うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・11~ アルルゥといっしょ・雇兵団

 

「本当に、本当にありがとうございました。

 みなさまのご活躍、我ら決して忘れません」

「ん」

「今後もご贔屓にー」

 何度も、何度も頭を下げながら、村人たちは去っていった。

 向けられる尊敬と感謝の念は、気分の悪いものではないが、

 どうせなら、それだけを置いて行ってくれればよかったものを。

 ガチャリ、と重い音を立てる報酬の入った皮袋を前に、某(それがし)はティティカ殿のように喜ぶ気にはなれなかった。

「さて、それじゃ分け前を決めようかね」

「某(それがし)は結構だ」

「おや、そりゃまたどうして?」

「キママゥ狩りは狩人の仕事。

 そのようなことで武士(もののふ)が

 褒賞を手にするわけにはいかぬ」

 名誉こそが第一の褒。

 相手が獣風情であれば、村人たちからの感謝だけで十分だ。

 武士(もののふ)として当然の道理が、しかしティティカ殿には解せないらしい。

 某(それがし)の言葉を聞きながら、ニヤニヤと笑みを浮かべているばかりだった。

「さすがエヴェンクルガ。

 頑固だねぇ」

「トラがいらないなら、

 アルルゥがもらう」

 間髪いれずアルルゥが手を伸ばすも、ティティカ殿に払われた。

「うー」

「ダメだよ。これは三人で稼いだ金だ。

 分けるならきちんと三等分しないとね」

『ヴォ』

『キュ』

「はは、そうか。アンタらも一緒だね」

 顔を出したムックルとガチャタラにも、ティティカ殿は同じような態度で接している。

 暴れる様を見ているだろうに、恐れの欠片も見えなかった。

 その胆力には感服する。

 傾(かぶ)いているのは外見ばかりではないらしい。

「タイガだっけ? 

 アンタも、働いた分は金を受け取りな。

 生きるってのはそういうことだろ?」

「う、む……」

「とりあえず、どっかに落ち着こうか。

 聞いてもらいたい話があるんだ。

 一杯やりながら、どうだい?」

「おー、ゴハン」

「いや、某(それがし)は……

 ぐっ!?」

 これ以上関わらない、と決めていたのだが。

 歩き出そうとした瞬間、襟首を噛み止められていた。

「こ、こら、ムックル、アルルゥ!

 は、離せ……!」

 抗議の声はいつものように聞き入れられず、某(それがし)は衆目に晒されながら、夕暮れの町を引きづられるのだった。

 

 

「ふうん。

 いなくなったお姉さんを探して、か。

 いいね。そういうの好きだよ、アタシ」

「んー」

 出された料理を頬張りながら満面の笑みを浮かべるアルルゥに応じて、ティティカ殿も表情を綻ばせた。

 盃を楽しげに一息で空け、少しうろんげな目をこちらに向ける。

「タイガはなんで旅を?

 やっぱりアレかい、

 エヴェンクルガの主探しってやつかい」

「まあ、それもありますが……」

 引きずられるままやってきた食事処の一席に、某(それがし)たちは腰を落ち着けていた。

 断る理由のことごとくを切り捨てられ、流されるがまま、うやむやの内に。

 共に戦ったという仲間意識があるのだろう。

 酒も入り饒舌さを増すティティカ殿に、アルルゥはすっかり懐いていた。

 その感情は、某(それがし)にも少しばかり生まれつつある。

「他にもありそうだね」

「あ、いや……」

「お姉さんに話してごらん?

 こう見えてもけっこう顔が広いんだ。

 力になってやれるかもしれないよ」

 大らかなその気風を、頼もしく感じていたのだろう。

「……某(それがし)も、

 人を探しているのです」

 一句ずつ、言葉を選びながら、某(それがし)は旅の理由を語っていた。

「名はリュウガ。

 エヴェンクルガの武士(もののふ)で、

 某(それがし)の兄です――」

 口にした名から面影を思い出す。

 大きく、剛く、厳しくも温かい、偉大な兄の姿を。

 伝説の侍、ゲンジマルすら凌ぐと言われた剣才の持ち主にして、

 一族の期待を一身に背負った兄上は、

 某(それがし)にとって憧れであり、目標であり、自慢だった。

 ――なのに。

 元服(コポロ)を向かえ、ついに里を下りる事を許されたその翌日、

 兄上は姿を消した。

 封じられていた一族の宝剣と共に。

 以来、某(それがし)はその痕跡を追って旅を続けている……

「ふうん、なるほどね。

 これまでになにかわかったのかい?」

「……いや、それが皆目。

 兄上ほどの剛の者、

 高名な主に抱えられていても

 おかしくはないのですが」

「エヴェンクルガの侍ならねぇ。

 こんな世の中だ、目立つ奴なら話が

 聞こえてきてもよさそうなもんだけど……?」

 姉御肌、というやつなのだろう。

 途切れがちな話にも関わらず、ティティカ殿は親身になって聞いてくれている。

 だが、その真剣な表情を、某(それがし)は直視できなかった。

 ……その、肌もあらわな着崩した格好で、そのように活動的に動かれると、たわわな膨らみがどうしても目に入ってしまうわけで……

 垣間見るティティカ殿の表情は、いつの間にか笑みに変わっていた。

 にんまり、とでも聞こえてきそうな笑みだ。

「ふふーん。

 どこ見てるんだい?」

「そ、某(それがし)は、別に」

「どこを見たいんだい? ん?」

 意地の悪い表情と、胸の谷間が近づいてくる。

 本能的に後ずさっていた。

 不意に、視線に気づく。

 横を見るとアルルゥが、食事の手を止めて平たいまなざしを投げ向けていた。

 突き刺さるような視線は、キママゥの爪などよりよほど鋭い。

 無言の非難を咳払いでかわし、話の筋を無理やり変えた。

「そ、それで、ティティカ殿。

 某(それがし)たちに話したいこととは?」

「話? あー、そうだったね。

 面白くって、つい脱線しちまったよ」

 本気で忘れていたらしい。

 どうやら、こういう人柄のようだ。

 こちらの溜息を気にもせず、むしろカラカラと笑って見せる。

 ティティカ殿は迫っていた姿勢を元に戻すと、再びの一献を飲み干してから、笑みのまま話を向けてきた。

「アタシ、雇兵団(アンクァウラ)を

 旗揚げしようと思ってるんだ。

 どうだい、名を貸しちゃくれないかい?」

「雇兵団(アンクァウラ)?」

 戦場を渡って糧を得る雇兵(アンクアム)。

 それを束ね、統率するのが、雇兵団(アンクァウラ)と呼ばれるものだ。

 自ら以外に拠り所を持たぬ武芸者にとっては、戦の場にて命を長らえるための苦心であり、共に戦う仲間を募る輪でもある。

 大きな集団は一つの軍として機能し、戦局を左右するほどの勢力にすらなるというが。

「しかし、徒党を組んで

 戦で金を漁るような真似は……」

 某(それがし)も路銀のためと、戦場に身を投じることはある。

 だが、それも止むを得ず、あくまで義を見定めてのことだ。

 本来、エヴェンクルガが剣を振るうに相応しい立場ではない。

 そんな想いを見透かしたのか。

 某(それがし)の隣にすりより来たティティカ殿は、かぶさるようにしなだれかかってきた。

「安心しなって。

 エヴェンクルガのお侍に

 不義理と思わせるような真似はさせないさ」

「ちょ、ちょっと、

 ティティカ殿?」

「それに、戦場はいろんな情報が

 入ってくる場所だよ?

 探し人も見つかりやすいってもんさ」

「い、いや、胸、胸が、

 頭に、の、乗って――!」

 ティティカ殿は、やわらかな膨らみをたゆませるように押しつけきた。

 背後からの圧力に、考えがまるでまとまらない。

 女性を無理やり払いのけるわけにもいかず、出来ることといえば手足をばたつかせることぐらいで、

「わ、わかった、

 わかりましたから、離れて……!」

 なにか、無自覚のうちにとんでもない決断をしてしまったような気もするが、この時は考えも及ばなかった。

「さすがエヴェンクルガ、英断だ。

 ねえ、アルルゥはどうだい?」

 離れていくやわらかな感触に、ホっと息をつく暇もない。

 吹き荒(すさ)ぶ寒風のような冷気に悪寒を覚え、思わず左を向く。

 視線の先では、アルルゥが平らな目のまま両の手で、自らの胸を撫でさすっていた。

 ペタペタ、ペタペタ、ペタペタ、と。

「……ムックル。ガチャタラ」

『ヴォ』『キュ』

 こぼれた不穏なつぶやきに、二匹の獣が短く応える。

「ア、アルルゥ?」

 よぎる不吉な予感に顔が引きつるも、それで事態が止まるはずもなく。

「やっちゃえ」

「ちょ!?」

『ヴオオオン』

『キュウウン』

「な”ーーーーーー!!」

 己の情けない悲鳴の他、聞こえてくるのはティティカ殿のカラカラと笑う声だけだった。

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