うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・46~ トゥスクルの動乱・挨拶

 

 ようやく到着したトゥスクルの都の印象は、一言でいえば雑多であった。

 オンカミヤムカイの下の町をそのまま大きくしたようで、さらに大らかな気風がある。

 混沌とした雰囲気は、見方によっては楽しげに感じるかもしれない。

 だが、街を見たアルルゥのまなざしには、落胆と悲哀がにじんでいた。

 満ちたにぎわいは、活気と殺気の入りまじったもの。

 あふれんばかりの人波の合間には、全焼全壊した家屋がいくつも見えた。

 盛んにかわされている売り買いの声も、異常に殺伐と響いている。

 とてもではないが、アルルゥたちだけでは歩かせられない。

 どんな騒ぎを起こすか知れたものではなかった。

 盛り場もずいぶんと華やかだ。

 賭場や色町が公然と認められている街は少なくないが、その管理を国がしているというのは、珍しい。

 もっとも、行きかう客のガラを見るかぎり、あまり上手くはいっていないようだ。

 本来あるはずの規約が、表も裏も守られていない感じを受ける。

 流れこむ民が理由の一つかもしれない。

 入国入都の関所には、かき分けねばならぬほど大量の流民が押しよせていた。

 それなりに選別はしていたが、おざなりな役人たちの態度を見るに、抜本的な対応はとられていないのだろう。

 某(それがし)たちが速やかに城へと辿りつけたのは、カミュたちの存在によるところが大きい。

 國師(ヨモル)の肩書きはもちろんだが、それ以上にカミュ自身やアルルゥ、そしてトウカ姉の存在が、この国には特別なようだった。

 

 

 古株の兵たちの誠実な対応を思い出す。

 彼女たちが語っていたトゥスクルとの関わりは、まったくの真実であったらしい。

 謁見の間で大老(タゥロ)を待つ間、筋骨隆々の侍大将(オムツィケル)と妙な手振りで通じ合っている様は、さすがにどうかと思ったが。

「トゥスクル国大老(タゥロ)、

 ベナウィ様の御出座(ごしゅつざ)です」

 そんなゆとりも、皇座の横に現れた男の、鋭い眼光に消されてしまった。

 真剣での仕合にも似た緊張が広がる。

 まとう気は、理知的な容貌にそぐわない、渡ってきた修羅場の数を感じさせる重さ。

 試すようなまなざしを前に、思わず腰の刀を確かめてしまう。

 だが、場の中心に座るカミュは、張りつめた空気を気にもせずに丁寧な礼を向けていた。

「お久しぶりです、ベナウィ様。

 突然の訪問を快(こころよ)く迎えていただき、

 まことにありがとうございます」

「お気になさらずに。

 カミュ様も、お元気そうでなによりです。

 アルルゥ様に、トウカ殿まで」

「は、ご無沙汰しておりました」

「おひさー」

 アルルゥに至っては緊張の欠片もなく、軽く手を上げて応えていた。

 本来なら無礼極まりなく、叱責では済まされぬ行いなのだが、ベナウィ殿は、まなざしの鋭さを少しゆるめただけだった。

 代わりに浮かんだのは、小さくも強い悔いの思い。

「アルルゥ様におかれては、

 大変な時になんのお役にも立てず……」

「……んーん、へいき」

「今ね、アルちゃんと一緒に

 エルルゥ姉様を探してる最中なんだ。

 みんなも、手伝ってくれてるんだよ」

「ほう。

 トウカ殿に、後ろの方々もですか。

 今回の来訪はその関係で?」

「あ、えーっと、

 そうじゃないんだけどね」

 三者三様の応答に、緊張が少しずつ和(なご)んでいく。

 懐かしむような空気は、横に控える侍大将(オムツィケル)はおろか、周囲に並ぶ文官たちの半ばにも広がっていた。

 耳を澄ませば小さな笑いすら聞こえてくるゆるやかさは、大国の執政の場とは思えない家庭的な雰囲気だ。

 無論、そんな軽い者ばかりではなかったが。

「大老(タゥロ)。

 公務の場ですぞ」

「マルシェロ……」

 ベナウィ殿の右手に控える、背筋の伸びた青年から、折り目正しい声が飛んだ。

 角ばった顔立ちに短く刈られた髪。

 見た目通りの実直さは、大老(タゥロ)に対しても物怖(ものお)じすることなく、堂々と苦言を呈してみせる。

「カミュ様のお立場は窺(うかが)っております。

 此度(こたび)の来訪は

 オンカミヤムカイの遣いとしてのものだとも。

 まずは速やかにその真意を

 お訊ねするべきではありませんか」

「そう、ですね。

 確かにその通りです」

「マルシェロ。

 お前は、相変わらず頭カテぇな。

 いいじゃねぇか。

 大将だって久方ぶりの友人相手に

 募る話もあるんだからよ」

「クロウ殿は黙っていていただきたい。

 そのような公私混合が

 今のトゥスクルの混乱を

 招いたのではありませんか?

 失礼だが、大老(タゥロ)の政務は手ぬるすぎる」

「なんだと、テメェ。

 大将のやり方に文句でもあるってのか」

「クロウ、おやめなさい」

「ですがね、大将――」

「マルシェロの意見はもっともです。

 確かに、今の政策は見直す必要が

 あるかもしれません。

 その件は後ほど議にかけるとしましょう」

「なるほどなるほど。

 そうやってまたうやむやの内に

 消えていくというわけですな」

 熱を持ち始めた会話に、粘質的な声がまとわりつく。

 含み笑いが似合いそうな低い響きは、左方にいる低身痩躯の老人が発したもの。

「イエルポ、テメェ……」

「イエルポエルです、クロウ殿。

 いつになったら覚えていただけるのですかな」

「ケッ、そんな無駄なこと

 覚えていられるか」

「ははあ、なるほど。

 その程度のことも覚えられませんか。

 長年の侍大将(オムツィケル)務めで

 頭の中までウマ(ウォプタル)と同じに

 なってしまわれたとみえる」

「……ケンカ売ってんのか、テメェ」

「そのへんでやめた方が

 よいのではありませんか、お二人とも。

 客人の前ですよ」

 今にも血を広げそうな話を、高く柔らかい声が絡めとった。

 理由もなく人を不快にさせる声は、長髪に片目を隠した男から。

「と言っても、

 どのような迷惑を持ちこんできたかは

 知れませんがね」

 たとえその声が爽やなものであったとしても、語る内容は十分に不愉快なものであったが。

「おやめなさい、フーギ。

 彼等は私の旧知の友です。

 無礼は許しません」

「ははあ。

 大老(タゥロ)がそう言われるのであれば」

 ベナウィ殿に諌(いさ)められても、反省の色はない。

 わずかに一歩を引いた後、長髪の男は潜(ひそ)めきれない含み笑いをクツクツと響かせていた。

 嫌な気が満ちていく。

 反感の想いは某(それがし)たちからだけでなく、並ぶ文官たちの半ばからも広がっていた。

 直前までの朗(ほが)らかさはすでになく、あるのは不義不満の念ばかり。

 響く、小さな咳払(せきばら)い。

「カミュ様。

 申し訳ございませんが、

 この場は一度締めさせていただきたい。

 部屋を用意させますので、

 どうぞごゆるりとお休み下さい。

 皆、くれぐれも丁重にお応えするように」

 ベナウィ殿の宣言は場をまとめはしたものの、重い空気を払うことはできなかった。

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