うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

160 / 235
~第三幕・63~ トゥスクルの動乱・戦闘・中

 

 マルシェロの腕が振られるたび、空気の砕ける音が散る。

 熱い炎の華と共に。

「クっ!」

「ふふふ、ははは、

 どうした、エヴェンクルガ。

 その無様な姿はなんだっ」

 後に残るくすぶった気配。

 ススにも似たその臭いは、噂で耳にした「火薬」というものか。

 鞭の先端に爆ぜる威には、間合いも軌道もない。

 動きは縦横無尽にして千変万化。

 うねり、曲がり、回って迫る鞭撃に、某(それがし)は抗ずる手段を持ち得なかった。

 集中を尽くして軌道を見定め、広がる爆発から身をよじるのが精一杯。

 とても反撃など考えられない。

 地を這い、転がり、退(しりぞ)きながら、ただ嘲笑に耐えるだけ。

「トラっ」

「来るな、下がってろっ」

 それでも心は折らずにいた。

 いかに未知とて、恐怖は恐怖。

 肉体的な苦痛ごときに屈する脆さなど、とうの昔に越えている。

 明確な目的を前にして、臆している暇などない。

 なにより。

 混乱極まるこの場にあって、彼女を守れるのは某(それがし)しかいないのだ。

 いや、状況の違いなど問題ではない。

 アルルゥの前で、これ以上の醜態をさらせるものか。

 荒くなった呼吸を一息で整え、剣をまっすぐ敵へと向ける。

「この程度の輩(やから)、

 エヴェンクルガの敵ではない」

 受けて、マルシェロの笑みが深みを増した。

 四角い笑みを、より鋭く。

「満身創痍で大層なことをほざくな。

 いかなエヴェンクルガといえど、

 この龍鞭からは逃れられん。

 種の才などしょせんはその程度。

 人の技はいつでも力を越えるのだ」

「才?

 技、だと?」

 語りには、鬱積(うっせき)した想いが感じられた。

 某(それがし)を攻めるこの状況をもって、過去の汚辱を打ち払おうとするような仄暗(ほのぐら)さだ。

 なんと浅ましく、醜い想いであろう。

 息に合わせて揺れていた切先は、もはや微動だにもしなかった。

「貴様ごときが、技を語るな、

 この外道」

「なに?」

「貴様の術は技とは言わぬ。

 他者の記した道を辿り、

 ただそれだけで修めたと

 思い上がっているに過ぎない。

 心を持たぬ馬鹿者が、

 人の伝えし技を偉そうに語るなっ」

「な、にを――」

 刃よりも鋭利な言葉に、マルシェロの笑みが凍りつく。

 声を失い、目の端を小刻みに震わせていた。

 表情の色がわかりやすく変わっていく。

 嘲りから怒りへと、瞬きの間で鮮やかに。

 忘我の呈は明らかだ。

 テルテォとの小競り合いで鍛えた悪舌も、少しは役に立ったらしい。

「貴、様、

 きさま、

 キサマァァ!」

 マルシェロの気が膨れ上がる。

 多少は残っていた理性が、殺意一色に塗り潰された。

 振り上げられる右手の鞭。

 浮かび上がる必殺の軌道は、単純であるほどわかりやすい。

「死ねえ!」

 そして放たれた一撃に、某(それがし)は真っ向から飛びこんだ。

 

 迫る鞭を払うため、構えていた剣を軽く引く。

 返した手首は意の通り、鋼糸の先端を跳ね上げた。

 同時に、撒かれた粉を焼くように、小さな火花が弾け散る。

 それは瞬時で燃え上がり、某(それがし)の眼前で瞬きより速く膨れ上がった。

 広がる赤い爆発に、しかし躊躇も浮かびはしない。

 

「ジャっ!」

 上げた刃を振り下ろす。

 放った気合の声より速く、迫る炎よりなお強く。

 音を超えた剣は不可視の斬撃を生んだ。

 

 それは、衝撃と炎熱をも斬り裂く一撃。

 

 広がった炎の華が、真空に斬られ、爆ぜて散る。

「なに――」

 疑問の声など聞く気はない。

 某(それがし)は勢いのまま、跳ねのけた鞭をまっすぐ辿り、マルシェロの懐へ飛びこんだ。

 見下ろす驚きのまなざしに、ただ動きだけを返す。

 振り上げた刃は弧を描き、かざされた炎の鞭を、マルシェロの腕ごと斬り飛ばした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。