うたをつぐもの―うたわれるもの・After― 作:根無草野良
左右を崖に挟まれたトパコの砦の門前で、二国の軍が激闘をくり広げている。
砦上からの銃撃に対し、トゥスクルの兵は、巨木を盾に陣を組んだ。
バンジジェジュ軍は迎え討つべく、鋼鉄の鎧をまとった兵を展開させていく。
歩みは遅くとも刃を通さぬ重兵を前に、ただでさえ不利を抱えたトゥスクルの軍は、圧倒的な苦戦を強いられていた。
だが、退く気配はない。
明らかな負け戦にも関わらず、トゥスクルの兵たちは戦意を失っていなかった。
その最たるものたちこそ、最前に立つ『ティティカルオゥル』だ。
「ぬおおおお!」
雄叫びと共に振りぬかれた剛槍が、重兵の胴を叩き割る。
勢いは止まらず、さらに二人をはね飛ばした。
敵の体を盾に用い、巧みに銃弾を避けながら、テルテォは闘気を吐き続ける。
「テルテォ。
あまり飛ばしすぎるな。
長丁場になるとわかっているだろう」
「アルルゥ殿が敵の火中にいるのですぞ。
そうはいきませぬ。
陽動は陽動らしく、
せいぜい暴れて敵を引きつけねばっ」
「だいじょうぶですわよ。
トラさんもついているんですし」
「それが、余計に心配なのだ!」
吠えながら槍を操るテルテォの周囲で、他の面々も力を揮っていた。
豪剣が唸り、火球が爆ぜ、刃の嵐が吹き荒れた。
彼の言い分を体現するように、各々の全力を容赦なく敵に叩きこんでいく。
「でも、本当に大丈夫かな、二人だけで」
闇の法術を放ちながら、カミュの表情には不安の色が濃い。
「ムックルもいるし、大丈夫さ」
鋼の矢をつがえるティティカは、いつもとあまり変わらなかった。
玉の汗を振り飛ばしながら、撃った一矢で二敵を射抜く。
「逆に見つかりやすいのでは?」
「マア、見つかっても問題はないでしょう。
ムックルさんなら弾も効かぬでしょうし、ハイ」
「無駄口を叩いている余裕はないぞっ。
盾にされたくなければ働け!」
「「は、はいっ」」
リネリォが叱咤を飛ばす通り、戦いの前線に他者を思う暇などない。
それでも、銃弾の雨を丸太の屋根で受ける一同は、どうしようもない気遣いを敵の先へと向けていた。
トパコの砦はいまだ沈黙を守ったままだ。
重兵の関節を刻むリネリォの眉も、募る不安に寄せられる。
「長くはもたんぞ。
早くしろよ」
そのつぶやきは場にいない、アルルゥとタイガに向けられていた。
戦の響きを下を聞きながら、岩壁の凹凸を足の裏で捉える。
奪われそうになる意識をひたすら前に向け、トパコの砦の直上にいたる険しい崖を進んだ。
「トラ、はやく来る」
「せ、急かすな。
お前たち、なぜそんな簡単に進めるんだ」
わずかな足場で息を吐き、戦いに沸く下を見る。
砦の前に展開された戦線は、予定の通り拮抗を保っていた。
「皆の陽動は上手くいっているようだな。
あまり長くは任せたくないが」
「ん。はやくいく」
『ヴォウ』
割れた岩間に身を隠すアルルゥは、はやる気を押さえきれないようだ。
某(それがし)とて想いは同じ。
早計な判断は身を滅ぼすが、この場に至っての慎重さはただの臆病でしかない。
改めて直下を見下ろした。
戦に集中しているトパコの砦は、背後の守りをほとんど忘れている。
「いくぞ」
「んっ」
音もなく、気配を殺し、崖の壁から見定めた砦の空白地帯に飛び降りた。
着地の衝撃は、転がり殺す。
全身に、上下左右から殴られたような衝撃が走るが、悠長に痛がっている暇はない。
すぐさま近くの建物に駆けこむ。
声を殺したまま周囲を見回したが、騒ぎの気配は近づいてこない。
すぐさま抜くつもりだった剣は、納めたままで済みそうだ。
後ろにアルルゥとムックルの姿を確かめ、まずは一つ息をつく。
本番はこれからだ。
「よし。
頼むぞアルルゥ」
「ん。
……こっち」
わずかに鼻をひくつかせた後、アルルゥはおもむろに進路の右手を指差した。
どこかキナ臭い大気の中、それは一際の危険へと至る道であるはずだ。
某(それがし)はうなずきで応え、背負い袋に収めていた油を撒いた。
昔とった杵柄で、速やかに火を放つ。
火付けの経験がこんなところに活かされるとは。
武士(もののふ)としては嬉しくもないが。
瞬く間に燃え上がった赤い炎を見届ける間も惜しみ、さらなる危険へと続く道を走りだした。
戦いが長びくほどトゥスクルの軍が痛手を受けるこの事態に対し、某(それがし)たちは常道にして大胆な手段を決断した。
敵の力を利用する。
つまり、火薬を爆発させる策だ。
敵の懐に潜入し、速やかに、確実に火を放つ。
危険のほどは計り知れず、爆発の威力・規模とも見当がつかない。
ましてや、その実行者の安否など……
余りに無謀なこの策に、賛同を唱える者はいなかった。
当然だろう。
感情的にも戦術的にも、とても認められたものではない。
某(それがし)とて考えは同じだった。
そのようなことを行おうとする馬鹿者など、切り伏せてでも止めるつもりでいた。
――立案者がアルルゥで、伴(とも)に某(それがし)が選ばれていなければ。
頑(かたく)ななアルルゥの意思を曲げることは誰にもできず、ベナウィ殿の計に合わせ、砦への侵入を謀(はか)ることとなった。
そして今、某(それがし)たちは息を殺して走っている。
道を探り、抜けた後ろに火を放ちながら、古い砦をひたすら進む。
騒ぎは順調に広がっているようだ。
せわしない気配が盛んに行きかい、次第に人を避けるのも難しくなっていく。
いや、そもそも無理があったのだと、今さらに思う。
「な、なんだお前らっ?」
「のあっ。バ、バケモノ?」
ムックルを引き連れての隠密行動など、食料を抱えてキママゥの群れに飛びこむようなものだ。
兵の驚きを聞きつけて、さらに複数の気配が近づいてきた。
元より覚悟はしていたこと、少し予定が早まったに過ぎない。
拓くべき血路を前に、静かな決意で剣をとる。
だが、某(それがし)が一歩を踏むより先に、白い巨躯が前に出ていた。
「ムックル?」
『ヴォフゥ』
垣間見えたのは不本意そうな、強い意思を宿した青い瞳。
後を託す想いには、しくじりを許さない殺意がこめられていた。
無論だとうなずきで応える。
もっとも、考えてみればあまり意味のない問答だ。
アルルゥの身になにかが起こるとしたら、それは某(それがし)の骸が転がった後であろう。
納得したのかは分からなかったが、ムックルは前を向くと、群がる敵兵の只中へと跳躍した。
「う、うああ!?」
『ヴオオオウ!』
「怯(ひる)むなっ。
槍を、銃をもて!」
「し、しかしこいつ、刃も炎も効かな――」
迫る巨獣の威に浮き足立った声は、押されるがまま遠ざかっていった。
その後ろに置かれた某(それがし)たちにまで気を配る者はいない。
ムックルは、たった一人で押しよせる敵のすべてを引き受けてくれたのだ。
燃え上がる砦の中をただ一人で……
流石に不安が頭を過ぎる。
「ムックル……」
「トラ、行く」
「しかし、いくら森の主(ムティカパ)と言えど、
あれだけの数を相手にしては」
「ムックルへいき。
ぜったいだいじょうぶ。
だから、アルルゥもできること、ちゃんとする」
言いながらも、アルルゥの目には多分の恐れが浮かんでいた。
当然だ。
子が死地に向かう様を見て、不安にならぬ親などいるわけがない。
それでも見送ることが出来るのは、まさにその絆ゆえか。
揺れる瞳からは、ムックルに対する信頼が見て取れた。
それ以上の不安を与える意味などない。
告げるべきは、不安ではなく成すべきことだ。
「……よし、行こう。
アルルゥ、道を頼む」
「ん」
余分は語らず、ただ目的のみを果たすため、某(それがし)はアルルゥと共に走りだした。