うたをつぐもの―うたわれるもの・After―   作:根無草野良

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~第四幕・10~ 北の国・進路

 

「聞きこんだ情報から

 今後の進路を定めてみた。

 少し遠回りになるが、

 最も危険の少ない経路だろう」

 宿の一室で車座(くるまざ)になり、リネリォ殿の挙動に耳と目を傾ける。

 場の中心に置かれた地図の上、細い指はトゥスクルとバンジジェジュの交わる領域や周辺を避け、大きく回りこむ形の線を辿っていた。

「いいんじゃない?

 リネリォの考えた道なら間違いないだろ」

「うん。

 正面からじゃ警戒も強いだろうしね」

「周辺属国も避けていますのね。

 少し慎重すぎません?」

「我々の接近もいずれは知れる。

 可能な限りは隠密を貫いた方がよいだろう。

 今回ばかりは力押しで

 通しきれる相手ではないからな」

「隠密と呼ぶには

 すでに騒がしすぎる気もしますが。

 ……ん?」

「むー……」

 賛同と納得の声が上がる中、隣のアルルゥが不機嫌そうなうなりを発していた。

 憮然とした表情で苛立ちを隠そうともしない。

「どうした、アルルゥ」

「……とおまわり。

 まっすぐの方が近い」

「リネリォ殿の話を聞いていただろう。

 わざわざ危険を冒す必要はない」

「でも、その方がはやい。

 おねーちゃんのとこ、すぐ行ける」

「それは――」

 向けられた強い言葉に、思わず動揺してしまう。

 熱いまなざしの中で揺れる瞳は、心を潰すほどの不安の表れだ。

 気持ちは痛いほどよく分かる。

 その想いを汲んでやりたいと思った途端、続けるべき言葉が出せなくなっていた。

 どうしても、エルルゥ殿のことを語っていた時の笑顔を思い出してしまう。

 だが、同じものを見知っているだろうに、話の主の態度は変わらなかった。

「アルルゥ様。

 冷静におなり下さい」

「リネリン……」

 眉一つ動かすことなく、リネリォ殿はあくまで己を貫いていた。

 いっそ酷ですらある冷たさで、静かにアルルゥの幼さを諭す。

 その様を崩せれば、とでも思ったのだろう。

 日頃は意図して伏せている事柄を、アルルゥははっきりとつぶやいた。

「……ほかのひともいるかもしれない。

 トラのおにーちゃんも、片目のおじさんも」

「っ……」

 ラクシャインの存在を示唆され、リネリォ殿は息を飲んだ。

 途端に漂う嵐の気配。

 常は冷静なまなざしが、見る間に鋭く吊り上がる。

 膨らむ緊張は刃のごとく、周囲の空気も凍りつくほど。

 怨敵の名を聞くだけで、リネリォ殿はいまだに強い憎悪をほとばしらせる。

 怒りが心の内で収まることは滅多になく、翌日にテルテォがボロボロになって転がっていることなど茶飯事だ。

 いや、そこで止まればまだよいのだが、被害は時に某(それがし)にまでおよぶ……

 戦々恐々たる思いは、しかし、

 静かな声に裏切られた。

「……それでも、

 今は焦る時ではありません」

 抑えきれぬはず怒りを、それでも押し殺した声によって。

「リネリォ殿……」

「己を知り、敵を知ることこそ戦の常道。

 闇雲に追うばかりではなく、

 時には省(かえり)みることが肝要です。

 まして、アルルゥ様の追い求める者は

 実の姉上でしょう。

 貴女の言葉は、その心は

 きっと通じるはずです。

 その時が来るまでに、

 十分に心を鎮めておかなければ、

 見誤ることになりかねません。

 伝えるべき自らの意思も、

 離れてしまった姉上の想いも」

 私情・主観を封じた声は冷たくも、語る相手への想いに満ちている。

 主の過(あやま)ちを正すため、自らを殺し、道を示す。

 それは、某(それがし)が目指すべき完璧な武士(もののふ)の姿であった。

「リネリン……」

「進路は、これでよろしいですね」

「……ん」

 後に続いたわずかなやりとりで、不安に満ちていたアルルゥの心は落ちつきをとり戻していた。

 ようやく安堵の空気が広がる。

 肩から力が抜けていくのを感じながら、少しだけ心の痛みを覚えた。

 リネリォ殿の務めた立場は、本来なら某(それがし)が担うべきであったのに、と。

 少しだけ、悔しい。

「それでは……

 テルテォ、ニコルコ。少し来い」

「ハ、ハイ」

「ハイハイ、まだ他にも入用で?」

 リネリォ殿は鮮やかな振るまいのまま、呼んだ二人を伴って席を離れていった。

 後に残されたアルルゥは、言い損ねた言葉に膨れている。

「うー……」

「後でちゃんと謝っておけよ」

「……ん」

「リネリォさん、

 ずいぶんとお変わりになられましたわね」

「そうでしょうか?

 昔からお優しい方でしたよ?」

「強くはなったね。

 今ならトウカと互角にやりあえるんじゃないかい?」

「……かも、しれませんね」

「当然だよ。

 リネリォ姉様は強い人だもん。

 他人の心と向き合って、

 自分の正直な想いを伝えられる、

 本当に強い人」

 自慢げなカミュの言葉が胸に突き刺さる。

 痛みはしかし、不快なものではなかった。

 傷から溢れ出すものは、血のような熱い想いであったから。

 いつの間にか拳を握り立ち上がっていた。

「ん? どした?」

「いえ、少し鍛錬をしてこようかと」

 立ち去った背に少しでも近づきたくも、他の方法など知らず、

 ただ剣を振るため、某(それがし)は速やかに場を辞した。

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