うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
寒風の吹きすさぶ荒涼たる山の懐。
空に渦巻く黒い雲は、地に立つ無数の塔と繋がっていた。
黒煙を吐きだす大筒と、居並ぶ煙突を抱えた場は、街であり、工場であり、砦であり、城だ。
燈る光は鍛冶場の炎。
響く音は金打つ槌。
鉄を、鋼を、刃を生み出し続ける街は眠りを知らず、昼も夜もなく音と炎を宿している。
強国が、強国であり続けるために。
都の名はバンジジェジュ。
統べる国の名もまた同じ。
今や北方の覇を唱える、四大強国の一角である。
硬く重い印象は、その城も同様だった。
色は黒。
材は鉄。
城内は鉄骨に支えられた広い間の連なりで成され、居る者に孤独と不安を強いる。
武装した兵の列を左右に置いた場の中心で、バンジジェジュ皇ネグネウロは、泰然と世を見下ろしていた。
熊にも似た獰猛な貌には、愉悦の笑みが貼りついている。
「経過は順調のようだな、ハクビよ」
「はい。
すべてはネグネウロ皇の望むままに」
皇(オゥルォ)の座する壇の下で、後ろに控えた女性と共に、ハクビは丁重に頭を下げた。
閉ざされた広大な空間の重みを全身に受けながら、その圧をまるで感じさせぬ涼やかさで、報告の言葉を並べてゆく。
「助勢の下、各国での計は
滞(とどこお)りなく進行しております。
ナチナ、クレホホニクの内乱は
それぞれに広がりを見せ、
ニノでは我が傀儡の一派が
政(まつりごと)の要職を席巻いたしました。
シェカニカでも程なく反乱が起きます。
そして、トゥスクルには――」
澱みのなかった言葉が、背の女性を気遣うように一瞬途切れた。
息を飲んだような彼女の気配は、すぐに平静を取り戻す。
ハクビもまた、何事もなかったかのように言葉を続けた。
「……トゥスクルには、
それらの戦により地を追われた人々が
流れこみつつあります。
潜入させた工作者の働きにより不審が高まっている今、
彼の国にそれを支える事はできないでしょう。
機が熟すのも間もなくかと」
「そうかそうか。
うむ、よいぞ」
小さな停滞に気づく事もなく、ネグネウロはくぐもった笑いを響かせた。
見下すまなざしは変えぬまま、感謝のない賞賛を向ける。
「よい働きだ、ハクビ。
此度(こたび)の計画が成就した暁には
侍大将(オムツィケル)に相当する地位を約束しよう」
「ありがとうございます」
「グフフフフ。
その薄気味悪い風貌がふらりと現れた時は
どこの間者かと疑いもしたが、
とんだ拾い物であったな。
お前の知識と智謀、
我のため存分に揮うがよいぞ」
「はい。御心のままに」
従順なハクビの答えに、ネグネウロの笑いはますます高くなる。
傲慢な様は皇(オゥルォ)と呼ぶに相応しく、事実、その力を彼は持っていた。
己の欲を貫く強さと意志を。
「トゥスクルは南方への足掛かりだ。
動向は逐一報告させろ。
準備が整い次第駆逐してくれる。
ハクビ、そちらの方はどうなっている」
「今の所は問題ありません。
ですが、これ以上の生成となれば、
より多くの薬師が必要となるでしょう」
「まだ足りぬというのか。
お前には優秀な薬師がついておるのだろう」
威圧のまなざしはハクビの後ろ、言葉なく控える女性に向けられた。
縮めた身と揺れる瞳には怯えの色が強く、質素潔白な風体はとても場に沿うものではない。
明らかに浮いている自分の存在を、彼女も自覚しているのだろう。
黒髪に結わえられた丸い飾りが、注目を集めるほどに、大きく、強く、小刻みに揺れた。
上からの視線を遮るように、ハクビが一歩前に出る。
「処方は確立しておりますので。
今必要なのは優れた技ではなく、
動かすべき手だけなのです」
「ふむ、なるほど。
まあよかろう。
周辺から見つくろい集めさせるとしよう。
必要なだけ申すがよい。
我が力をもってすれば造作もないことよ」
答える言葉は相も変わらず、傲慢と威圧に満ちたまま。
ネグネウロの高らかな声は、広い空間に消えることなく響き渡る。
「さあ、鉄と鋼を打ち鳴らせ!
強大なる我が力をな。
千刃万槍(せんじんばんそう)をもってすれば
トゥスクルなど敵ではない。
血祭りに上げ焦土と化し、
バンジジェジュの栄光を世に知らしめるのだ!」
威を示す皇(オゥルォ)の激に、居並ぶ兵が追従する。
バンジジェジュの栄光を、トゥスクルを討つその意思を、鉄の群れが咆え叫ぶ。
広い空間に響き渡る津波のような響きの中、ハクビはただ黙していた。
狂った想いに臆すること無く、ただ静かに己を見つめて。
それでも、時おり動くまなざしは、息を飲む後ろの女人を気遣うように揺れていた。