うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・7~ 北の国・出発

 

「当面の戦力は押さえましたが、

 状況は厳しいですね」

 臣を集めた合議の間で、ベナウィ殿は沈痛な面持ちを隠そうとしなかった。

 無理もない。

 トゥスクルの首都防衛を司る精鋭を総動員し、かろうじて取り戻したトパコの砦。

 そこにいたバンジジェジュの軍勢が、ただの尖兵にすぎなかったのだから。

 この事実を前に強気でい続けられるとすれば、豪胆ではなく愚鈍ゆえであろう。

 バンジジェジュの宣戦布告は、トゥスクル一国のみならず東方の諸国にまで発されていた。

 重兵と銃器の圧倒的な威力を見知った今、それを無謀と笑い飛ばすことは出来ない。

「同盟諸国も敵戦力の対応に追われているようです。

 共闘は望むところでしょうが、

 今のままでは兵力を合わせることすら難しい」

「トゥスクル主導の連合軍となれば、

 兵力的に対抗できる国があるとは思えないけどね」

「どの国も敵戦力に浮き足立っているのだろう。

 あのような武器の存在を知る者など

 早々いないだろうからな」

 困惑するばかりの高官に代わり、ティティカ姉とリネリォ殿が応える。

 カミュやカリン、テルテォの感情的な横槍を交えながら、盛んに言葉を交わしていた。

『ティティカルオゥル』が政務の場に加わっていることを咎める者は、いまやいない。

 反対する連中が一掃されたこともあるが、非公式とはいえ元皇女の存在というのもまた、それを許す要因になっているのだろう。

 その当人だけは、議論に沸く場の中で、妙に静かなままだったが。

「いずれにせよ、長い戦いになるでしょうね。

 対抗策と諸国との連携を取り戻すことが最優先です。

 カミュ様、オンカミヤムカイへの文に一筆頂けますか」

「うん。

 お姉様もきっと心配してるよ」

「すでにこちらへの使者が向かっているのではありませんか?

 そういうことに関しては抜け目のなさそうな方ですし」

「そうですね。

 街道の封鎖、関での検分に保護を伝えましょう。

 軍の編成も考えなければなりません。

 皆、各々の分をまっとうしてください」

「「「ハッ」」」

 緊張と緊迫に満ちながらも、場はにわかに活気を見せる。

 絶対の窮地におかれても諦める気が見えぬのは、これがトゥスクルという国の本質であるためか。

 広がる熱気に、某(それがし)の胸にも熱いものがこみあげてくる。

 ――ただ、それでも、

 隣に座るアルルゥは、静かに顔を伏せたままだった。

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 戦時のあわただしさに揺れたトゥスクルの皇城も、今は束の間の静けさをとり戻している。

 それでも、日頃に比べれば遥かに明るい。

 城の内からは光があふれ、城壁の上には無数の篝火(かがりび)が揺れていた。

 巡回に当たる兵たちの顔も緊張に満ちている。

 雰囲気は張りつめた弓弦(ゆみづる)のごとく、見えざる鏃(やじり)の鋭さを感じさせるほど。

 不審など何一つ見逃さぬという気概には、夜の暗さも意味を成さぬように見えた。

 

 だがそれも、少女がこれまで潜り抜けてきた闇には敵わなかったのだろう。

 影から影、闇から闇、警備の切れ間を巧みに見極め、アルルゥは城壁を越えていた。

 ムックルの巨躯にまたがったまま、まるで気配を悟らせずに。

 野生の獣じみた技は大したものだが、やはり常の冷静さは欠いているようだ。

 こわばった表情が焦る心を表している。

 まったく、日頃の悪戯めいた顔はどこに忘れてきたのだろう。

 いつものアルルゥなら、某(それがし)に行動を悟られることなどなかったろうに。

 城に近い森の中。

 息を殺して進むアルルゥの後ろに、某(それがし)はあえて音を立てて歩み出た。

「ひう?」

「なにしてるんだ。

 こんな夜中に」

「トラ……」

 振り返った顔は、叱られる前の子供のようだった。

 瞳をわずかに濡らしたまま、それでも強気に睨んでみせる。

 そんな頑固さだけはいつものままで、少しだけ安心した。

「どこに行くつもりだ」

「……おねーちゃんのとこ」

 予想通りの答えに、重い息は隠せなかった。

「エルルゥ殿はハクビと共にいる。

 だとすれば、その行く先はバンジジェジュの都だろう。

 敵のど真ん中だぞ」

「でも、行く。

 おねーちゃんといっしょに、

 ヤマユラにかえる……」

「お前一人で行ったって捕まるのがオチだ」

「うー、

 ムックルもいっしょ。ガチャタラも」

「あのなぁ……」

 自分でも無理はわかっているだろうに、アルルゥはどこまでも頑(かたく)なだった。

 束の間で終わってしまった姉上との再会に、他のなにも考えられないのだろう。

 某(それがし)も兄上に置いていかれた身だ。

 気持ちはよくわかる。

 だからといって、進むだけでは悲しいではないか。

「お前、自分で言ったことを忘れてるだろう」

「うー?

 アルルゥの、言ったこと……?」

「ああ。某(それがし)は一人じゃないって、

 言ってくれたじゃないか」

「あ……」

 泣き出しそうだった表情が、小さな驚きに変わる。

 ようやく自分が『ティティカルオゥル』の一員であることを思い出したようだ。

 そう、こんなときにこそ、家族を頼ってほしい。

「アルルゥだって一人じゃないだろ。

 その、某(それがし)も、一緒だ」

「トラ……」

 つぶやきはささやかに。

 アルルゥの黒い瞳には、うっすらと涙がにじんでいた。

 鼻を鳴らす仕草はいたいけで、なぜか後ろめたさを感じてしまう。

 同時に、得体の知れない愛しさも。

 思わず視線を外してしまった。

 向けられるまなざしが痛い。

 滅多に見られぬであろう表情は正直惜しかったが、なにぶん状況が状況だ。

 直視などしたらどれほどの無様をさらすことになるか、知れたものではない。

 一つ小さな咳を払い、早々に窮地を脱することにした。

 横手の、深い茂みに目を向ける。

「それに、みんなもな」

「みんな?」

「ああ。

 そうだろ?」

 呼びかけに、ガサガサと緑の葉が揺れた。

 気配はあわてることもなく、照れた笑いを浮かべて頭を出す。

「あ、あはは。

 バレてた?」

「まあ、この人数で潜んでいるほうに

 無理がありましたわね」

「カミュちー、カリリン」

 驚きの声に、続々と立ち上がってくる。

 一際大きな体の主は、怒りもあらわに某(それがし)へ詰めよりきた。

「貴様、

 立場を利用してアルルゥ殿に言いよるとは何様だっ」

「だ、誰が言いよった、誰がっ」

「いや、今のは完全に口説いていただろう。

 なかなか見事な手腕だったぞ」

「リ、リネリォ殿っ」

「テルテル、リネリン……」

 困惑の声も混ざっていたが、行きつく先は同じもの。

「姫さまぁ、本当に行くんですか?

 て、敵地のど真ん中ですよ?」

「なぁに、ムティ。

 アルちゃんをほったらかしにするつもりなの?」

「そ、そりゃあぼくだって、

 アルルゥさまのお役に立てるなら

 なんだってしますけど」

「エエ、エエ。

 いつも色々とお買い上げ頂いている

 上客様ですので、ハイ」

「ムーちん、ニコちんも?」

「そうだよ。

 みんなアルルゥと一緒にいたいのさ」

 最後に現れた団長の言葉が、皆の総意を伝える。

 ティティカ姉はいつもの笑みを浮かべたまま、ゆっくりとアルルゥの前へと進み、その頬を両手でつねりあげた。

「ひぃひぃひゃほねーひゃん……」

「まったく、まだまだだね、アルルゥも。

 アタシをダシ抜こうなんざ百年早い」

「うー、いひゃい、いひゃい」

「人を騙そうと思うなら

 動揺を表に出さないようにしな。

 感情を抑え、何事にも平静に応じる。

 それがハッタリの極意ってもんさ」

「うい」

「いや、ティティカ姉。

 そんな余計なこと教えないでください」

 心の底からの願いになぜか笑いが起きる。

 広がる明るい雰囲気は、森の闇すらわずかに払っていた。

 某(それがし)としては不本意極まりないのだが、まあ、それもいいだろう。

 アルルゥに笑顔が戻ったのだから。

「さ、それじゃ行こうか。

 バンジジェジュの都にさ」

「「「おー!」」」

 掲げられた陽気な声に、新たな目的の地に向けて、高々と拳が突き上げられた。 

 旅立ちは騒がしく、駆けつける兵たちに追われるようで、それもまた相応しかろう。

 こうしてあわただしさのまま、『ティティカルオゥル』はトゥスクルを後にした。

 

 

 

 森の奥での大騒ぎも、トゥスクルの皇城からはうかがえない。

 せいぜい追いたてる兵の声が聞こえてくる程度だ。

 それでも、なにが起きているのかはわかるのだろう。

 クーヤは窓から外を眺めながら、寂しそうにつぶやいていた。

「とらー、あるー……」

「大丈夫ですよ、クーヤ様。

 みなさん、すぐにお戻りになられますよ」

 なだめるサクヤの声も似たようなものだ。

 森に浮かんだ篝火(かがりび)は徐々に離れゆき、やがて散り散りに動きだした。

 追われていた者たちは、見事トゥスクルの兵たちを振りきったらしい。

「行ってしまいましたか」

「ベナウィ様」

 いつの間にか寝所を訪れていたベナウィもまた、表情には憂いの色が濃い。

「今彼等(かれら)に去られるのは、

 正直なところ厳しいのですが……」

「でも、しかたありませんよ。

 エルルゥ様がそこにいるのであれば」

「そう、ですね。

 アルルゥ様と共に歩む者たちならば当然ですか」

 トパコの砦に現れたという仮面の女。

 その共にエルルゥがいたと聞いたときから、この事態は半ば予想していた。

 長年追い求めた姉の姿を前にして、黙っていられるようなアルルゥでないことは、サクヤとベナウィもよく知っていたからだ。

 それを望む気持ちもまた、二人に共通した想い。

「さあ、我々だけでなんとかしなければなりませんね。

 サクヤにも手伝ってもらいますよ」

「はいっ」

 ベナウィの柔らかな呼びかけに、サクヤは満面の笑みで応えた。

「くーやも、くーやもー」

「ええ、クーヤにも。

 さて、まずはクロウを叩き起こしますか」

「そうですね。

 そろそろカムチャタールさんが

 どうにかし終えてる頃でしょうし」

「彼女の薬はどこか歪(いびつ)なものを感じるのですが……

 まあ、直るのならばよいでしょう」

「今回は妙な副作用がなければいいですね。

 前の時は裸で都を走り回ってましたけど」

「とりあえず今をしのげればよしとしましょう。

 戦に犠牲はつきものです」

 なにげなく交わされる言葉の中に、トゥスクルの底力が垣間見える。

 幾度もの危機に襲われながら、それでも生き抜いてきた強靭さだ。

 未知の武器、鋼の軍が相手だとて、その心を挫くことは敵わない。

 トゥスクルとバンジジェジュの織りなす戦は、長きに渡る予感を抱かせていた。

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