うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・54~ トゥスクルの動乱・従者

 

「ん~、とーらー……」

 膝の上で小さな寝言が消えていく。

 金の髪を梳いてやると、子供のように安らかな寝顔は、くすぐったそうに笑みを深めた。

「ふふ。

 クーヤ様、楽しかったみたいですね」

「え、ええ。

 なんだか、妙に懐(なつ)かれてしまいまして……」

 情けないとわかってはいたが、同情のこもったサクヤ殿の言葉に、思わず疲れた声を返してしまった。

 まったく、子供の行動力というものは恐ろしい。

 クーヤは今日も朝から今まで、一時も止まらずに某(それがし)を振り回してくれた。

 色々なことがあったのだが、あまり振り返りたくはない。

 しでかした様々な出来事を思いだすと、明日からの日々が少しばかり憂鬱になりそうだ。

 それでも、クーヤの寝顔とサクヤ殿のほほ笑みはとても楽しそうであったから、これはこれでよいのだろう。

 撫でる金糸の滑らかさも、ささやかな褒賞だ。

「タイガ様には本当にお世話になってしまいまして。

 なんとお礼を申し上げればよいか」

「いえ、これしきのこと。

 サクヤ殿の代わりは務まりませぬが、

 某(それがし)に出来ることでしたらなんなりと。

 どういうわけか、クーヤも懐(なつ)いているわけですし」

「きっと、

 お爺ちゃんのことを覚えているんだと思います。

 タイガ様に、どこか似た所を感じているのでしょう」

「ゲンジマル様に……?」

 クーヤの身の上を語られたとき、サクヤ殿があのゲンジマル様の孫娘であることは聞かされていた。

 その多大な献身と、足に残る忠誠の傷跡も。

 一族の伝説的な英雄に、その想いを継いだサクヤ殿から似ていると言われては、舞い上がるなという方が無理だ。

 湧き上がる熱いものに、自然と身が震えてくる。

 ……いや、まて。

 冷静になるのだ。

 ゲンジマル様はエヴェンクルガの男子であり、某(それがし)もまたその条件に当てはまる。

 ただそれだけのことだろう。

 思い上がりで根拠のない自信を抱くなど、武士(もののふ)にあるまじき浅薄だ。

「……そうですね。

 雰囲気ぐらいなら似ているかもしれません。

 某(それがし)もエヴェンクルガの端くれ程度には

 見えるということでしょう」

「そんなことはありません。

 タイガ様には、

 どこかお爺ちゃんと同じものを感じます」

「そんな、

 某(それがし)のような未熟者が、

 ゲンジマル様と同じなどと」

「お爺ちゃんも自分は未熟だって、

 ずっと、ずっーと言っていましたよ」

「ゲンジマル様が、未熟……?」

 問いにもなりきらない間の抜けた声に、サクヤ殿は懐かしそうなほほ笑みで応じていた。

「はい。

 まだ若いころ、お爺ちゃんはとてもとても

 貴(たか)きお方に出会ったそうです。

 誰よりも強く、誰よりも賢く、

 誰よりも深く、誰よりも悲しい方に。

 その方に挑み、破れ、自分の小ささを知って、

 それでもお爺ちゃんは諦めませんでした。

 何度も挑み、何度も敗れ、

 いつの間か行動を共にするようになって、

 そして、少しずつ理解していったそうです。

 強さの意味や賢さの意味、

 人の生の儚さと、その意味を」

 声は優しいが、語る内容は果てしなく厳しい。

 伝説に聞くゲンジマル様がその境地に至るまで、どれほどの過酷を越えてきたのだろう。

 いや、それは終わらなかったに違いない。

 だからこその未熟なのだ。

 自分が恥ずかしかった。

 同じ言葉を口にしながら、意味と次元がまるで違う。

 やはり、某(それがし)ごときが並び語られるなど、おこがましい。

 それでも、サクヤ殿は言ってくれた。

「だからきっと、

 タイガ様はお爺ちゃんに似ています。

 わたしは、全然ダメでしたけど」

 屈託のない笑顔は心からのもので、鬱屈した想いを溶かしてくれた。

 導く先は遥かな高みで、恐らくは、彼女の祖父が至った境地。

 それは、某(それがし)などよりよほど強い信念だ。

「……そんな、

 そんなことはありません。

 サクヤ殿こそ、ゲンジマル様の志(こころざし)を

 もっとも強く受け継いでおられると、

 某(それがし)は思います」

「そんなこと。

 わたしなんて全然。

 力も知恵もなんにもなくて、

 クーヤ様をお守りすることもできなくて……」

「力も、知恵も、

 大した問題ではありません」

 まっすぐに、驚きを浮かべたサクヤ殿を見る。

 その瞳の奥にこそ、エヴェンクルガの本質があった。

「クーヤに対する献身、忠誠、そして慈愛。

 そのいずれにおいてもサクヤ殿におよぶ者を、

 某(それがし)は知りません。

 今の世に、そして、

 過去に名を馳せたエヴェンクルガを含めてもです。

 貴女はもっと誇るべきだ。

 自分こそ、英雄ゲンジマルの遺志を継ぐ者だと」

「タイガ様……

 ありがとうございます」

 偽りのない言葉は、正しく伝わったらしい。

 サクヤ殿は、目の端に浮かんだ涙をそっと拭(ぬぐ)っていた。

 その様は健気で、可憐で、なるほど、アルルゥの語っていたことも納得できてしまう。

 湧き上がってきた小さな悪戯心は、抑えることができなかった。

「ベナウィ殿も、

 そのような所を見初(みそ)められたのでしょう」

「そ、そんなことは……」

「もちろん、容姿の愛らしさも

 理由の半分ではありましょうが」

「あう、あうぅ~」

「ははは、

 照れなくてもよいではありませんか。

 実にお似合いだと――」

「なにをしているのですか、

 貴方は」

 背にかけられた冷たい言葉に、調子にのっていた笑みが一瞬で凍りついた。

 硬直した首をギシリ、ギシリと回した後ろには、

「べ、ベナウィ殿……」

 槍のようなまなざしが、氷の冷たさを湛え、見下ろしていた。

 某(それがし)と、某(それがし)の膝の上で眠るクーヤとを。

「……クーヤがずいぶんと

 ご迷惑をおかけしたようですね」

「い、いえ!

 これは、その、違うんです!」

「妻の面倒まで見ていただいたようで」

「め、面倒って、そのようなことは……」

「まさかと思っていましたが、

 アルルゥ様のお話は正しかったようですね」

 吐き出された溜息が、嫌な予感となって背を貫いた。

 かつて外れたことのない種の予感だ。

 つまり、良いか悪いかで言えば、果てしなく悪い。

「ア、アルルゥが、

 どのようなことを……?」

「……知りたいですか?」

 氷の様だったまなざしが炎の揺らめきを宿した次の瞬間、

「い、いえっ。

 失礼しましたぁ!」

 某(それがし)は、全力でその場を後にしていた。

 

 

 

 あわただしさは一瞬で消え去り、後にはぬくもりが残される。

「やれやれ。

 近頃の若い方は」

「ふふふ」

「どうしました。

 楽しそうですね」

「はい。

 お爺ちゃんも、若いころは

 あんな風だったのかなと思って」

「ゲンジマル様が?

 本当ですか?」

「はい。

 きっと、そっくりだったと思います」

「む~?

 さくー、べなー」

 交わされるおだやかな言葉、織りなされる雰囲気は、家族の団欒に他ならなかった。

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