うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
腹の底に力を溜め、激しい豪雨の中に立つ。
いや、耳を劈(つんざ)く轟音は、それより遥かに厳しく、重い。
清流を落とす滝の直下は、嵐の中心を思わせた。
あるいは、押し潰さんばかりの圧倒的な恐怖の記憶を。
指一本を動かすことすらままならない状況は、リュウガ兄と対峙た時によく似ている。
望むところだ。
弱さを克服するためにこそ、この修行を選んだのだから。
頭を、肩を、全身を打ちつけ流れゆく冷たい水は、石のような硬さで絶え間ない痛みを与えきた。
同時に、体の熱も奪っていく。
縮み、硬直した筋肉は、まともに動かせるのかすら疑わしい。
それでも、剣を握れば斬るのが某(それがし)の務めだ。
手に感じる重さを頼りに集中し、ただ感覚を研ぎ澄ます。
揺れる膨大な水の中、頭上に落ちくる丸太を予感した。
「ハァッ!」
気合と共に放つ剣閃は、合わせて八つ。
一太刀ごとに小さくなる木塊を、瞬間で弾き、斬り分ける。
もはや音は耳に入らず、目も流れを捉えてはいない。
ただ、刃が裂きゆく木の硬さだけが、骨身と心に異常なほど響く。
我が身に届いた木の欠片は、水ほどの痛みも与えてはこなかった。
「まだ遅いっ。
剣は腕ではなく体で振るのだ。
足の力をおろそかにするなっ」
「は、はい!」
呼吸を思い出すと、戻りきた轟音の中でも、周囲の声ははっきり聞こえた。
滝壺の縁に立つトウカ姉の声に意識を正し、頭上へさらなる集中を研ぐ。
滝の中に身を置いて、落ちてくる丸太を斬り捨てる。
幼いころから殺されかけてきたトウカ姉発案の自殺行為的な修行にも、某(それがし)はいつの間にか付きあえるようになっていたようだ。
痛みも冷たさもありはしない。
目にする膨大な水の揺らぎが、まるで止まっているように見える。
「次、落としていーい?」
「おう、どんどん来いっ」
「ん。
カリリン、やっちゃえ」
「おまかせ、ですわ」
滝上からは水浴びに興じている三人の戯(たわむ)れが聞こえてくるが、気にならない。
今の某(それがし)にあるのは、ただ斬ることの一念だけ。
落ちてくる影を捉え、再び体に気を溜める。
はっきりと見える絶対の軌跡。
刃の疾る閃(ひらめ)きは、もはや確定した事実だ。
何人たりとも、この集中を乱すことはできない。
そう、何――
「カミュちー、
またおっぱいおっきくなった」
「え、そうかな?
重くて邪魔なんだけどなぁ」
「ぜいたくな悩みですわね」
人(ぴと)――、
「カリリンはまだまだこれからじゃない。
きっとカルラ姉様みたいにすっごくなるよ」
「まあ、アルルゥよりは期待できますかしら」
「うー」
た、り――、
「アルちゃんだって、
ちょっとおっきくなってるよ。
ほら」
「ひゃう」
とて――――。
「むぉ!?」
集中を忘れても、周囲の声はやけにはっきりと聞こえた。
落ちてきた丸太に潰された後も、それはまったく変わらない。
滝に弾かれ、河に流されながら聞いたトウカ姉の深い溜息は、ことさら大きく感じられた。