うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・44~ トゥスクルへの道・古今

 

 多めに獲れた数羽の鳥を抱え、森の奥に声をかける。

「おーい、ムックル。

 メシだぞ」

『ヴォウウウウ』

 闇の中から現れた青い瞳は、相変わらずの敵意を浮かべていた。

 出会った当初に比べれば幾分かマシになった気もするような、近頃ますます険悪になっているような。

 ムックルは基本的に、自分の食いぶちは自分で調達している。

 旅の道中だけでなく、ヤマユラの村に居たときから変わっていないらしい。

 それもそうだろう。

 この巨体を維持する食料を毎度用意していたら、村の一つなど瞬く間に干上がってしまう。

 それでも、時には皆と共に食べていた。

 アルルゥはムックルのためにと日々の恵みを懸命に探しているし、某(それがし)も漁に狩にと奮闘している。

 生肉をむさぼり喰らう様は、あまり食欲を掻き立てるものではないが、ムックルとの食事に、アルルゥはいつも笑みを見せてくれる。

 人が増えてからはあまり機会もなくなり、こうして某(それがし)が届けに来ることも増えたのだが――

『グルルルルルルル……』

 近づくたびに聞かされるこの唸りは、一体どういう意味なのだろう。

 どうにも喰われそうな危機感に苛(さいな)まされ、いまだに目線を外すことができずにいる。

「お前な、少しは信用したらどうだ。

 某(それがし)がアルルゥに危害を加えるとでも――」

『ヴォウッ』

 聞く耳もない。

 細められた青い瞳が、「調子に乗るな」と告げているように見えた。

 似たようなやりとりを思い出し、思わず腰に手が伸びる。

 某(それがし)とて、出会った頃のままではない。

 本気で斬りあう気はないが、少しは思い知らさなければならないのではなかろうか。

 たとえ相手が森の主(ムティカパ)だとて、そうそう調子に乗せてやる必要などないはずだ。

 無駄に緊張が高まる。

 剥かれた牙と鋭い爪の輝きに、自然と剣筋を定めていた。

 エヴェンクルガの剣は一撃瞬殺。

 十分に高めた気を前に、ムックルとて安易には動けまい。

 次第に音が遠くなる。

 木々の音も、蟲の声も、大気のわずかな揺らぎすらも。

 あるのは、己の鼓動と相手の鼓動だけ。

 吸い、吐かれる獣の息が、今は手に取るようにわかる。

 勝負は一瞬で着くだろう。

 確かな予感に気を膨らませた。

 ――瞬間、

「トラー、

 ムックルー」

 間延びしたアルルゥの声に、世界は日常をとり戻した。

「ごはんおわった?

 トラ、なにしてる」

「……あ、いや」

 別に、なにをしているわけでもない。

 ただ、高めた緊張感のやりどころに困っているだけだ。

「ちょっと、ムックルが、な」

「ムックル?」

『ヴォウ?』

 疑問のこもったまなざしに、ムックルは猫撫で声で応えていた。

 寸前まで某(それがし)に向けていた敵意など、これっぽっちも感じさせぬ穏やかさで、与えられた鳥をむさぼり喰っている。

 大人しい子の様に、アルルゥは目を細めていた。

「むふー。

 ムックルいいこ」

『ヴォウゥ』

「お前なぁ……」

 頭を撫でられ喜びながら、某(それがし)には敵意の視線を向けてくる。

 まったく、なんと調子のよい森の主(ムティカパ)か。

 まあ、気持ちはわからないでもない。

 アルルゥの笑みを見ると、和やかな心地になるのは確かだ。

 顔の顰(しか)みを自覚しながら、穏やかな気配に緊張を溶かした。

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