うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・64~ トゥスクルの動乱・戦闘・下

 

「う、うああああ!

 ひぃいいいいい!」

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 悲鳴を上げて転がり回るマルシェロを見下ろしながら、荒い息を整えた。

 我ながら無茶をしたものだ。

 爆発を斬るなどという芸当、もう一度やれと言われても出来るかどうか……。

 いや、何度でもやってみせよう。

 必要とあらば、何度でも。

「う、腕が、俺の腕が、

 な、な、ないいいい!」

「やかましいっ」

「ぎふぅ!?」

「腕一本なくしたぐらいで人は死なん。

 少し黙って、ろ……」

 安心させてやるつもりの言葉は、しかし、相手に届かない。

 マルシェロの顎を打った蹴りは、その意識をきれいに飛ばしていた。

 まあ、目的は達したから、よいか。

「アルルゥ、こいつの手当てを頼む。

 今死なれては元も子もない」

「ん。

 トラはへーき?」

「ああ、大丈夫、

 だ……?」

「トラっ?」

 言葉の途中で膝が落ちた。

「が、っ……!」

 焼けた腕、あぶられた肌、筋肉の悲鳴が、今頃になって襲いくる。

 耐えがたい痛みは殺しきれず、全身から嫌な汗が流れ出した。

 意識を手放してしまいたい衝動に駆られる。

 悪夢でもいい、今すぐ眠りに堕ちたいと。

 ――だが、そうはいかない。

 戦いはまだ終わっていないのだから。

「だいじょうぶ?」

「……大丈夫、だ」

 顎から汗を滴(したた)らせての言葉は、我ながら説得力がない。

 それでも、アルルゥをしりぞけ、立ち上がる。

 視線を前に、いまだ続いているエヴェンクルガの戦に向けた。

 

 

 

 トウカ姉とリュウガ兄の戦いは場を変えて、屋敷の庭に移っていた。

 正確には、庭だった場所に、だ。

 美しく整えられていたのであろうその場は、見るも無残な荒地と化していた。

 巨大な庭石は割り砕かれ、なかば砂の塊に変じていた。

 広く丸い池もまた、たたえていた水の大半をその周囲に散らしている。

 壁も、灯篭も、笹林も、触れられたもののことごとくが剣閃の犠牲となり、地に撒かれていた。

 あるいは、目に見えぬものまでも。

 向きあったまま動き回る二人を、目だけで追う。

 静かな動きが辿った跡は、なにもしていないのに削られていった。

 剣は構えられたまま動いていない。

 いや、そう見えるだけか。

 集中すれば剣戟の響きに合わせ、かすかな煌(きらめ)きが見てとれた。

 あまりに速すぎる剣閃が、周囲を弾き、砕いていく。

「フッ!」

「ハァ!」

 裂帛の気合が響くと同時に、一際の一撃が大地を割る。

 十字を刻んだ剣閃は、集中した目にも一瞬の閃光にしか見えない。

 高すぎる次元の戦いに感動めいた思いを抱(いだ)きながら、しかし、奥歯を噛み締めていた。

 自身とのあまりに大きな隔(へだ)たりに、絶望的な苛立ちを覚える。

 瞬きも忘れさせる、静かで激しい争いは、唐突にその動きを変えた。

 十間(じゅっけん)ほどの距離をおき、互いに次の一手を探りあう。

「……腕を上げたな、リュウガ。

 某(それがし)と互角に渡りあうとは。

 流石、ゲンジマル様を超えると称された才だ」

 静かな、しかし確かな息遣いの間に、トウカ姉はそう告げた。

 対峙するリュウガ兄に、武士(もののふ)として尊敬を向けている。

 応える声にこめられているのも、同じ敬意。

「トウカ姉にはまだ及びません。

 ゲンジマル様にはほど遠い。

 これが人の身の無情でしょうか」

「違うな。

 それが生きる喜びだ。

 志(こころざし)とは、高みにあるから貴いのではない。

 そこに至ろうと想う心こそが貴いのだ」

「……確かに。

 やはり姉上には敵いません」

 交わされる声は穏やかで、束の間昔を思い出させた。

 幼き日々、三人で木剣を合わせていた頃を。

 刃を交える二人の姿は変わることなく、某(それがし)の目にまぶしく映る。

 その距離もまた、変わっていない。

 嬉しさと悔しさに、思わず一歩を踏み出してしまう。

 同時に、膠着の空気が崩れた。

「ですが、

 いつまでも留まってはおられませぬゆえ、

 ご容赦を」

 リュウガ兄が、まなざしの鋭さを増したことで。

「っ、

 リュウガ、お前……!」

 トウカ姉の驚く先、見据える気の質が変わった。

 剣気の圧力はそのまま、死を思わせる禍々(まがまが)しさに。

 その源は黒い剣。

 鞘に収められていた黒刀が、燃え上がる念を立ち昇らせる。

「いざ」

「っ……!」

 静かな言葉が告げられた次の瞬間、

 

 澄んだ鈴のような音が、壊れた世界に響いた。

 

 気づいた時、二人は立つ位置を入れ替えていた。

 五間(ごけん)程の距離を開け、互いに背を向けていた。

 交錯、したのだろう。

 踏みこみの動きも、抜刀の技も、某(それがし)には見えなかった。

 そして、その結末も。

 

 鍔鳴りの音は、リュウガ兄の手元から。

 同時に、二人の中間に、空からなにかが落ちてきた。

 それはクルクルと回り落ち、ストンと地に突き刺さる。

 トウカ姉の愛刀の、斬り折られた刀身だった。

 

「……リュウガ。

 貴様……」

 振り返ったトウカ姉の声は、震えていた。

 刀を折られたことにではなく、見据える存在そのものに、だろう。

 剣から手を離したリュウガ兄の佇(たたず)まいは、某(それがし)が思い知らされたもの。

 すなわち、対峙する者を叩き潰すほどの剣気であった。

「まずは刀を頂きました。

 これ以上僕(やつがれ)の妨げとなるのであれば、

 次は命を頂戴します」

「ク……」

 その威を前に、トウカ姉ですら言葉をなくしていた。

 恐怖だけではなく、激しい驚愕に揺れている。

 リュウガ兄は、何事もなかったかのように、場から歩き出していた。

 残ったままの緊張も、もはや呻(うめ)きもせぬマルシェロも放りだしたままで。

 あの時と同じように、リュウガ兄は悠然と去っていく。

 場に恐怖を刻んだまま、それを気にすることもない。

 だが、某(それがし)は同じではないのだ。

「リュウガ兄っ」

 心を恐怖に潰されたまま、それでも、遠ざかる後姿を呼び止めた。

 震えはない。

 怯えもだ。

 突きつけられる恐怖に対し、あるのはただ覚悟だけ。

 振り返ったリュウガ兄のまなざしを前にしても、その想いは変わらない。

「タイガか」

「まだ、話は終わっていません……。

 某(それがし)の問いに答えていただく。

 叶わぬというのであれば――」

「止めろ、タイガ」

 刃を上げようとした動きは、トウカ姉の切実な声に妨げられた。

 顔には、血を吐くような苦悩が浮かんでいる。

「トウカ姉……」

「お前ではリュウガに敵わぬ。

 無駄に死ぬのはお前の信念に反するはずだ」

「し、しかし」

「退いてくれ。

 ……頼む」

「トウカ、姉……」

 それはいつもの命令ではなく、心からの懇願だった。

 武士(もののふ)として某(それがし)の想いを十二分に理解しながら、その上でなお惜しんでの。

「トラ……」

 そして、後ろからの声に思い出す。

 今、アルルゥを守れるのは自分だけで、

 己の勝手な行いこそが、彼女を危機にさらしかねないのだということに。

 ……武士(もののふ)にとって、信念と名誉は命よりも重い。

 たとえ絶対の死を前にしても、その想いに変わりはない。

 だが、いま某(それがし)の背にあるものは、それらすべてよりも重く――

 それ以上、刀を上げていることは出来なかった。

「グ、ゥ……」

「タイガ」

 そして向けられたリュウガ兄の言葉は、こちらの葛藤など無意味と断ずる冷徹な響きを宿し、

「これ以上は追ってくるな。

 次は、斬る」

 腰の黒刀に匹敵する威力をもって、柵(しがらみ)のすべてを断ち切っていた。

 

 城下の騒ぎが制圧されたことを某(それがし)たちが知ったのは、その少し後だった。

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