うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・4~ 北の国・潜入

 

 左右を崖に挟まれたトパコの砦の門前で、二国の軍が激闘をくり広げている。

 砦上からの銃撃に対し、トゥスクルの兵は、巨木を盾に陣を組んだ。

 バンジジェジュ軍は迎え討つべく、鋼鉄の鎧をまとった兵を展開させていく。

 歩みは遅くとも刃を通さぬ重兵を前に、ただでさえ不利を抱えたトゥスクルの軍は、圧倒的な苦戦を強いられていた。

 だが、退く気配はない。

 明らかな負け戦にも関わらず、トゥスクルの兵たちは戦意を失っていなかった。

 その最たるものたちこそ、最前に立つ『ティティカルオゥル』だ。

「ぬおおおお!」

 雄叫びと共に振りぬかれた剛槍が、重兵の胴を叩き割る。

 勢いは止まらず、さらに二人をはね飛ばした。

 敵の体を盾に用い、巧みに銃弾を避けながら、テルテォは闘気を吐き続ける。

「テルテォ。

 あまり飛ばしすぎるな。

 長丁場になるとわかっているだろう」

「アルルゥ殿が敵の火中にいるのですぞ。

 そうはいきませぬ。

 陽動は陽動らしく、

 せいぜい暴れて敵を引きつけねばっ」

「だいじょうぶですわよ。

 トラさんもついているんですし」

「それが、余計に心配なのだ!」

 吠えながら槍を操るテルテォの周囲で、他の面々も力を揮っていた。

 豪剣が唸り、火球が爆ぜ、刃の嵐が吹き荒れた。

 彼の言い分を体現するように、各々の全力を容赦なく敵に叩きこんでいく。

「でも、本当に大丈夫かな、二人だけで」

 闇の法術を放ちながら、カミュの表情には不安の色が濃い。

「ムックルもいるし、大丈夫さ」

 鋼の矢をつがえるティティカは、いつもとあまり変わらなかった。

 玉の汗を振り飛ばしながら、撃った一矢で二敵を射抜く。

「逆に見つかりやすいのでは?」

「マア、見つかっても問題はないでしょう。

 ムックルさんなら弾も効かぬでしょうし、ハイ」

「無駄口を叩いている余裕はないぞっ。

 盾にされたくなければ働け!」

「「は、はいっ」」

 リネリォが叱咤を飛ばす通り、戦いの前線に他者を思う暇などない。

 それでも、銃弾の雨を丸太の屋根で受ける一同は、どうしようもない気遣いを敵の先へと向けていた。

 トパコの砦はいまだ沈黙を守ったままだ。

 重兵の関節を刻むリネリォの眉も、募る不安に寄せられる。

「長くはもたんぞ。

 早くしろよ」

 そのつぶやきは場にいない、アルルゥとタイガに向けられていた。

 

 

 

 戦の響きを下を聞きながら、岩壁の凹凸を足の裏で捉える。

 奪われそうになる意識をひたすら前に向け、トパコの砦の直上にいたる険しい崖を進んだ。 

「トラ、はやく来る」

「せ、急かすな。

 お前たち、なぜそんな簡単に進めるんだ」

 わずかな足場で息を吐き、戦いに沸く下を見る。

 砦の前に展開された戦線は、予定の通り拮抗を保っていた。

「皆の陽動は上手くいっているようだな。

 あまり長くは任せたくないが」

「ん。はやくいく」

『ヴォウ』

 割れた岩間に身を隠すアルルゥは、はやる気を押さえきれないようだ。

 某(それがし)とて想いは同じ。

 早計な判断は身を滅ぼすが、この場に至っての慎重さはただの臆病でしかない。

 改めて直下を見下ろした。

 戦に集中しているトパコの砦は、背後の守りをほとんど忘れている。

「いくぞ」

「んっ」

 音もなく、気配を殺し、崖の壁から見定めた砦の空白地帯に飛び降りた。

 着地の衝撃は、転がり殺す。

 全身に、上下左右から殴られたような衝撃が走るが、悠長に痛がっている暇はない。

 すぐさま近くの建物に駆けこむ。

 声を殺したまま周囲を見回したが、騒ぎの気配は近づいてこない。

 すぐさま抜くつもりだった剣は、納めたままで済みそうだ。

 後ろにアルルゥとムックルの姿を確かめ、まずは一つ息をつく。

 本番はこれからだ。

「よし。

 頼むぞアルルゥ」

「ん。

 ……こっち」

 わずかに鼻をひくつかせた後、アルルゥはおもむろに進路の右手を指差した。

 どこかキナ臭い大気の中、それは一際の危険へと至る道であるはずだ。

 某(それがし)はうなずきで応え、背負い袋に収めていた油を撒いた。

 昔とった杵柄で、速やかに火を放つ。

 火付けの経験がこんなところに活かされるとは。

 武士(もののふ)としては嬉しくもないが。

 瞬く間に燃え上がった赤い炎を見届ける間も惜しみ、さらなる危険へと続く道を走りだした。

 

 

 

 戦いが長びくほどトゥスクルの軍が痛手を受けるこの事態に対し、某(それがし)たちは常道にして大胆な手段を決断した。

 敵の力を利用する。

 つまり、火薬を爆発させる策だ。

 敵の懐に潜入し、速やかに、確実に火を放つ。

 危険のほどは計り知れず、爆発の威力・規模とも見当がつかない。

 ましてや、その実行者の安否など……

 余りに無謀なこの策に、賛同を唱える者はいなかった。

 当然だろう。

 感情的にも戦術的にも、とても認められたものではない。

 某(それがし)とて考えは同じだった。

 そのようなことを行おうとする馬鹿者など、切り伏せてでも止めるつもりでいた。

 

 ――立案者がアルルゥで、伴(とも)に某(それがし)が選ばれていなければ。

 

 頑(かたく)ななアルルゥの意思を曲げることは誰にもできず、ベナウィ殿の計に合わせ、砦への侵入を謀(はか)ることとなった。

 そして今、某(それがし)たちは息を殺して走っている。

 

 

 

 道を探り、抜けた後ろに火を放ちながら、古い砦をひたすら進む。

 騒ぎは順調に広がっているようだ。

 せわしない気配が盛んに行きかい、次第に人を避けるのも難しくなっていく。

 いや、そもそも無理があったのだと、今さらに思う。

「な、なんだお前らっ?」

「のあっ。バ、バケモノ?」

 ムックルを引き連れての隠密行動など、食料を抱えてキママゥの群れに飛びこむようなものだ。

 兵の驚きを聞きつけて、さらに複数の気配が近づいてきた。

 元より覚悟はしていたこと、少し予定が早まったに過ぎない。

 拓くべき血路を前に、静かな決意で剣をとる。

 だが、某(それがし)が一歩を踏むより先に、白い巨躯が前に出ていた。

「ムックル?」

『ヴォフゥ』

 垣間見えたのは不本意そうな、強い意思を宿した青い瞳。

 後を託す想いには、しくじりを許さない殺意がこめられていた。

 無論だとうなずきで応える。

 もっとも、考えてみればあまり意味のない問答だ。

 アルルゥの身になにかが起こるとしたら、それは某(それがし)の骸が転がった後であろう。

 納得したのかは分からなかったが、ムックルは前を向くと、群がる敵兵の只中へと跳躍した。

「う、うああ!?」

『ヴオオオウ!』

「怯(ひる)むなっ。

 槍を、銃をもて!」

「し、しかしこいつ、刃も炎も効かな――」

 迫る巨獣の威に浮き足立った声は、押されるがまま遠ざかっていった。

 その後ろに置かれた某(それがし)たちにまで気を配る者はいない。

 ムックルは、たった一人で押しよせる敵のすべてを引き受けてくれたのだ。

 燃え上がる砦の中をただ一人で……

 流石に不安が頭を過ぎる。

「ムックル……」

「トラ、行く」

「しかし、いくら森の主(ムティカパ)と言えど、

 あれだけの数を相手にしては」

「ムックルへいき。

 ぜったいだいじょうぶ。

 だから、アルルゥもできること、ちゃんとする」

 言いながらも、アルルゥの目には多分の恐れが浮かんでいた。

 当然だ。

 子が死地に向かう様を見て、不安にならぬ親などいるわけがない。

 それでも見送ることが出来るのは、まさにその絆ゆえか。

 揺れる瞳からは、ムックルに対する信頼が見て取れた。

 それ以上の不安を与える意味などない。

 告げるべきは、不安ではなく成すべきことだ。

「……よし、行こう。

 アルルゥ、道を頼む」

「ん」

 余分は語らず、ただ目的のみを果たすため、某(それがし)はアルルゥと共に走りだした。

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