うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第三幕・66~ トゥスクルの動乱・祝

 

「いやぁ、すっかり有名人だね、アタシたちも。

 街じゃあまさに時の人ってやつだよ」

「そう、ですね……」

 流民の暴動から早数日。

 某(それがし)は上機嫌なティティカ姉を導いて、城の中を歩いていた。

 会話の内容はもっぱら、復旧の進む街から聞こえてくる団の評判についてである。

 

 あの混乱の中で起こした『ティティカルオゥル』の活躍は、どういうわけか都中に広まり、いつの間にか事態解決の中心として語られるようになっていた。

 曰(いわ)く、亡き皇(オゥルォ)の御子が国の危機を救ったのだと。

 今や某(それがし)たちは、ちょっとした英雄として扱われている。

 まったくの偽(いつわ)りではないが、完全に正しいとも言えない評価だ。

 エヴェンクルガの武士(もののふ)としては、どうにも素直に喜べない。

 憂(うれ)いの理由はそれだけでなかったが。

 

「なんだい、不満そうだね。

 エヴェンクルガとしてはこの程度じゃ

 満足できないって?」

「い、いえ。

 そのようなことは。

 某(それがし)には身にあまる名誉で、

 少し、戸惑ってしまって」

「なに言ってんだい。

 アンタはよくやったよ。

 胸張って偉そうにしてな」

「ええ。

 努力してみます」

 カラカラと笑うティティカ姉の顔を、まともに見ることができずにいた。

 その奥に秘められた痛みを、どうしても思い返してしまう。

 

 あの日見せられた苦悶の意味を、某(それがし)はいまだに教えてもらえていない……。

 

 だが、いつまでも暗い顔はしていられない。

 今日は祝いの席なのだから。

「それで、一体どこまで行くんだい?

 なんの集まりかも聞かされてないけど」

「こちらです。

 集まりの理由は、

 中に入っていただければ」

 辿りついた広間の前で、引き開ける戸の手をゆずる。

 慣れない秘めごとにわざとらしい態度になってしまったが、ティティカ姉は笑みを深めるだけで許してくれた。

「なんだい、珍しく思わせぶりだねぇ。

 揃いの布団でも用意してるんじゃ……?」

 戸を開き、その表情は驚きへと変わる。

「ティティカ姉様!」

「おめでとー」

「ございますですわ」

「へっ?」

 突き出された花の束と、それ以上に咲き誇る笑顔を向けられて。

 三人娘の後ろでは、『ティティカルオゥル』の面々が柔らかく手を打ち合わせていた。

 広間に並ぶ料理を囲み、クーヤやサクヤ殿たちトゥスクルの人々も、同じような朗らかさを示している。

 突然の祝福に、ティティカ姉は珍しく困惑の表情を浮かべていた。

「これは、一体……?」

「アルルゥが言い出したのです。

 今日は団の誕生日ですよ」

「誕……

 あぁ、そうか。

 もう、そんなに……」

 返した宴の理由に、ティティカ姉はすぐにこわばりを解く。

 代わりに浮かんだ再びの笑みは、先よりも優しく穏やかなものだった。

「みんなと会えたの、

 ティティカおねーちゃんのおかげ。

 だから、ありがと」

「はいこれ、お誕生日の贈り物だよ。

 みんなで考えたんだっ」

「トゥスクルでも最高級のお酒ですわ。

 探すのにずいぶん苦労したんですのよ?」

「私は新しい弓の方がよいと思ったのだがな」

「そうですよね。

 まったく姫さまは、

 楽しみごとにばかり走るので、もがっ」

「ムティ?

 なにか言ったぁ?」

「俺は別に、この簪(かんざし)を。

 牡丹(ぼたん)の華を金に彫りこんでみました。

 やはりティティカ様に相応しいものとなると、

 最低でもこの程度の代物でなければと」

「あのう、テルテォ様。

 金のお代は、

 きちんとお支払いいただけるのですよね?」

「……ニコルコも協力してくれました。

 いや、なかなか豪気な奴です」

「そ、そんな~」

「このような席にお呼び頂けるとは光栄の極み。

 某(それがし)からも祝いの言葉を送らせてください。

 おめでとうございます」

「「「おめでとうっ」」」

 騒々しくもまとまった声は、心からの祝福で、

「みんな……

 ありがとう」

 言葉を向けられたティティカ姉の笑顔には、少しだけ涙が滲(にじ)んでいた。

 渡された細長い甕(かめ)を抱き、いつもと違った魅力を見せる。

 どこか儚(はかな)さを感じさせるその魅力は、

 

 直後、異変に襲われた。

 

「グ、ヴ……っ?」

 響く短い苦悶の声。

 ティティカ姉は少しだけ身をよじり、激しい苦痛の表情を浮かべ、右の胸を上から押さえつけた。

 いつかと同じ表情に、どうしようもなく焦燥を覚える。

「ティティカねっ――」

 思わず近よろうとして、当人に止められた。

 苦痛の中でも笑みを浮かべた、ティティカ姉の上げた手に。

 瞬間、葛藤してしまった。

 ――今この場で、ティティカ姉の不調を明らかにするべきだと、心からの不安が訴えてくる。

 だが、皆の気遣いを喜び、それを壊さないようにと堪(こら)える努力を見せられると、それ以上の声が出せなかった。

「ティティカ、姉さま?」

「おねーちゃん?」

「どう、したの?」

「ごめんごめん。

 ちょいと、感動しちまったよ」

 皆から向けられた心配の声に、ティティカ姉はいつもと変わらない、大らかな笑みを返していた。

 苦悶の色など微塵もない。

「さあ、そういうことなら

 遠慮なく楽しませてもらおうかっ。

 今日は飲むよ、みんな、覚悟しな」

 そのままなごむ場を前にしては、それ以上の心配など見せられないではないか。

 宴の席に向かうティティカ姉に対し、某(それがし)に出来ることはなにもなく、

「タイガ」

「リネリォ殿。

 ティティカ姉は――」

「……もう少しだけ、待ってやってくれ。

 ティティカが、覚悟を決めるまで」

 横に首を振るリネリォ殿と二人、にぎわいの場を見守ることしかできなかった。

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