うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

173 / 235
~第四幕・8~ 北の国・一座

 

 トゥスクルの都を出てから早数日。

 国境を前にして、『ティティカルオゥル』は進む足を止めていた。

 正確には、国を越える関を前にして、だ。

 常でも緊張を強いられる越境の審査であるが、剣に槍にと武装を固めた兵の姿は、ひどく物々しい。

「さて、勢いで飛び出してきたのはいいけど、

 どうしたもんかね、これは」

「考慮しておくべきだったな。

 こんな情勢だ。

 雇兵団(アンクァウラ)の通行など

 そう簡単には許されまい」

「通れたとしても

 情報が流れちまうだろうしね」

「ハイ、それはもう、ハイ」

 ティティカ姉の心配を、ニコルコのうなずきが確かなものに変えた。

 ニヤついた顔は相変わらずでやる気を殺ぐことこの上ないが、気休めの言葉よりは役に立つと考えるべきなのだろう。

 わざわざ敵に接近を知らせてやる必要は欠片もない。

「かといって、今の状態で

 馬車を捨てるわけにもいきませんが。

 どうしましょう」

「ん。

 アルルゥ考えた」

 皆で考えこむ中、アルルゥが元気よく手を上げた。

 自信に満ちたその様に、某(それがし)の顔はどうしてもしかむ。

「なに?」

「いや……

 前にもなにか似たようなことがなかったか?」

 過去の記憶が妙に刺激される。

 あの時も、どこかを通ろうとして、結局力押しになったのではなかったか……

「あの時もうまくいった」

「そう、だったか?

 どうも某(それがし)の記憶と

 食い違いがある気がするのだが」

「今度もだいじょうぶ。

 ね、ニコちん」

「エエ、エエ。

 今回は奮発させていただきましたので、

 みなさまのご期待にお応えできると思いますです、

 ハイ」

「なに、これ。

 衣装?」

「ん。

 これ、カミュちーので、

 こっちはカリリンの」

「あら、すてき」

 アルルゥとニコルコは皆の賛否も聞かず、取り出した荷を配り始めていた。

 ワイワイと会話が弾んでいるのは、なし崩し的に提案を受けいれているためなのだろうが。

「トラはこれ」

「不安だなぁ……」

 手渡された服を広げながら、拭(ぬぐ)いきれぬ想いに深い息を吐いていた。

 

 

 

「む? 止まれぃ」

「な、なんだ、お前たちは」

「おやぁ、なんに見えます?」

 関の門をくぐり、出迎えた改方(あらためかた)の問いかけに、ティティカ姉はいつもの気ささで応じた。

 まとっている装いは、いつもよりさらに露出が多い。

「なにに、と言われると……」

「旅の芸人にしか、見えぬが」

「そのとーり。

 いやぁ、さすがにお目が高いねぇ」

 いや、誰の目にもそうとしか映らないだろう。

 派手な幟(のぼり)を掲げた某(それがし))が後ろに控えているのだから。

 ご丁寧なことに、色鮮やかな着物をまとった傾奇(かぶき)様だ。

 これで普通だと納得されては、そちらの方が腹立たしい。

「色々キナ臭くなってきたからね。

 商売先を変えようと思ってさ。

 通らせてもらうよ」

「う、うむ……」

 ティティカ姉は半分こぼれた胸元に視線を集めたまま、悠然と歩みを進めていった。

 某(それがし)に向けられる目など一つもない。

 後に続くのは、カミュとムティ殿。

「お前たちは?」

「一座の占い師でーす」

「え、ええと、その助手です」

 面紗(めんしゃ)で顔をおおった神秘的な衣装も、生来の軽さは隠しきれていなかった。

 だが、背の翼が示すオンカミヤリューという立場は、言い分にそれなりの説得力を与えたらしい。

 二人も咎(とが)められることなく通りすぎた。

「ええ、次は……」

「愛らしい道化師と怪力男ですわ」

「う、うがー」

 次いで、玉に乗ったカリンが進む。

 白塗りの顔に紅で奇怪な化粧を施(ほどこ)し、ヒラヒラとした服に飾られた姿だ。

 自信過剰な言い草も、役に相応しく自然に見える。

 一緒に抜けたテルテォのわざとらしさとは雲泥の差だ。

 上半身を露出させて丸太を担いだだけの簡単な扮装で、なにを緊張しているのだか。

 比べ、リネリォ殿の演技は完璧だった。

「お勤め、ご苦労様です」

「は、はあ、いえ、恐縮です」

「サアサア、お嬢様。

 参りましょう、ハイ」

「それでは」

 高価な着物をまとった姿は、淑やかな振るまいとも相まって、どこから見ても良家の子女にしか見えなかった。

 その立ち振る舞いは、供を演じさせたニコルコの胡散臭さも打ち消すほど堂々としたもので、

「次が最後、だああ?」

「お?」

 注意深いはずの改方(あらためかた)に、巨獣の接近を気づかせぬほどだった。

「な、な、な、なんだぁ、こいつは?」

「ムックルは猛獣。

 アルルゥは猛獣使い」

「も、猛獣って……」

『ヴォウ』

「ひっ!」

 その言い分には文句の付けようもない。

 ただの一うなりで改方(あらためかた)をすくみあがらせた威圧は、猛獣と呼ぶに相応しいものだろう。

 ここまでくると、仮装でもなんでもなくなっている気もするが。

「通っていい?」

「と、と、通ってよしっ。

 さっさと行けっ」

「んふー」

 結局、不審極まりない旅芸人の集団は、怯えた声に追い立てられるように最初の関を抜けていた。

「ほら、うまくいった」

「あー、うん。

 そうだな……」

「なかなか悪くないね、これ。

 しばらくこのまま進もうか。

 芸もしながら」

「あー、それいいねー。

 カミュ占いできるよ。

 羽占い」

「やめてくださいっ。

 姫さまの占いで抜くのは

 ぼくの羽じゃないですかっ」

「まったくだ。

 いつまでこんな茶番を――」

「テルテォさん、しゃべってはいけませんわ。

 アルルゥの決めた配役を無視するのですか?」

「う、うがう……」

 扮装していようがいまいが、あまり変わらないような気もする。

「いつも元気だな、皆」

「お前もその一員だろう。

 一人だけ知らぬ顔は認めんぞ?」

「リネリォ殿……」

「よいではないか。

 たまには余興に付きあうのも面白い」

 そう語るリネリォ殿は、小さな笑みを浮かべていた。

 日頃の冷静さはそのまま、令嬢の装いに相応しい優雅な表情に、束の間だけ見惚れてしまう。

「どうした?」

「い、いえ。

 リネリォ殿も、お変わりになられたなぁと」

「む?

 この様な装いは久しぶりでな。

 どこかおかしいか?」

「いや、そういう意味ではなく―ー」

「おーい。

 トラちゃーん、リネリォ姉様ー」

「はやくくるー」

 少し足を止めていたら、いつの間にかずいぶん皆と離されていた。

 顔をつき合わせた円陣から急かす声が飛んでくる。

 どこか不穏な空気を感じた。

「あ、ああ。今行く……」

「とりあえず、トラさんには次の出し物で

 ムックルの口の中から登場してもらうことになりましたから、

 その覚悟を決めておいていただきますわ」

「なに?」

「飲みこまれて出てこない、

 っていうのも盛り上がりそうだよね」

「おー、ざんしん」

「うおい!」

 楽しげに交わされる会話に、思わず声を荒げてしまう。

 まったく、自分が団の一員だと痛感させられた。

 もちろん、悪い意味でだ。

「いやぁ、

 旅一座としてもやっていけそうだねぇ」

「そう言えば雇兵団(アンクァウラ)だったな。

 時々忘れそうになるが」

「あはは。

 実はアタシもだよ」

 軽やかな笑いを伴いながら、旅一座『ティティカルオゥル』は順調に歩みを進めていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。