うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
トゥスクル城下の往来は、ガラの悪い人々であふれていた。
聞こえてくる騒がしさは喧騒と剣呑に乱れたもので、たゆたい渦まく活気と殺気は、そこに生きる人々から発せられるもの。
当たり構わずわめき散らす男を避けて、目つきの悪い子供たちが走り去っていく。
物陰に身をひそめる老婆は重い死の気配を振りまきながら、見るからに怪しげな商人と何事か言葉を交わしていた。
昼日中にも関わらず、どこか薄暗さを感じさせる大通りは、そこかしこで邪(よこしま)な企(くわだ)てが囁かれているのではないかと勘ぐってしまう。
気の抜けぬ雰囲気を割り開きながら、某(それがし)たちはゆっくりと歩を進めた。
ベナウィ殿の求めに応じ、『ティティカルオゥル』は城下の巡回を受けもつことになった。
一介の雇兵(アンクアム)がそのような役を任されても民の不満を煽るだけであろうが、トウカ姉が率いているとなれば話は別だ。
大義の象徴たるエヴェンクルガの武士(もののふ)が治安を守ることに不平の声が上がるはずもなく、某(それがし)たちの存在はおだやかに受け入れられた。
少なくとも、表立っては。
某(それがし)たちが進むほど、往来の人々は道を開けていった。
義を貫かんとする清廉な気が悪しき気を制するのだと、先頭を行くトウカ姉は誇っている。
だが、事実はそうでない。
「……おい、タイガ」
「なんだ」
「お前の姉上は、なんというか、
どうにかならんのか」
「……ならないだろうなぁ」
テルテォと溜息を交わし、先行くトウカ姉を見る。
その、闘気を迸(ほとばし)らせる立派な背を。
明らかな威圧の気に、自身は気がついていないのだろう。
離れていく人々の目には、廉恥ではなく恐怖が浮かんでいた。
後ろからでは分からないのだが、トウカ姉の表情は容易に想像できる。
頼りにされて集中しすぎ、周囲が見えなくなっているのだろう。
「相変わらずだな……」
「ああいうところ、
トラちゃんと似てるよね」
「そうか?」
「そうですわね。
あたらしい料理に集中しているときは
つまみ放題ですもの」
「……なるほど。
以後注意しよう」
笑いあうカミュとカリンの様に反省する。
相変わらず油断も隙もない。
この調子ではアルルゥも同罪か。
厨房への出入り監視は厳しくするとしよう。
「姫さまぁ。
あまりこういうことには
首を突っ込まないほうが……」
「なに言ってるの。
決めたことはきちんと守らないと、
雇兵団(アンクァウラ)の一員としてやっていけないじゃない」
「ですから、
なぜオンカミヤムカイの皇女が
雇兵(アンクアム)なんですかぁ」
「いいじゃありませんか。
なにごとも人生経験ですわ」
「そんないいかげんな――」
「なにをしている。
気を抜くな。
諸悪は人のゆるみにつけこみ
蔓延(はびこ)っていくのだぞっ」
「は、はいっ」
振り返ったトウカ姉の叱責に、慌てて後を追う。
トゥスクルの現状は進むほど明らかになった。
道を歩いていた者のうち十人に九人は、某(それがし)たちの姿を目にするだけで散っていく。
歩きやすいことこの上ない。
それだけ後ろめたい者が多いということか。
往来の騒がしさは某(それがし)たちの周囲だけ、眠るような静けさに変わっていた。
それでも、まったくの無人になるわけではない。
残った人々は疲れを隠しきれない表情の中にも、温かなまなざしで迎えてくれた。
元からの民であれ、流れ着いた者であれ、そのぬくもりは同じもの。
当然だ。
正しく生きる者にとって、エヴェンクルガは決して恐れるような存在ではないのだから。
そんな時にはトウカ姉も、柔らかな笑みを浮かべていた。
もっとも、あくまで正しき行いを前にした時だけだ。
「む?」
なごんでいた表情が一転して険しくなる。
道の先にある店先から、一方的な罵りが聞こえてきた。
店主が強く出られないのをよいことに、徒党を組んだ荒くれ者どもが、並べられた品々を堂々と懐に収めている。
「往くぞ」
「おーう」
「りょうかいですわ」
「いや、いやいや、
ちょっと待った」
鍔を鳴らすトウカ姉に、嬉々として従うカミュとカリンを、某(それがし)はあわてて呼び止めた。
振り返った三つの顔に、あからさまな不満と苛立ちが浮かぶ。
「なんだ」
「いや、あの、
あまり派手なことはせず、
できるかぎり穏便に――」
「なにを生ぬるいことを。
あの手の輩(やから)は徹底的に思い知らさねば
わからんのだぞ」
「それはまあ、そうなのですが……」
「うんうん。
中途半端はよくないよ」
「わたしたちにも不満が残りますしね」
トウカ姉はともかく、カミュとカリンは目的を履き違えている気がするのだが、某(それがし)の気のせいなのだろうか。
三人一緒になって言い募(つの)られると、反論がまるで出てこない。
助けを求めて横を見れば、テルテォとムティ殿は頑(かたく)なに沈黙を守っていた。
なんとも懸命で薄情な連中だ。
考えている間にも、三人の女たちはゴロツキどもに鉄槌をくだしに行っていた。
それが役目ではあるのだが、後始末をする身にもなってほしい。
「……この役目、
本当に治安を維持する役に立っているのだろうか?」
「兵卒がそのようなことを考える必要はない」
「そうですよ。
深く考えると胃に穴が開きますよ」
諦めの声は爆音と共に。
カミュの放った法術の威力に感心しながら、某(それがし)は本日何度目かの溜息を吐いた。