うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・42~ トゥスクルへの道・禍根

 

 オンカミヤムカイからトゥスクルへと向かう道中、歩みながらトウカ姉の説明を聞く。

「クンネカムンの大乱におけるトゥスクルの貢献は

 皆も耳にしたことがあるだろう」

「有名な話だからね。

 鋼鉄をまとった巨人相手に

 一歩も退かなかったとか」

「うむ。

 それも聖上の人徳がなせる業(わざ)であった。

 ハクオロ皇指導の下、

 辺境の小国はまたたく間に

 大陸の枢要を担(にな)う強国へと

 発展したのだ」

 語る声は高らかに、主(あるじ)と認めた方への言葉は、尊敬の念に満ちていた。

 トウカ姉が主を得たとは聞いていたが、それがまさかアルルゥの父君であったとは。

 世の中というのは狭いものだ。

 相当の人物であったのだろう。

 父を語るアルルゥ同様、トウカ姉の目は、かつて、ゲンジマル様の逸話を語っていたとき以上に輝いていた。

 対照的に、暗い光を宿している者もいたが。

「なんだテルテォ。

 暗いな」

「……トウカ殿には申し訳ないが、

 俺たちはあまりトゥスクルという国には

 よい感情を持ち合わせていないのでな」

「それはまた、なぜ――」

「トゥスクルがっ、

 俺たちの国を滅ぼしたからだ!」

 突然の激昂に、思わず歩みを止めていた。

 某(それがし)だけでなく、皆もまた同じように。

 沈黙は束の間だけ。

 肩を震わせるテルテォに、一番の驚きを示したトウカ姉が言葉を向ける。

「お前たちは、

 クッチャ・ケッチャの生き残り、

 なのか」

「……クッチャ・ケッチャとトゥスクルの間に起きた

 不幸な行き違いは聞かされている。

 我らが皇(オゥルォ)が惑わされ、

 結果利用された悲劇であるということも。

 だが、だからといって

 蟠(わだかま)りが消えるわけではない。

 俺たちに槍を教えてくれた叔父貴は、

 トゥスクルとの戦で死んだのだ……!」

 木に拳を叩きつけるテルテォに、かける言葉は見つからなかった。

 その怒りが理解でき、それゆえ救う方法などないとわかっていたから。

 過去にとらわれるなと語るのは容易い。

 だがそれは、言葉では決して伝わらぬ想いだ。

 テルテォも、そんなことは先刻承知しているだろう。

 諌(いさ)める資格があるとすれば、同じ想いを越えた者だけ。

「そこまでにしておけ、テルテォ。

 親しい者が相手だとて、

 それ以上の醜態は武士(もののふ)の道から

 外れることになるぞ」

 リネリォ殿はその境地から、後ろのテルテォを振り返っていた。

「ですが、姉上――」

「強者が奪い、敗者が死ぬ。

 それが戦の本質だ。

 そして、戦う者にとって、

 結果は後からついてくるものにすぎぬ。

 叔父上は武士(もののふ)として戦に赴(おもむ)き、

 見事に本懐を果たしたのだ。

 嘆くな。

 誇れ」

「……はい」

 殴りつけるような強い言葉を、テルテォは心で受け止めていた。

 砕けよとばかりに歯を食いしばり、痛みを刻みこむことで。

「……テルテル」

「申し訳ありません、アルルゥ殿。

 見苦しい所をお見せしました。

 すべては戦の上でのこと。

 今に禍根は残しておりません」

 アルルゥに向けた笑みは、無骨に歪んではいたものの、晴れ晴れとしたよい笑顔だった。

 それは、彼の姉も同様に。

「リネリォ殿。

 某(それがし)は――」

「お気になさらず。

 オリカカン皇は、エヴェンクルガの忠義に

 最期まで感謝していたことでしょう」

 困惑とも葛藤ともつかぬ表情を浮かべるトウカ姉に、リネリォ殿は変わらぬ冷静で応えていた。

「……強い人だな、貴女は」

「トウカ殿には及びません。

 いつの日か、一騎打ちを挑ませていただきたいものです」

「ええ、ぜひ」

 平静を崩さずに笑うリネリォ殿の佇(たたず)まいは、すでにトウカ姉と並んで見えた。

 その姿に、羨ましさと悔しさがないまぜになったような、不思議な感情を覚える。

 妙な居心地の悪さはリネリォ殿にだけでなく、なぜかテルテォに対してまで感じていた。

「差をつけられたんじゃないかい?

 タイガもがんばらないとねぇ」

「そんなことは……。

 別に、気にもなりません」

 どこか楽しげなティティカ姉に、返す声が自然と棘を孕(はら)む。

 とりあえず、アルルゥと見つめあうテルテォは殴っておいた。

「のがっ?

 な、なにをする、貴様っ」

「うるさい。

 いつまでにやけているつもりだ。

 気持ち悪い」

「な、なんだと、

 このチビ!」

「だわっ?

 こんのっ――」

「あーもー。

 また始まったよ」

「あきませんわねぇ」

 周囲の呆れを聞きながら、当面の憂さを晴らす。

 こやつにだけは負けるまいと、密かな決意を拳にこめて。

 殴られた頬の痛みからも、同じ想いが伝わってきた。

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