うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
「ハァァァァ!」
裂帛の気合と共に、天井が屋根ごと斬り裂かれる。
「フっ!」
応じた横薙ぎの剣撃は、部屋を貫き外壁までをも一文字に割った。
だが、トウカ姉とリュウガ兄の戦いは、その程度では止まらない。
剣閃と剣閃、咆哮と咆哮、刃を重ねる二つの意思は一時として止まることなく、室内を縦横無尽に動き回る。
いや、狭い部屋ではとても収まりきらない。
二人は足りぬ足場を、自分たちの手で切り拓いていた。
文字通り、屋敷の一角を断ち斬ることで。
「わわわわわ」
「と、とんでもないな、
二人とも――」
見る間に瓦礫と化していく部屋の中、アルルゥを背に庇(かば)いながら、某(それがし)は二人の戦いから目を離せずにいた。
いや、正確には、辛うじて追えているだけだ。
放たれる刃、交わる剣撃、弾ける剣閃は、一瞬の光としてしか認識できない。
軌跡は移動する両者の跡から推測しているだけ。
圧縮された嵐のような戦いに、否応もなく引き込まれる。
それでも、今が戦うべき時である事は、体が覚えていた。
無意識に引いていた頭の位置に、鋭い破裂音が生まれる。
「っ――?」
向けられた殺気を辿って見れば、角ばった顔の男が、鬼の形相を剥(む)いたマルシェロが立っていた。
いつの間に取り出したのか、手には鋼糸で編まれた黒い鞭が握られている。
「内輪の揉め事は他所でやってもらおうか」
「貴、様……」
「愚物が俺の屋敷で好き放題しおって。
あの剣士、
皇(オゥルォ)のお気に入りが寄こした者だと遇してやれば、
まるで言う事を聞きもせずに」
「皇(オゥルォ)?
貴様、一体――」
某(それがし)のつぶやきに気をよくしたのか、マルシェロは落ちつきを取り戻した。
ただ、完全にではない。
見せる態度は日頃とよく似てはいたが、性根の歪みが透けていた。
「貴様らには関係のないことだ。
ふん、客分といえど、ここまでの狼藉(ろうぜき)は
弁明できるものではないぞ。
クク、大老(タゥロ)を叩き落す材料が増えたと思えば
悪くはないか」
「そんなこと、させない」
そして浮かんだ歪(いびつ)な笑みに、アルルゥは真っ向から対じた。
日頃の嫌悪はそのままに、それ以上の強い意思と、一つの丸めた書簡を見せつける。
「なんだ小娘。
お前如きがなにを言ったところで……
なんだ、それは」
「国のお金、勝手につかった証拠」
「な、なにを馬鹿な。
そんなもの、ある訳が」
あからさまに動揺を示すマルシェロを気にもせず、アルルゥは書簡を読み上げていく。
ゆっくりと、たどたどしく、しかし一語一句間違えずに。
「去年の四期、ウティテに金四〇。
エトロには二期と三期に一〇ずつ。
他にワッカイ、サン、チカチカ。
ぜんぶ騒ぎが起きたとこ」
「っ、ど、どこで、それを――」
「んふー。
ひみつ」
浮いた絶句と満面の笑みが、両者の立場を明らかにしていた。
膨らみのない胸を張るアルルゥが、いつもより少しだけ大きく見える。
対し、敗者は小さく見えた。
いまだなにやら語っているが、並べる言葉ももはや戯言(たわごと)だ。
元より、聞く気などさらさらない。
「……ふん、もはや瑣末事(さまつごと)よ。
扇動した流民たちの暴動は、
もはや我が手を離れている。
なにをせずとも、トゥスクルは早々に落ちるであろう。
貴様らのやったこともすべて――」
「そんなことは、
もうどうでもいい」
某(それがし)は一歩を踏み出し、マルシェロの言葉を遮った。
剣を握ってまた一歩。
鞭の間合い、剣の間合いを見極めて、一足の間に身を運ぶ。
声に、降服を促(うなが)す意と、拒否の拒絶を込めながら。
「なぜ兄上がここにいるのか、
貴様の背後に誰がいるのか……。
話してもらうぞ、
知っていることをすべてだっ」
「ふん」
返事の代わりに返されたのは、鋼糸を編んだ鞭の唸(うな)り。
マルシェロが放ちきた明確な否定に、こちらも遠慮なく目を見開いた。
渾身の踏みこみに伴い、周囲の時が速度を落とす。
ゆっくりと迫る鞭の先端を、流れる動きの中で弾いた、
瞬間、
鋭い空気の破裂音が広がる炎に変わる。
「なっ!?」
ゆるやかに流れる時の中で、撒き散らされた衝撃が瞬時に届く。
眼前で起きた爆発に対し、某(それがし)は腕を持ち上げるのが精一杯で、
あえなく吹き飛ばされていた。
「があっ!?」
「トラっ」
転がり距離をとりながら、近づこうとするアルルゥを右手で制する。
左手は上がらない。
爆発の衝撃と炎の舌は、左腕のすべてを焼き焦がし、感覚を完全に奪っていた。
かつて味わったことのない種の痛みに、気持ちの悪い汗が落ちる。
それは、受けた傷からのみならず、
「話してやるとも。
お前の辿る末路をな」
爆炎まとった鞭を鳴らす、マルシェロの笑みがもたらすものだった。