うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
多めに獲れた数羽の鳥を抱え、森の奥に声をかける。
「おーい、ムックル。
メシだぞ」
『ヴォウウウウ』
闇の中から現れた青い瞳は、相変わらずの敵意を浮かべていた。
出会った当初に比べれば幾分かマシになった気もするような、近頃ますます険悪になっているような。
ムックルは基本的に、自分の食いぶちは自分で調達している。
旅の道中だけでなく、ヤマユラの村に居たときから変わっていないらしい。
それもそうだろう。
この巨体を維持する食料を毎度用意していたら、村の一つなど瞬く間に干上がってしまう。
それでも、時には皆と共に食べていた。
アルルゥはムックルのためにと日々の恵みを懸命に探しているし、某(それがし)も漁に狩にと奮闘している。
生肉をむさぼり喰らう様は、あまり食欲を掻き立てるものではないが、ムックルとの食事に、アルルゥはいつも笑みを見せてくれる。
人が増えてからはあまり機会もなくなり、こうして某(それがし)が届けに来ることも増えたのだが――
『グルルルルルルル……』
近づくたびに聞かされるこの唸りは、一体どういう意味なのだろう。
どうにも喰われそうな危機感に苛(さいな)まされ、いまだに目線を外すことができずにいる。
「お前な、少しは信用したらどうだ。
某(それがし)がアルルゥに危害を加えるとでも――」
『ヴォウッ』
聞く耳もない。
細められた青い瞳が、「調子に乗るな」と告げているように見えた。
似たようなやりとりを思い出し、思わず腰に手が伸びる。
某(それがし)とて、出会った頃のままではない。
本気で斬りあう気はないが、少しは思い知らさなければならないのではなかろうか。
たとえ相手が森の主(ムティカパ)だとて、そうそう調子に乗せてやる必要などないはずだ。
無駄に緊張が高まる。
剥かれた牙と鋭い爪の輝きに、自然と剣筋を定めていた。
エヴェンクルガの剣は一撃瞬殺。
十分に高めた気を前に、ムックルとて安易には動けまい。
次第に音が遠くなる。
木々の音も、蟲の声も、大気のわずかな揺らぎすらも。
あるのは、己の鼓動と相手の鼓動だけ。
吸い、吐かれる獣の息が、今は手に取るようにわかる。
勝負は一瞬で着くだろう。
確かな予感に気を膨らませた。
――瞬間、
「トラー、
ムックルー」
間延びしたアルルゥの声に、世界は日常をとり戻した。
「ごはんおわった?
トラ、なにしてる」
「……あ、いや」
別に、なにをしているわけでもない。
ただ、高めた緊張感のやりどころに困っているだけだ。
「ちょっと、ムックルが、な」
「ムックル?」
『ヴォウ?』
疑問のこもったまなざしに、ムックルは猫撫で声で応えていた。
寸前まで某(それがし)に向けていた敵意など、これっぽっちも感じさせぬ穏やかさで、与えられた鳥をむさぼり喰っている。
大人しい子の様に、アルルゥは目を細めていた。
「むふー。
ムックルいいこ」
『ヴォウゥ』
「お前なぁ……」
頭を撫でられ喜びながら、某(それがし)には敵意の視線を向けてくる。
まったく、なんと調子のよい森の主(ムティカパ)か。
まあ、気持ちはわからないでもない。
アルルゥの笑みを見ると、和やかな心地になるのは確かだ。
顔の顰(しか)みを自覚しながら、穏やかな気配に緊張を溶かした。