うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・58~ トゥスクルの動乱・発覚

 

 午後の務めに備えるため自室へ戻ろうとした途中、別室の気配に足を止めた。

「ん?」

 女性陣に貸し与えられた部屋の前である。

 誰かが居ることは問題ではない。

 問題は、中から感じる気配の質にこそある。

 それは、戦場では見慣れた死の気配で、某(それがし)は思わず戸を開け放っていた。

「どうし……っ?」

 まず気づいたのは、どこかで嗅いだ喉を突く匂い。

 そして、床に倒れた姿。

 抱えるように身を丸め、苦しげに体を震わせているのは、

 

 荒い息を吐くティティカ姉だった。

 

「ティティカ姉!」

 慌てて屈(かが)み、顔を覗きこむ。

 蝋のように白い肌が、溶けるように濡れていた。

 流れる汗と息の荒さが尋常ではない。

 一体どれほどの間苦しんでいたのだろう。

 それでも、某(それがし)の姿を認めた表情には、薄い笑みが浮かんでいた。

「……ああ、タイガか。

 なんだい、女の部屋に断りもなしに……」

「冗談言ってる場合ですかっ。

 待っててください、

 すぐにアルルゥ、を……?」

 立ち上がろうとして、腕を取られた。

 思いもよらぬ強い力は、他ならぬティティカ姉の手から。

 某(それがし)の体をたぐり、無理やりに息を整えながら、ゆっくりと上体を起こしていく。

「ティティカ姉?

 一体、なにを――」

「もう、大丈夫だよ。

 アルルゥに余計な心配かける必要はないさ」

「し、しかし……」

 躊躇(ちゅうちょ)している間にも、ティティカ姉はいつもの調子を取り戻していた。

 息の荒さはすでになく、肌も生気を取り戻しつつある。

 汗をぬぐい、服の乱れを整える様など、実に手馴れたもので、

 ――逆に不安をかき立てさせる。

「……今回が初めてではありませんね?」

「おや、

 ずいぶん察しがよくなったね」

 軽い笑みが推測を肯定する。

 腹が立った。

 黙っていたティティカ姉と、気づけなかった自分が、許せない。

「笑いごとではないでしょうっ。

 一体いつから、どんな状態なのですかっ」

「そんな、大袈裟に騒ぐことじゃないってば。

 ちょっと昨日飲みすぎただけだって」

「茶化さないでくださいっ。

 なにを隠しているんですっ」

「騒がしいぞ、タイガ」

 知らぬ間に声を荒げていたらしい。

 後から入ってきたリネリォ殿は、部屋の様子を一瞥(いちべつ)すると、戸を閉ざし、気配を遮断した。

 周囲の様子を窺(うかが)いながら、鋭いまなざしで某(それがし)の動きを制する。

「リネリォ殿。

 ティティカ姉が――」

「わかっている、騒ぐな。

 ティティカ、薬は」

「ああ、まだなんとか」

「よし。

 ……少し場を変えるぞ」

 そしてティティカ姉に肩を貸し、その身を静かに持ち上げる。

 手際の良さには強い信頼と、悲壮な覚悟が見て取れた。

 このやりとりもまた、一度や二度のことではなさそうだ。

「ちょ、ま、待ってくださいっ。

 一体なにがどうなって……

 ティティカ姉っ」

 思わず縋(すが)るような声を上げてしまう。

 我ながら、置き去りにされる子供のような弱々しく情けない声だったが、そんなことはどうでもよい。

「タイガ」

 対し、答えは確かな言葉で返された。

 いつもの屈託のない声と、頼りがいのある笑顔が、痛々しい。

「もう少し待っておくれ。

 必ず、説明するからさ」

「ティティカ、姉……」

 騙(だま)しや誤魔化しのない言葉を渡され、それ以上のなにが言えるだろう。

 元より、出来ることなど一つしかないのだから。

 去っていく二人の姿を、某(それがし)はじっと見送った。

 残された言葉を、ただひたすらに信じながら。

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