うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・45~ トゥスクルへの道・思い出

 

「んー、トラははたらきもの」

「ん?」

 夕餉の後を片していると、ガチャタラと戯(たわむ)れているアルルゥのつぶやきが聞こえてきた。

 感心するような声に、少しだけ唇が尖る。

「しょうがないだろう。

 誰もやらないんだから。

 まったく、当初の当番制はどうなったんだか」

「んふー。おねーちゃんみたい」

「それは、あまり褒められている気がしないな。

 武士(もののふ)として斯様(かよう)なことに

 慣れているというのも、なんというか――」

「おとーさんもおうちのことはダメダメだった。

 おしごともよく抜けだしてた」

「父上、か」

「ん。

 薬草と毒草をまちがえておどったりしてた。

 そゆとこはトラに似てる」

「あのなぁ……」

 色々と言いたいことはあるのだが、ガチャタラを撫でて上機嫌なアルルゥを見ると、そんな思いも自然と消えた。

 姉や父のことを語る時、アルルゥは本当に幸せそうな笑顔を見せる。

 トゥスクルが近づいているからだろうか。

 このところ、そんな機会が増えていた。

 その分、イタズラの機会は減っていたので、某(それがし)としては二重の意味でありがたい。

 応じる言葉も自然と柔らかくなる。

「アルルゥは、父上によく似ているんだな」

「んー?

 なんで?」

「ぐうたらな所なんか、

 聞いてる限りそっくりだ」

「……むー」

 少しからかってやると、アルルゥは頬を膨らませた。

 幼げな顔立ちがますます子供っぽさを増す。

「アルルゥぐーたらじゃない。

 おとーさんも、ちゃんとおしごとしてた」

「さっきと言ってることが違うじゃないか」

「ちがわないー。

 おとーさん、ちゃんと働いてた。

 ダメだった畑でモロロ作れるようにしたし、

 たくさんの人のためにって新しい畑もつくった。

 キママゥだってやっつけたし、鉄だってつくった」

「ア、アルルゥ?」

 向けくる抗議もなんとも幼いものだったのだが、なにか、妙な迫力があった。

「皇(オゥルォ)になってからもいっぱい働いてた。

 新しい食べ物たくさんできるようにしたし、

 山賊とか盗賊とかもやっつけた。

 法律とかも色々かんがえたし、

 きちんとみんなに伝わるようにした。

 ほかのトコとも仲よくしようってがんばってたし、

 みんながちゃんとゴハン食べられるようにしたし、

 こどもたちがさみしくないようにおうちもつくった。

 お酒とかおつまみもつくった。

 あと――」

「わ、わかっている。

 ちょっとした冗談だ。

 一国の主となった方なのだろう?

 並みの才覚でないことは十分に知っている」

 のしかかってきそうな言葉の重さを、かろうじて逸らす。

 面識こそないものの、ハクオロ皇の人となりは、旅の道中にアルルゥやカミュからたっぷりと聞かされていた。

 質実剛健にして理路整然。

 その姿勢は政ばかりでなく、軍の指揮においても変わらなかったとか。

 時に奇抜な采を振るうも、過程と結果を改めてみれば、すべてが皇の思惑通りであったという。

 里の師範たちも、しきりに感嘆していたものだ。

 なにより、あのトウカ姉が選んだお方なのである。

 エヴェンクルガの主たる者が、真に不精であるわけがない。

 それはよく分かっているというのに、アルルゥの勢いは止まらなかった。

「ちがうー。

 おとーさんはおとーさんだからえらい。

 おとーさん、いっぱい蜂の巣とってくれた。

 アルルゥが木から下りられなくなったときも

 すぐにたすけてくれた。

 いっぱい遊んでくれたし、おんぶしてくれたし、

 一緒に寝てくれた」

「ち、父親としても、

 素晴らしい方だったんだな、うん」

「ん……。

 おとーさん、そのころのほうが楽しそうだった。

 ほんとうは、皇(オゥルォ)になんかなりたくなかった」

「え?」

 アルルゥは、唐突に声の調子を落とした。

 目に浮かんでいた憤りは消え、代わりに暗い色がにじむ。

「いや、しかし――」

「ヤマユラにいたときの方が、

 おとーさん幸せそうだった。

 村のみんなといっしょにいるの、

 たのしそうだった。

 アルルゥと、おねーちゃんと、おばーちゃんと……」

「アルルゥ……」

 かすれた声は自分に向けているようで、ぼんやりとした瞳も外を見てはいない。

 口にした者たちとの思い出が、頭をよぎりでもしたのだろう。

 当然だ。

 彼女は、そのために安息の地を離れたのだから。

「姉上も、か?」

「……ん」

 抱いたガチャタラを優しく撫で、アルルゥは再び語りだす。

「……ヤマユラにいるときは、

 おねーちゃんいっつも笑ってた。

 たまに怒ったり、泣いたり、つらそうにしてたけど、

 おとーさんが来てからは、ずっと楽しそうだった。

 おばーちゃんがいなくなっても、

 だから、かなしくてもがんばれた……」

 先ほどまでとは打って変わった、物悲しい静かな声。

 一瞬止まった手と口に、ガチャタラが不安げに母を見上げる。

 それを、アルルゥはほほ笑みひとつで落ちつかせた。

 それは、子供っぽさなど欠片もない、ひどく大人びた憂いの笑み。

「……みんなのために戦うようになって、

 アルルゥたちもお手伝いして。

 すぐに帰るはずだったのに、

 いつの間にかたくさんの人がいっしょになってて。

 いっしょうけんめいしてたら、

 おとーさん、皇さまになってた」

 アルルゥの話に師範の言葉を思いだす。

 

 ――英雄に至る道は二つある。

 自らが切り拓く道と、

 天に示された道だ――

 

 今まで、某(それがし)は心のどこかで、天に選ばれた者に対し羨望を覚えていた。

 才のない自分にとって、それはまさしく賜(たまわ)り物に思えたからだ。

 まったく、なんと幼く愚かな解釈だろう。

 選ばれた者には責任が生まれる。

 それを望んでいなくとも、果たさなければならない責任が。

 英雄の力をもってすれば、我を通すことなどたやすい。

 だが、ハクオロ皇は、天に示された道を、己の道として受け入れたのだ。

 自分のささやかな幸せに目をつぶり、より大切なものの幸せのために。

 そうでなければ、トウカ姉が主と認めるはずがない。

 その気高き心こそを、エヴェンクルガは求めるのだから。

 己を一振りの剣とする、揺るぎない理由がそこにある。

 アルルゥの話は、とても大切なことを教えてくれた。

「おねーちゃんも、おとーさんといっしょにがんばった。

 ユズちーやカミュっちと友だちになって、

 みんなといっしょにいるようになって、

 いっぱいゴハンたべられるようになって、

 おねーちゃんもおしごと忙しくなったけど、

 とっても楽しそうだった。

 ……けど、やっぱり、

 おとーさんとヤマユラにいるときが、

 いちばん幸せそうだった」

 エヴェンクルガが主と認める方々は、例外なく強者だ。

 自らを犠牲にしてでも護るべき者こそを護ろうとする、強い信念の持ち主である。

 某(それがし)たちの誇りは、主の剣となり信念に従うこと。

 たとえ命つき果てようと、最期の瞬間まで、主の信念を守らなければならない。

 しかし、それで良しとしてはならないのだ。

 エヴェンクルガは主に命を捧げ、それだけで満足してはならない。

 真の敵は外でなく、心の内にこそ潜むもの。

 主が犠牲にする幸せを守ることこそ、エヴェンクルガの真の務めではないだろうか。

 アルルゥの語った姉上の話に、ふと、そんなことを考えた。

 一寒村の薬師の身で、一国をなす者と共に歩むことは、英雄に至る道以上の苦難を伴ったはずだ。

 確かに、思慕の念もあったのだろう。

 だがその道は、自己の満足を得るためだけで耐えられるものではなかったはずだ。

 おそらくは、英雄の道を進まざるをえなかった男のために、その幸せを少しでも続けようとしてのこと……。

 世は広いと、改めて思い知る。

 己の未熟を痛感した。

 剣の腕など、さほどの問題ではない。

 今の某(それがし)は、根本的に心の在り方が低すぎる。

 それでも、いや、だからだろうか。

 少しだけ、苦難に耐え続けた強い女性の、心の端を感じることができた。

「……少し、違うんじゃないかな」

「う?」

 ぽつりと返した一言の意味は、きちんと伝わらなかったのだろう。

 アルルゥは沈んでいた表情に軽い怒りを浮かべて迫ってきた。

「ちがわない。

 おねーちゃん、おとーさんのこと大好きだったっ」

「い、いや、

 姉上殿がハクオロ皇を慕っていたのはわかった。

 そうだったんだと、某(それがし)も思う。

 でも、姉上殿が幸せだったのは、

 それだけが理由じゃなかったんじゃないか?」

「むぅ?」

 顔を突きつけてきたアルルゥをなんとかなだめ、あわてて、だが確(しか)と告げる。

「家族というのは、

 たんに血がつながっているだけの間柄じゃない。

 想う心を力に変えて、想われる実感に心を休める。

 互いにいたわり、想い続ける関係こそが、

 家族の意味であり本質だ」

 前置きの言葉は里で覚えさせられたもの。

 昨日までは知識でしかなかったが、今ならば、心をこめて語ることができる。

「姉上殿が幸せを感じていたのなら、

 それはきっと、アルルゥも一緒だったからだ」

「ふえ……?」

「ハクオロ皇、いや、ハクオロ殿も、

 同じ気持ちだったんじゃないか?

 家族を守るためだからこそ、

 男はすべてを投げだせるものだ」

「…………」

 今度はなんとか伝わったようだ。

 アルルゥは吊り上げていた目を、元のつぶらに戻していた。

 軽く息を飲んだ表情も、次第に柔らかさを戻していく。

 浮かべたほほ笑みは先ほどと違い、にじむ喜びを湛(たた)えていた。

 ほんのり赤く色づいた頬が、妙に初々しい。

「トラ……」

「え、ぁ……」

 桜色の唇につぶやかれ、今さら意識した。

 突きつけられていた顔が、その、とても近い。

「あ、いや……俺は、その、

 そう、思うんだ、けど、な……」

「んー……むー……」

 苦労して視線をそらすと、アルルゥも一歩を引いた。

 ほっと胸をなでおろす、暇もない。

「んふぅ。

 トラも、アルルゥといっしょ、

 うれしい?」

「なっ?」

 なにをどう思案したのか、アルルゥは上目でそんなことを問いかけてきた。

 赤さの残る表情は元の通りに幼げで、無邪気そのものに見える。

 毎度毎度、同じような顔でえげつないイタズラをしかけてくるのだが、わかっていてもこちらの動揺は収まらない。

「なにを?

 べ、べつに、そういう意味で

 言ったのではなくてだな――」

「うー、うれしくない?」

「ちがっ。そ、そうではなくっ。

 俺は、ただ、その、アルルゥは

 笑っているほうが愛らし……あ、いや……」

「んー。……ぉ?」

 だから、アルルゥの小さな驚きも、頭上に置かれた重い気配にも、気づくことができなかった。

「ふ、深い意味があるわけではなくてだなっ。

 その、アルルゥが元気になってくれれば

 それでぐゎ!?」

 言葉の途中で、上から潰された。

 柔らかい肉の塊と、白く硬い毛の塊。

 そして、馬鹿デカく鋭いムティカパの爪に。

『ヴォフ』

「ム、ムックルぅぅ。

 お、お前は、いつもいつも唐突に……」

「うー、ムックルっ」

『ヴォウ?』

「めっ」

『ヴォフゥ~』

 アルルゥの、心なしいつもより厳しいお叱りに、ムックルは全身の毛をしなびさせた。

「い、いいぞアルルゥ。

 もっとしっかり言ってやヴぇ?」

『ヴォウッ』

 引きかけた足はしかし、左右交互に落とされただけだったが。

「ぐがぁ。

 や、やめ、ふ、踏みかえす……!?」

「こら、ムックル」

『ヴォヴォウ』

「な”~~~~~~!!」

 結局、某(それがし)はいつもと同じように、悲鳴を響かせるはめになった。

 違いといえば、ささいなことが一つだけ。

 ムックルを叱るアルルゥの声が、いつもより少しだけ楽しそうだったぐらいである。

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