うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第一幕・13~ アルルゥといっしょ・夜の宴

 

 月明かりと星空の下、湯気噴く蓋をおもむろに開ける。

「おおー」

「これはこれは」

 開陳された鍋の中身に、感嘆の声が注がれた。

 広がる蒸気と温かい香り。

 醤油(シュユ)と蜜の甘辛い匂いが空腹を刺激する。

 途中で捕らえて捌いた野鳥の肉も、十分に火が通っていた。

 汁を吸いこみ、脂と肉汁を滴(したた)らせているその様は、思わず唾を飲み下させる。

 ぶつ切りにした野菜や茸もまた然り。

 グツグツと煮える割り下の中を泳ぐ様に、腹の虫は騒ぎっぱなしだ。

「まあ、こんなもんかな」

 口では謙遜してみせたが、我ながら会心の出来だ。

 よそい分け、手渡してやった途端、かきこむように頬張り始めたアルルゥの様に、そこはかとない達成感のようなものを感じる。

 箸を伸ばしたティティカ殿も、一口つけて目を見張った。

「いや、美味いね、こりゃ。うん。

 これだけの味は素人じゃなかなか出せないよ」

「いくらなんでも、そこまでは。

 あまり褒められても複雑です」

「いや、たいしたもんだよ。

 酒がすすんじゃうね、こりゃ」

「んぅん~、ほいひいー。

 トラはゴハンじょうずー」

「ま、まあな」

「剣よりもぜんぜんじょうずー」

「をいっ」

 思わず張った声も気にせず、アルルゥは食べ続けている。

 椀が空になる度に、「ん」と力強く差し出しながら。

 やりとりの横からはクツクツと笑う声。

「文句言いながらもおかわりは

 ついでやるんだねぇ」

「は……」

 言われて、新たによそっている自分に気がついた。

 この短い間にすっかり習慣化されてしまったのか。

 某(それがし)の葛藤も、アルルゥはまるで気にしていない。

 催促してくるその声に、結局さからうことは出来なかった。

 ティティカ殿は相変わらずのニヤニヤ笑いを浮かべている。

 視線に耐えかね、思わず話を振っていた。

「そ、そういえば、

 ティティカ殿はなぜ雇兵団(アンクァウラ)を?」

「ん? アタシかい?」

 箸を止め、宙を見上げたのは一瞬。

 ティティカ殿の朗らかさは変わらない。

「こんな身形(ナリ)とはいえ

 アタシも武芸者の端くれだからね。

 名を上げるには一番手っ取り早いからさ」

「それは……金のため?」

「まさかぁ。金なんてものはただの道具だよ。

 アタシャそんなモンのために

 命を張る気はサラサラないね」

「では、仕えるべき主を求めて?」

 某(それがし)の問いかけに、ティティカ殿は笑みを深め、立てた人差し指を左右に振った。

 片目を瞑(つむ)り、おどけた様子を見せながらも、

「こんな時代に生まれたんだ。

 夢はでっかく、一国一城の主、とかね」

 答える言葉は力強く、確かな覚悟がこめられていた。

 それは聞く者にすら伝わるほどで。

「おー」

「ほう」

 アルルゥともども、思わず感嘆の声をを漏らしていた。

 胸に、初めて味わう想いが生まれる。

「素晴らしい。正直感服しました。

 この義に薄い世にあって、

 ティティカ殿は本気で天下を

 目指しておられるのですね」

「ふふん、惚れた?」

 その感情がいかなるものか見極めたかったのだが、盃を片手にしなだれかかってきた当人によって邪魔された。

「ティ、ティティカ殿?」

「アタシを主(あるじ)にするかい?

 エヴェンクルガのお侍様」

「ちょ、乗ってる! ティティカ殿!

 胸が、頭に乗ってますって……!」

「ふふ、乗せてんだよ」

 酔っているのか。

 いや、酔っていなくても変わらない気はするが。

 なにはともあれ、この状況は、まずい。

 非常に。

 脳裏に蘇る過日の記憶から、自然と不安の種に視線を向けていた。

 平たい目をしたアルルゥが、箸動かす手を止めている。

「……ムックル」

『ヴォ……』

「アアアアルルゥ!?

 鍋のおかわりはどうだ、まだまだあるぞ?

 汁の残りで雑炊(ニモコ)とかもどうだ?」

「……ん、たべる」

 慌ててその傍らに寄り、鍋の中身を大きく盛る。

 平たかった目はゆっくり元の円(つぶ)らへ戻り、山盛りの椀に興味を移していた。

 ホっとした途端、酔った笑いが耳に届く。

 だが、溜息をついている暇もない。

「トラー、雑炊(ニモコ)はー?」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってろ。

 すぐに用意するから」

 夕餉はまだまだ終わりそうになかった。

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