

 

 場は『ティティカルオゥル』に与えられた男部屋。

「イヤイヤ、

 物騒な世の中になりましたねえ。

 ハイ」

 束の間の休憩に刀の手入れをしていると、横からニコルコのつぶやきが聞こえてきた。

 商売の品を床に並べながら、いつもの気抜けした口調で言われても、緊張感はまるで伝わってこない。

「そんなこと、

 今に始まった事じゃないだろう?」

「イエイエ、

 ワタクシどものような商売をしていますと、

 流れる品から世相を読む事もできまして、

 ハイ」

「ほう」

「以前から武具刀剣の類は注文が多かったのですが、

 近頃は薬やら毒やらと裏の品が

 よく流れているようなのです、ハイ」

「お前、

 そんなものまで扱っているのか?」

「ハイ?

 エエ、それはもちろん。

 ああ、ご安心ください。

 委細はきちんとティティカ様に報告しておりますので」

「しかしだな……」

「これも仮面の女を追うためでして。

 裏の事情に通じるには

 有効な方法なのですよ、ハイ」

「う、む……」

 ニコルコの言い分は理解できる。

 相手は軍や国の裏側に潜(もぐ)りこんで暗躍しているような連中だ。

 真っ当な調べ方で尾を掴めるはずもなく、だからこそティティカ姉も、ニコルコのやり方を容認しているのだろう。

 だが、そうとわかっていても、容易に受け入れることはできなかった。

「ふん。

 綺麗事しかほざけぬエヴェンクルガもどきには

 許しがたい、か?」

「なに?」

 某(それがし)の惑いに気づいたのか。

 壁際で簪(かんざし)を検分していたテルテォが、

 皮肉の混じった言葉を投げつけてきた。

「世が混迷を極めれば

 暗殺毒殺も当然の選択だろう。

 戦に関わる者ならば

 視野にいれて然るべきだ」

「無論、その手の姦計は

 某(それがし)とて常に警戒している。

 だが、認められるかは別の話だ。

 武士(もののふ)として嫌悪を感じるのは

 しかたないだろう」

「お前の好き嫌いなど知ったことか。

 むしろ、そんな感情は判断の邪魔だ。

 武士(もののふ)たるもの、

 あらゆる状況に対応できねばならん」

「じゃあお前は、毒や暗器も平然と使うのかっ」

「そんなことは言っとらんだろうがっ」

「同じようなものだ。

 この恥知らずめ」

「なんだと!」

「ああ、もう。

 止めてくださいよ、お二人とも」

 怒鳴りあいから殴りあいへと発展しかけた会話の流れを、溜息(ためいき)混じりの声が遮る。

 もう何度も見ているムティ殿の呆れ顔に、自然と熱が引いていった。

 まったく、進歩のない自分が情けないが、これはテルテォが悪いのだからしかたがない。

 思わず非難のまなざしを向けるが、当人は何事もなかったかのように、簪(かんざし)の手入れを続けていた。

「こん、の……」

「でも、本当に戦乱も煮詰まっている感じですよ。

 同輩に聞いた話ですが、

 部族国家間の争いから謀反内乱にお家騒動まで、

 あらゆる戦渦がごっちゃになっていて、

 もうなにをどうすればいいのかと」

「それは確かに。

 世の安寧を願うオンカミヤリューとしては

 頭の痛い話ですね」

「他人事では済まないだろうな。

 この街に入ってくる雇兵(アンクアム)の数も

 日に日に増えている。

 流民ともなれば尚更(なおさら)だ。

 そろそろ新たな火種の一つや二つ

 燃え上がってもおかしくはない」

「適度な混乱はよい商(あきな)いの場ですが、

 過剰な騒ぎは困りますねえ、ハイ」

「う、む……」

 確かに、その通りだろう。

 世の乱れは外ばかりではなく、このオンカミヤムカイまで侵しつつある。

 ウルトリィ様も力を尽くしておられるが、政(まつりごと)だけでは収まらぬところまで来ているのだ。

 場に満ちた剣呑な気配に、自然と交わす言葉も減る。

 戦の前にも似た緊張が走るも、独特の高揚はなかった。

 あるのは、陰鬱(いんうつ)とした雰囲気が少しずつ肌から沁みこんでくるような錯覚だけ。

 それは、薄くも確かな『怨(オン)』だった。

 黙っていても気が滅入るばかり。

 体は鉛のように重く、心はそれよりなお重い。

 気分を変えるため、茶でも入れようと腰を上げかけたその時、勢いよく入り口の戸が開かれた。

「ああ、こんなところにいましたの。

 探しましたわよ」

「みんないるね。

 ちょうどいいや」

「ん」

 姦(かしま)しい三人娘の手によって。

「な、なんだお前ら」

「アルルゥ殿。

 我等になにか御用でも?」

「ん。あそびいく」

「遊び?」

「ほら。この所なんか暗いからさ。

 みんなでパーっと気晴らしに行こうよ」

「いろいろと新しいものも

 入ってきたようですし」

 能天気な会話によって、部屋に満ちていた『怨(オン)』はあっさりと散らされていた。

 街や城を覆う暗い影も、アルルゥたちにはあまり関係がないようだ。

 だが、それでいいのだろう。

 にぎやかな三人の様を見ていると、巡らせた考えの中で気を揉んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

「姫さまっ。

 午後は勉学の時間ですよ」

「もー、ムティは真面目すぎるんだよ。

 少しは羽の力抜かないとダメだよ」

「姫さまは抜きすぎですっ」

「たまにはいいじゃありませんか」

「ひゃ?

 カ、カリンさま?

 なにを――」

「四の五のいっていると、羽ごと抜きますわよ?」

「ひい?」

「それでは、

 ワタクシが案内させていただきます、ハイ。

 珍しい東方の料理を出す店を

 見つけましたので、まずはそこに」

「ん。

 ニコちん、ぐっ」

「お、俺もいくつかなら案内できますぞ。

 北方の氷菓子などはいかがですか、アルルゥ殿」

「おー。

 テルテルもえらい」

 広がっていく笑いの輪に、いつの間にか力が抜けていた。

 口元はゆるむばかりで、諌(いさ)める言葉の一つも出てこない。

 きっと、某(それがし)もそれを望んでいるからだろう。

「トラちゃーん。

 なにしてるのー?」

「来ないとおいていきますわよ」

「トラ」

 呼びかけの声はいつもと同じ、当たり前の日常のもので、

「いっしょにいく」

「……しょうがないな。

 今日だけだぞ」

 あれほど重かった身も心も、少しだけ軽くなっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。