うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「城下の不穏な雰囲気も
多少は沈静化してきたようですね」
「おうよ。
正直なとこ、流民とのいざこざを
抑えきれるとは思っていなかったんだがな。
いや、流石はエヴェンクルガ。
トウカの名は大したモンだ」
「いえいえ、
某(それがし)の力など微々たるもの。
皆の活躍があったからこそです」
「えへへー。褒めて褒めてー。
いやーもう、本当に大変だったんだからー。
トラちゃん、おかわりー」
「まったく、殺さずに叩きのめすのが
あんなに面倒だとは思いませんでしたわ。
このお味噌汁おいしいですわね」
「カリンのは途中から脅しだったがな。
おい、この魚、焦げてるぞ」
「それはテルテォ様も同じだったと思います。
このお漬物もおいしいですよ」
「ん、みんながんばった。
トラ、おかわりまだ?」
「こき使うなっ。
少しは真面目に話を聞けっ」
一国の大老(タゥロ)と侍大将(オムツィケル)を迎えているにも関わらず、『ティティカルオゥル』の食卓は寸分の落ち着きも見せはしなかった。
いや、むしろ労(ねぎら)われる言葉に、ますます勢いづいている。
まったく嘆(なげ)かわしい。
「も、申し訳ございません、ベナウィ殿。
せっかくお越しいただいたのに、
このように騒がしくしてしまいまして」
「いえ、かまいませんよ。
これがこの国本来の作法ですからね」
ベナウィ殿は笑っていた。
自らも箸を進めながら、口いっぱいに頬張るアルルゥを見る表情は穏やかだ。
日頃は冷たくすら見える大老(タゥロ)の威光が、今は温もりに満ちた父親のように見える。
どちらも、ベナウィ殿のもつ本当の顔なのだろう。
「まったくでさぁ。
やはりメシはこうやって皆で食うに限りますな」
「いい国だねぇ。
酒も美味いしメシも美味い。
いっそここを拠点にしちまおうか」
「皆さんなら歓迎しますよ。
どうせなら政務の方も
このままお手伝い頂きたいぐらいです」
「ふふん、アタシを偉くすると大変だよ?
知らぬ間にのっとってたりするかもね」
「そいつぁ油断ならねぇなぁ」
クロウ殿と笑いあうティティカ姉に、いつもと変わるところはなかった。
先日の苦しげな様子など、微塵もない。
日々を笑って過ごしている様を見ると、あれが夢だったのではないかと思ってしまう。
――だが、それが儚(はかな)い希望でしかないことは、自分が一番よくわかっている。
蝋のように白い肌も、溶けるようなぬるい汗も、割れるような荒い息も、あまりに濃密な死の気配と共に、いまだ克明に思いだすことができるのだから。
説明は、まだ聞かされていなかった。
夕餉の箸を進めながら、ティティカ姉はリネリォ殿の杯を満たした。
「後は一連の騒ぎを誘導した黒幕を
引きずり出すだけだね。
今日中には詰められそうかい?」
「そうだな。
疑わしい人物はおおむね洗いだした。
後は個別に調査を進め、
確証を掴めば公の場で処することができよう」
「そうですね。
それで流民の問題が
すべて解決するわけではありませんが」
「新たな居住区の整理は
進んでいるのか?」
「後三日もあれば、第一陣を誘導できるでしょう。
仕事を与えることで
多少は不満を抑えることもできました。
問題は食料と税ですね。
各地からの流通を整える方が先かもしれません」
「まあまあ大将。
こんな時に硬い話はよしましょうや。
せっかくのメシが冷めますぜ」
強張(こわば)る空気を嫌ってか、クロウ殿が気を上げた。
確かに、食事に相応しい話題ではないか。
某(それがし)もいつの間にか騒がしい食卓に慣れてしまっていた。
それは、ベナウィ殿も同じなのだろう。
「そうですね、私としたことが。
お代わりを頂けますか」
「は、はい。ただいま……」
「タ、大老(タゥロ)、侍大将(オムツィケル)!
た、大変です!」
だが、束の間の穏やかさは、衛兵の息せき切らせた急ぎの声に破られた。
「なんでい、
メシ食ってる最中に騒がしい」
「も、申し訳ございません。
ですが!」
「どうしたのですか?」
問いながら、ベナウィ殿はすでに箸を置いていた。
もたらされた危機はらむ気配に、皆も立ち上がりかけている。
自然と悟った。
「りゅ、流民たちが武装蜂起しました!」
団欒の時は、もう終わったのだということを。