うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
街からの帰り道。
城へと繋がる短い坂を前に、某(それがし)は盛大に息を荒げていた。
「むー、だらしない」
「う、うるさい。
なんだって荷車いっぱいの食材なんて
買いこまなきゃならないんだ」
城の食事をいただけばよかろうに。
なぜに某(それがし)がこんな所でまで包丁を振るわねばならぬのだ。
「みんなであったかいゴハン食べるのが
トゥスクルの伝統」
「そんな作法は聞いたことがないぞ。
まったく」
アルルゥのちょっかいを受けながら、重い荷車を引いて坂を上る。
腕をしっかりと固定したまま、踏みだす足に力をこめて。
一歩だけでも重労働だ。
少しでも体の重さをかけ間違えれば、そのまま下まで転がり落ちかねない。
全力を振り絞り続け、全身に汗をしたたらせながら、なんとか門まで登りついた。
「だー、
はー、はー」
「もうちょっと。
休まないでいく」
「あの、なあ。
すこ、しは、ねぎ、らえ――」
「テルテルに手伝ってもらう?」
「っ、いらんっ。
番兵殿、門を開けて頂きたいっ」
呼びかけに応え、正門がゆっくりと開いていく。
荷車一台分の隙間が開いた所で、再び体に力をこめた。
筋が引き千切られるような痛みをなんとか無視し、城の内へ歩みを進める。
広々とした中庭は殺風景で、兵が訓練を受けるにはちょうどよい。
敵に備えるにも、迎え討つのにも適した造りだ。
強襲奇襲に対しての備えも張りめぐらされているという。
色の少ない本城とも相まって、全体的に砦のような印象だ。
さすがは強国の一つに数えられる国の要と言えよう。
城へと続く道の上で、出ていこうとする一団とすれ違った。
率いている低身痩躯の高官、蛙のような醜貌とは、度々(たびたび)顔を合わせている。
「精がでますな、タイガ殿」
「イエルポエル殿……」
「おお、流石はエヴェンクルガ。
どこぞの筋肉とは違い、
人の名前ぐらいは覚えられるようですな」
「むー……」
彼の姿を一瞥(いちべつ)するなり、アルルゥは荷車の後ろに姿を隠してしまった。
まったく、好き嫌いに正直な性格は、時として羨ましい。
某(それがし)も、イエルポエル殿はあまり得意でないのだ。
粘着質な物言いには、どうにも不快感ばかりが残る。
「買い出しですか。
トゥスクルはまだ他国に比べて
物資が豊富でしょう」
「え、ええ。
流石は東の強国ですね。
オンカミヤムカイにも引けをとらぬ盛況ぶりです」
「そうでしょうそうでしょう。
恥ずかしげもなく流れこんでくる
負け犬どもの土産(みやげ)のお陰で、
トゥスクルは今日も安泰ですわ」
「負け、犬?
イエルポエル殿、そのような言い方は――」
「タイガ殿は今、
街で見回りを任せられているのでしたな。
もっと流民どもの取締りを
厳しくしていただかねば困りますぞ。
奴等は、放っておけば羽虫のごとく
湧いてきますからな。
食材もそのついでに徴収すれば、
もっとよいものが手に入りましょう」
「っ、貴方は……!」
「なにをしておいでか、
お二人とも」
あまりな言い草に上りかけた血が、横からの折り目正しい声に間を外された。
マルシェロ殿の実直なまなざしは、それだけで場を律するようで、少しでも非がある身だと、どうしても心を圧されてしまう。
やはりアルルゥは出てこなかった。
「仮にも殿中ですぞ。
あまり騒がないでいただきたい」
「も、申し訳ありません。
某(それがし)としたことが」
「まったくですぞ、タイガ殿。
トゥスクルに相応しい品格を
お持ちいただきたいものですな」
「む……」
「イエルポエル殿。
貴方には西町判官の務めが
残っている筈ですが」
「もちろん、今から向かう所でしたとも。
タイガ殿に邪魔をされただけですわい」
「ぐっ……」
「ではでは」
嫌味だけを場に残し、イエルポエル殿の一団は去っていった。
どうしようもなく目が平んでしまう。
やり場のない怒りとは、このようなものを言うのだろう。
思いは同じだったらしく、アルルゥは舌を出して見送っていた。
品位を気にしなくてよいのなら、某(それがし)も同じことをしてやるのだが。
「タイガ殿」
「は、はい?
なんでしょう?」
それも、マルシェロ殿を前にしては無理なこと。
真面目そのもののまなざしは、不快をかき立てられるものではないはずなのだが、どういうわけか彼の視線は苦手だ。
「あまり羽目を外しすぎないで頂きたい。
大老(タゥロ)の客分であることは承知しておりますが、
物見気分で城を徘徊されては
皆の士気にも関わります。
エヴェンクルガの武士(もののふ)に対し、
今さら言う事ではないとは思いますが」
「そ、それは、はい……」
「イエルポエル殿ではないが、
流民への対応もより厳しくしていただきたい。
あまり成果が上がらぬようであるのなら、
私としては大老(タゥロ)に上申せざるを得ません」
「はっ。
ですが、某(それがし)たちの務めは――」
「それでは失礼します。
私もこのような所で油を売っているほど
暇ではありませんので」
言いたいことを言い終えると、マルシェロ殿もまた去っていった。
胸の内に、先とは別種のわだかまりが生まれる。
言っていることが正しいだけに、やるせない。
アルルゥの態度は変わることなく、舌を出しての見送りであったが。
「ヤなやつ」
「そんなことを言うな。
あの方は間違ったことは言っていない。
非があるのは某(それがし)たちだろう。
これからはもう少し城の方々への配慮を考えてだな」
「そうして頂けると助かりますね、
こちらとしても」
「うどぁ?」
アルルゥと交わしていた言葉の中に、突然別の声が混ざってきた。
高く柔らかい、耳元で囁(ささや)かれるような声だ。
振り返った背後に、不気味な片目が浮いていた。
「フ、フーギ殿?
どこから……」
「フッフッフ、お気になさらずに。
通りかかっただけです。
ええ、深い意味はまったくありませんので」
フーギ殿は顔の半分を覆う長髪を揺らしながら、ふわふわとどこかへ行ってしまった。
薄い気配はまるで禍日神(ヌグィソムカミ)のようだ。
二、三度瞬(またた)きをした後には、その姿はもう見えなくなっていた。
「……変わり者が多いな、
この国は」
「トラ。
早く戻ってゴハンつくる」
そんな不可思議な人物たちを、アルルゥはあまり気にしていないようだった。
元皇女がこれでは、国の気質も止むをえないか。
皆の話を聞く限り、ハクオロ皇もまた相当の変人であったようだし。
「なに?」
「いや、なんでもない」
某(それがし)も気にしないことにした。
毒されている気もしなくはないが、これがこの国の気風ならばと、納得する。
重い気分をその場に置き、荷を引く腕に力をこめた。