うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

162 / 235
~第三幕・65~ トゥスクルの動乱・宴

 

 対象を定めぬ民の乱は、あふれた河のようなもの。

 膨大な水量を堰(せ)き止めることは難しいが、流れを散らして勢いを弱めることはできる。

 トゥスクルの兵はクロウ殿の指揮の下、囮となり民を誘導することで、氾濫を少しずつ分け広げていった。

 火事延焼、破壊倒壊を伴いながらも、互いに傷つけあうことを極力さけて。

 婉曲(えんきょく)な努力は実を結び、人々は騒乱の群れから離れるほど、心をとり戻していった。

 正気に戻って周囲を見れば、そこでは自分たちの営む場が燃えているのだ。

 声をかければ自然と消火の手に回ったという。

 トゥスクルの街は、外周から徐々に炎の色を消していった。

 それは次第に内へと進み、やがては城の直下まで行きつき――

 暁の空を迎える頃、騒ぎはどうにか終わっていた。

 

 

 

「みなさん、

 お疲れさまでした」

 騒乱の一夜を越え、束の間の落ちつきをとり戻したトゥスクルの城にて、某(それがし)たちはベナウィ殿から労(ねぎら)いの言葉を賜(たまわ)っていた。

 想いは複雑ながら、悪い気分はしない。

『ティティカルオゥル』の動きがなければ、扇動の手はより直接的に、トゥスクルの中核を落としていたであろうから。

 思い返すのは巡回の途中で出会った、苦しくも日々を生きる人々の笑顔。

 授かる名誉の声よりも、今は彼等を守れたことが、ただ単純に嬉しい。

 疲れきった表情の大老(タゥロ)殿には、少しばかり申し訳なかったが。

「我が国の中枢は

 散々な状態ですが……」

 ベナウィ殿は珍しく、はっきりと愚痴をこぼしていた。

 無理もない。

 某(それがし)たちの成果はすなわち、国の腐敗の証左でもあるのだから。

 ティティカ姉の示した六人の高官は、全員が全員、少なからぬ悪事を抱えていた。

 今回の騒ぎはマルシェロが手を引いたものであったが、徴税の偽りや賭場色町からの資金流用などは、また別の者も関わっていたらしい。

 今回、某(それがし)たちはその全てを白日の下にさらしてしまったのだ。

 国政のこれからを考えれば、頭が痛むのも当然だろう。

 根が真面目なベナウィ殿だ。

 腐敗をここまで広げてしまったことまで気にかけているのかもしれない。

「まあまあ大将。

 とりあえずは落ちついたんですし、

 少しはパアっとやりましょうや。

 兵たちにも労(ねぎら)いの酒を振るまっていることですし、

 俺たちもちっとは、ねえ」

 比べ、クロウ殿は明るかった。

 今までの高官たちに含むものでもあったのか、あるいは単に騒ぎたいだけなのかは、判然としなかったけれど。

 その陽気さは、ベナウィ殿の心を少しは晴らしたらしい。

「そうですね。

 みなさんも、お寛(くつろ)ぎください」

 宴に誘う表情には、わずかながらも笑みが浮かんでいた。

 

 質素ではあるが丁寧な膳に、酒は秘蔵の醸造酒。

 宴はささやかながらもにぎやかに、張りつめていた武官文官の雰囲気をやわらげていた。

 もちろん、『ティティカルオゥル』の面々も同様だ。

「ふっふっふ。

 これで俺たちの名も上がるというもの。

 トゥスクルだけではないぞ。

 近隣諸国にまで『ティティカルオゥル』の名は

 知れわたるであろう。

 ふはははは」

「うーん。

 テルテル、なんかすごい上機嫌だよ」

「酒が回ったんだろう。

 放っておけ。

 酔っ払いの相手などするだけ無駄だ。

 アルルゥ、足りないのなら某(それがし)の分をやるぞ」

「おーう」

「うん、たんと食え、たんと。

 決して酒には手を出すなよ」

 互いの戦果を語りあい、酒に肴にと手を伸ばす。

 特に、三人の敵を縛したテルテォは、すこぶる機嫌がよかった。

 延々と続く自慢の語りは聞き流してもやかましい。

「イエルポエルは見た目からして

 わかりやすい悪人だったからな。

 カリンたちはフーギの所だったか。

 ずいぶん大変だったようだが?」

「ええ。

 話はまともに通じないわ、

 途中で暴動が流れこんでくるわ、

 ティティカ姉様は途中でいなくなってしまうわで。

 リネリォさんがいなければ

 全部ぶち壊してしまうところでしたわ。

 もっと褒めてくれてもいいと思いますの」

「と、とか言いながら

 人の膝に乗ってくるんじゃない」

 カリンのからかいを軽い言葉でいなしながらも、某(それがし)はいつの間にかティティカ姉をうかがっていた。

 あの時の不調、やはり一時的なものなどではないのだろう。

 平然と酒を飲み笑っている様に、そんな素振りは欠片も見受けられないが。

 素振りといえば、酌の相手をしているトウカ姉には、気落ちする様子の一つも見えなかった。

 折られた刀のこともあるが、先の対峙とやりとりには、某(それがし)以上の衝撃を受けているはずなのに。

 リュウガ兄の変わり様を、トウカ姉はどのように思っているのだろう……。

 酒と肴に舌づつみを打つ両者からは、どのような感慨も察することはできなかった。

「そういう意味では

 カミュたちは楽ちんだったね。

 イエルなんとかは証拠突きつけたら

 簡単にバラしてくれたもん」

「あぁ……

 オンカミヤリューの姫ともあろうお方が、

 悪人相手に偽りの証拠で脅迫行為など……

 賢大僧正(オルヤンクル)が知られたら

 どれほどお嘆(なげ)きになることか」

「もー、ムティは頭固いんだから」

 ムティ殿が嘆いているのは、相手を追いつめるためにとアルルゥが提案した、金品流用の証拠書簡のことだろう。

 もちろん本物ではなく、調べた内容をこちらで記した偽文書だ。

 それでも、ティティカ姉とリネリォ殿が調べ上げた一級の証拠ではある。

 会話の流れ次第では、カミュたちのように相手を容易(たやす)く陥落できただろう。

 某(それがし)たちの場合、リュウガ兄の存在によりマルシェロとハクビの繋がりが明白だったため、あまり意味を成さなかっただけだ。

 それが、アルルゥには微妙に面白くないらしい。

「う~。

 せっかく作ったのに……」

 一級の膳を前にしながらも、いまだに頬を膨らませていた。

「いいじゃないか。

 他のところでは役に立ったようだし」

「なんかつまんない」

「策というのはそういうものだ。

 一つを突き詰めるのではなく、

 無数の罠を張り巡らせるのが

 優れた策士だともいうぞ。

 あまり気を病まずにだな――」

 なだめる言葉を続けようとしたその時、広間の戸が豪快に開け放たれた。

 いや、吹き飛ばされたと言った方が正確か。

 あまりの勢いは、思わず剣を握ってしまうほど。

 そこに立つ灰色の姿に、次の瞬間には脱力していたが。

「……なんだ、ムックルか。

 驚かすな」

 すっかり忘れられていたムックルは、低い唸りを上げ続けていた。

 青い目には燃える炎が宿ったままだ。

 まだ突入での興奮が残っているのだろう。

 だが、なぜそれを某(それがし)に向けているのか。

「ど、どうしたんだ?」

「ムックル、怒ってる」

「なんで?」

「終わったらゴハンくれるって言ったのに、

 トラこなかったから」

「な……?」

 理由はわかったが、納得できるはずはない。

 それは某(それがし)の言ではなく、アルルゥが勝手に言ったことではないか。

 意思を伝える暇もなく、ムックルは黙々と近づいていた。

 呆気に取られた某(それがし)の前で、生臭い口を大きく開く。

「ムックル、おなかすいたって」

「い、いや、だから。

 わかった、用意してやるから、少し――」

「トラたべるって」

「ま、まてまてまてぇ!?」

「そうだよ、まちな」

「ティティカ姉っ」

 その動きを、酔いに頬を染めたティティカ姉が止めてくれた。

 思わず安堵の息を吐く。

「か、かたじけない。

 なんとかこいつらを落ち着かせて――」

「こんなところでバリボリやられたら興醒めじゃないか。

 外でやってきな」

「……は?」

 すぐ放心に変わっていたが。

「テルテォ」

「はっ。

 そう、らっと」

「のぉわ?」

 ティティカ姉の言葉に従い、テルテォは某(それがし)をムックルが破った間の口へと放り投げた。

 酔っ払いの余興にまともな思考など通用しない。

『ヴォヲ~ウ』

「だああああああ!?」

 結局、追いくるムックルの牙から逃れるため、城中を駆け回るのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。