うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
最初に一見したときから、某(それがし)はトゥスクルの城にどこかチグハグな印象を覚えていた。
古いものと新しいもの。
豪華なものと質素なもの。
保守的なものと革新的なものを、強引につなぎ合わせたような違和感だ。
それは、丸太と石垣で成された壁から。
虚飾を剥ぎとられた本城から。
守りの穴を埋めるために施された見たこともない工夫から。
ありとあらゆる場所から感じられた。
先のふさがれた階段や、ただの壁につけられた扉、無駄に多い厠(かわや)など、城の者ですら困惑している姿もよく目にする。
地の利を駆使したアルルゥたちのイタズラに惑わされた回数も、もはや両手で数えきれない。
だが、決して不快ではなかった。
歩くほどに知ることとなる造詣には、この国が重ねてきた歴史、辛苦を含んだ人々の思い、そして、大切なものを守ろうとする強い意思が見受けられた。
初めて目にする光景にも、なぜか懐かしさを覚える。
気がねなく暴れるアルルゥやカミュをベナウィ殿が厳しく諌(いさ)め、クーヤとサクヤ殿が笑みを向ける。
くり広げられる寸劇めいたやりとりは、妙に見慣れた感があった。
覚える居心地のよさは、カリンも同じだったらしい。
「ここがわたしの故郷なのですね」
長閑(のどか)なつぶやきは安らぎに満ちていた。
微妙な言いまわしにトウカ姉が反応する。
「故郷、ということは、
やはりカリン殿の父上は……」
「思い出の大切な宝物だと、
お母さまはおっしゃっておりましたわ。
おいしいお酒に珍しい肴、
気のおけない友に囲まれて過ごす日々は、
まるで常世(コトゥアハムル)のようであったと。
家族とすごすような温かさには
忘れていた故郷を思い出したと、
懐かしそうにお話していました」
「な、なるほど。
故郷のような場所、という意味でしたか」
「ええ。愛しい人との
熱く甘い夜は忘れられないと」
「そ、そのようなことをっ?
で、では、やはり……!」
「さあ、どうでしょう?」
翻弄されるトウカ姉と楽しげなカリンの会話を、某(それがし)は地に頭をめりこませたまま聞いていた。
横に転がるクロウ殿と共に。
「……生きてますか、クロウ殿」
「……ああ、なんとか」
訓練だといっているのに、トウカ姉とカリンの二人には、相変わらず容赦の欠片もない。
毎度毎度のこととはいえ、さすがにそろそろ限界を感じてしまう。
「大変だな、お前さんも。
毎日あの二人が相手たあ」
「わかっていただけますか……」
「そりゃあなあ。
戦場で何度あの二人の恐ろしさを
目の当たりにしたことか。
できるなら逃げるね、俺なら」
「はは……」
カリンを彼女の母上に重ねているのだろうが、歴戦の兵(つわもの)であるクロウ殿にここまで言わせるのだ。
某(それがし)ごときが心を折りかけたとて、無理からぬことであろう。
弱った心が勝手に弱音を吐き出していく。
「某(それがし)の不幸はそれだけではないのですよ。
日頃の丁稚(でっち)だけでも散々なのに、
訓練には他の面々までが
面白がって参加してくるのです。
酔っ払いはたわむれで某(それがし)を弓の的にしてくるし、
冷血漢は問答無用で切りかかってくるし」
「へ、へえ。
そいつは、また……」
「姫らしからぬお転婆は笑いながら法術を放ち、
ひねくれものは獣の爪とぎ代わりにしてくる始末。
まったく、少しは女らしさというものも――」
「な、なあ、ボン。
その話はまた後で……
ってわけには、いかなそうだな、
こりゃ……」
妙にひきつったクロウ殿の声に、某(それがし)は迂闊にも気づかなかった。
後ろから呼びかけられるまで。
「ほっほー。
そんな風に思ってたわけだ」
「冷血漢か。
なるほど、私に相応しい呼び名だな」
「は……?」
めりこんでいた頭を無理やり起こした先で、ティティカ姉とリネリォ殿が冷ややかな笑みを浮かべていた。
後ろから、さらに二人が現れる。
「ひねくれもの……」
「ち、違うぞ、アルルゥっ。
今のは、そういう意味ではなくてだな……!」
「トラちゃーん。
カミュ、なんだか一緒に訓練したくなってきたなー。
お転婆だから」
「い、いや、某(それがし)、
たったいま渾身を使い果たしたところで――」
「喋る元気が残っているではないか。
問題あるまい」
「リ、リネリォ殿。
そんな、無体な……」
「やむをえまい。
私は冷血漢なのだからな」
そう言って、リネリォ殿は口元を上げた。
ただ、目はまったく笑っていない。
アルルゥやカミュも同様だ。
さっきの一言は思った以上の影響を及ぼしていたらしい。
良いか悪いかで言えば、もちろん悪い方向にだ。
ただ一人、面白がるばかりの声が音頭をとる。
「それじゃ、みんなで特訓と洒落こもうか」
「おーう」「うむ」「ん」
答えはまるでバラバラなくせに、挙動には一寸の乱れもなく、三人は某(それがし)の手をとった。
こちらの身などまるで見ず、そのまま無造作に引きずりだす。
なぜだろう。
向かう先に、あるはずのない断頭台が見えた。
「ク、クロウ殿っ、お助け――」
思わず求めた助けの叫びに、答えたものは頼れる声。
「がんばってきな、ボン」
親指立てた渋い笑みは、生きるのが嫌になるぐらい爽やかだった。